僕の彼女は元、人外。

みこと。

全一話

 ガタガタと渋る雨戸を戸袋に押し込むと、座敷は全面明るくなった。


 幼いころ何度か来たことがある、祖父母の屋敷。

 たったひとり家に残っていた祖母が施設に入ってから数年。

 最後の主が戻ることなくこの世を去った今、居住者不在のこの家を片付ける運びとなり――。

 時間があるだろう大学生の僕が呼び出された。


 血縁者が交代で、何人かで整理していく、そんな状況。


 でも今日来てるのは叔母さんふたり。


 力仕事系、全部こっち回ってきそう。ハハ……。


 広い畳の部屋を見ていたら、昔を思い出す。


 僕がうんと小さい頃は、法事も本家でやっていた。

 なんとか会館、とかに任せず、お寺のお坊さんを呼んで、仏壇前に親戚一同集まって。

 三部屋続きの座敷には、座布団と脚付きお膳が並んだっけ。


 庭では季節を告げる木々が、青い葉を揺らしてる。

 手入れされてないから、ずいぶんとすたれちゃったけど、懐かしいな。


 法事なんて、子どもからしたらイトコたちとの合宿(?)みたいなもので。

 かけっこ、鬼ごっこ、いろいろやった。

 かくれんぼした時は、誰だったか泣いちゃった子もいたっけ。

 



 ……ヒック、ヒック………




 そう、こんな感じで押し殺したみたいに……。

 えっ!?


 驚いて周りを見回す。叔母さんたちは台所を片付け中だ。他には誰もいないはずなのに。 

 

 ヒュンと冷たい何かが背中を走った。暑くもないのに汗が拭き出す。


(なんだ? 幻聴か?)


 だけど幻聴がこんなに長く続くだろうか? そしてこんなに明確に耳に届くだろうか?


(いやいやいや、待ってくれよ?)


 逃げたい足を必死に留め、恐る恐る泣き声を探った。


 押し入れや天袋、そっちの方から──。


(嘘だろ……)


 猫か何かであってほしい。

 限りなく人の泣き声っぽいけど。しかも子どものような声だけど。


 そっ、と、押し入れを開けた。


「!!」


 なっ──!!


 おかっぱ頭の女の子が、いた。

 ちゃんちゃんこ羽織った、着物姿の幼い子が、しゃがみ込んで泣いていた。


(なんで──)


 思考が真っ白になる。その子が、僕を見上げてポツリと呟いた。


「あつきくん?」


 どうして僕の名前を知って……「リッカちゃん!?」


 とっさに自分の口から出てきた言葉に、いっきに記憶と理解が追いついた。

 ペタンと腰を落とす。


(そうだ、彼女はリッカちゃん。昔、ここに泊まりに来るたびに一緒に遊んだフシギな子……!)


 大人たちには見えない。

 遊んだ時だけ覚えてるけど、別れた後は忘れてしまう。

 そしてそれを今、ひといきに思い出した。

 

 いまなら分かる。彼女の正体が。


(座敷わらし)


 旧家の神霊で、家の守り神。座敷わらしが住む家は栄えるという、有名な童子。


 でも誰もいなくなった家に居続けるなんてこともあるのかな?

 どうして、引っ越さなかったんだ? 寂しかっただろうに。


「引っ越せないの。あつきくんに私の名前、教えちゃったから。私たちは名乗ってしまうと、相手が迎えに来てくれるまでずっと、家から動けない──」


 僕の心をするりと読んで、リッカちゃんが答えをくれた。


 思考を覗かれたのに、嫌な気持ちはしなかった。

 逆にすごく申し訳なく感じた。


 そんな大切な名前を、僕に教えてくれていた彼女にびっくりもした。


「あつきくんは特別だから」


 涙の残った顔で、リッカちゃんがニコッと笑った。


 長く生きる彼女の時間ときの中で、僕とは格別気が合ったらしい。


「あつきくん、私を連れ出してくれる? あつきくんにしか出来ない」


 僕にしかできない?


 ということは、つまり、ずっと僕を待っていたって意味?

 十数年も。


 この家が無人になってから、もう随分経つ。いつから泣いてたんだろう。


 僕にとってもリッカちゃんは特別だった。特別可愛くて、特別好きで。勢いで、プロポーズしてしまったくらいに。


(5歳でプロポーズとか、何考えてんだ、僕)


 でもよくあるよね? 子どもの頃って結婚の約束しちゃったりするよね?


 恥ずかしさで火照ほてる顔を手で隠しつつ、反射的に頷いていた。


「ありがとうっっ!!」


 飛びつくように首に抱きついて来たリッカちゃん。


 そこへ。


篤紀あつき君、ご苦労様。お茶れたけど、一緒に飲まない? あら?」


 叔母さんのひとりが来てしまった。


 あ、あわわわわ。リッカちゃんをどう説明すれば!?


 リッカちゃんからまわされてた手は、すでに外れてる。


 落ち着け僕、大丈夫だ。叔母さんにはリッカちゃんはえないはず。


「まあ、篤紀君。彼女さんと来てたの? それなら紹介してくれなくっちゃあ」


 叔母さんは面白がるように僕を見た。


(ええっ、えてるの???)


「初めまして。ご挨拶が遅れて申し訳ありません。六華リッカと申します」


 綺麗な声に驚いて振り返ると。


 目も覚めるような美人さんが、僕に揃って座ってた。

 すらりと長い手足、透けるような白い肌、つややかな黒髪の、大人の女性。


六華リッカちゃん?)


 いつの間にか、清楚なワンピース。マ、マジカル──。




 座敷童は、名を交わした相手とうことで、姿を変えて家から離れる。

 

 そう、後から彼女に教えてもらったのだった。





             《おしまい》

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僕の彼女は元、人外。 みこと。 @miraca

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