メリーさんVS8番出口

蟹場たらば

私、メリーさん。今、また0番出口の通路にいるの(マジギレ)

 パソコンで、SLGシミュレーションゲームをプレイしていた時のことである。


 もう夜遅くだというのに、スマホに着信が入った。


 電話番号が非通知だったし、ゲームがいいところだったから、初めは無視するつもりでいた。けれど、いつまで経っても着信音が鳴りやまないので、しぶしぶ出ることにする。


「私、メリーさん。今、ゴミ捨て場にいるの」


 オカルトに興味のない僕でも知ってるような、有名な怪談の一節だった。


 引っ越しを機会に、少女は昔よく遊んだメリーさんという名前の人形を捨ててしまう。すると、その日の夜、メリーさんを名乗る人物から電話がかかってきた。それも相手は、「今、ゴミ捨て場にいるの」「今、公園にいるの」と、電話のたびに徐々に引っ越し先に近づいていることを知らせてきた。


 とうとう家の前まで来たことを告げられて、少女は怯えながらも窓から外の様子を窺う。その直後、またしてもメリーさんから電話がかかってきた。「今、あなたの後ろにいるの」と……


 まぁ、どうせイタズラか何かだろう。人形なんて捨ててないし。


 そう結論づけて、僕はプレイ中だったゲームを再開する。こっちはやっとの思いで大学の課題を終わらせたのである。これ以上、邪魔をするのは勘弁してほしい。


 それなのに、再び着信が入ってしまった。


「私、メリーさん。今、清白きよしら駅にいるの」


 今度の場所は、地下鉄のだった。


 怪談『メリーさんの電話』には、後日談が語られるバージョンもあるらしい。それによると、少女に復讐したあとも、他の捨てられた物たちの怨念を晴らすために、メリーさんは今なお人間を襲い続けているのだという。


 バカバカしい。僕のアパートの住所を知ってるやつなんていくらでもいる。誰かのイタズラが、友達のイタズラに変わっただけだろう。むしろ、犯人を特定しやすくなって――


 僕の現実逃避を遮るように、三度目の着信が入った。


「私、メリーさん。今、0番出口の通路にいるの」


 ん?


 清白駅に0番出口なんてあったか?


「私、メリーさん。今、1番出口の通路にいるの」


 なんだ、言い間違えたのか。


 でも、4番出口から出た方がアパートに近いはずなんだけどな。メリーさん、実はおっちょこちょいなのかな。


「私、メリーさん。今、0番出口の通路にいるの」


 また0番出口?


 これって、もしかして……


「私、メリーさん。今、0番出口の通路にいるの」


 やっぱりそうか。


「私、メリーさん。今、0番出口の通路にいるの」


「あの、それ『8番出口』じゃないですか?」


 僕はついそう尋ねていた。


 すると、相手は相手で、ついという様子で返事をしてきた。


「私、メリーさん。今、その8番出口?について知りたがっているの」


「案内板にルールが書いてありませんか? 換気口から黒い液体が流れるとか、点字ブロックが顔の形になってるとか、通路に異変があれば引き返す。逆に異変がなければそのまま進む。そうすると表示が1番出口、2番出口と増えていって、8番出口の通路を抜けられれば駅の外に出られるんです」


 一方、異変を見逃して進んでしまうと、最初からやり直しをさせられることになる。メリーさんが何度も、「0番出口の通路にいる」と繰り返していたのはそのせいだろう。


「本来はただのホラーゲームのはずなんですが……実際に存在してたんですね」


 確か制作者は、「先行作品から影響を受けて、ホラーゲームに間違い探しやループの要素を取り入れることを思いついた」というようなコメントをしていたはずである。しかし、本当は自身の実体験を元にしていたのかもしれない。


 ただそんな制作秘話は、ゲーマーでもオカルトマニアでもないメリーさんにはどうでもよかったらしい。電話は切れてしまった。


 かと思えば、すぐに次の電話がかかってきた。


「私、メリーさん。今、1番出口の通路にいるの」


 心なしか、今までよりも声が高い気がする。


「私、メリーさん。今、2番出口の通路にいるの」


 うん、明らかに高いな。脱出方法が分かって、テンション上がってるんだろうな。


「私、メリーさん。今、0番出口の通路にいるの」


 あれ? 戻された?


 まぁ、ルールが簡単なだけで、クリアするのが簡単なわけじゃないからなぁ。


「私、メリーさん。今、異変がなかったはずなのに、何故か0番出口の通路にいるの」


 電話を切らずにそう続けてきた。


 ……もしかして、僕にヒントを催促してる?


「な、ぜ、か、0番出口の通路にいるの」


 絶対催促してるな、これ。


「見逃しやすい異変というと、天井に人の顔みたいなシミがあるやつですかね」


 最初は壁にあるポスターとか扉とかに目が行って、天井まではなかなか気が回らないんだよね。蛍光灯や案内板の異変と違って、シミは知らないと分かりづらいし。


「私、メリーさん。今、1番出口の通路にいるの」


「私、メリーさん。今、2番出口の通路にいるの」


「私、メリーさん。今、3番出口の通路にいるの」


 僕の出したヒントが役に立ったんだろうか。メリーさんは順調に攻略が進んでいることを報告してくる。


 けれど、それも束の間のことだった。


「私、メリーさん。今、0番出口の通路にいるの」


「他に分かりにくいのは、張り紙の目が動くとか、ポスターが少しずつ大きくなるとかでしょうか」


 特に後者は時間経過が関わるため、急いでいると見落としがちである。そのせいで、最速クリアRTA界隈では鬼門扱いされているようだ。


「私、メリーさん。今、あなたが詳しいことに驚いているの」


「一応、完クリの実績を解除する程度には遊んだので」


「かん、くり……?」


「完全クリア者の称号をもらったってことです。一度脱出に成功すると、〝見つかっていない異変が◯◯個あります〟っていうお知らせが表示されるようになって。だから、気になってすべての異変を見つけてみたんですよ」


「それなら、分かりにくいやつは先に全部教えるべきだったと思うの」


 ぎゃ、逆ギレされた……


 その上、僕が反論したり謝ったりするのを待たずに、メリーさんは電話を切ってきた。どうやら相当ご立腹のようだ。


 それでも、間違い探しに関しては冷静だったらしい。


「私、メリーさん。今、5番出口の通路にいるの」


 ようやく折り返し地点まで来れたようだった。


『8番出口』の異変には、「禁煙の張り紙がたくさん貼られている」みたいな分かりやすいものもある。だから、このまま脱出できる可能性も――


「私、メリーさん。今、0番出口の通路にいるの」


「今度はどうしたんですか?」


「私、メリーさん。今、壁と同化してる人間を見つけたから引き返したのに、何故か0番出口の通路にいるの」


「じゃあ、逃げ遅れちゃったんですね。捕まるとゲームオーバーになるという異変なので」


「クソが」


「クソが!?」


 多分こういう人が、「ヘタクソはやめろ」「お前じゃなくてキャラが強いだけ」「てめぇの頭はハッピーセットかよ」みたいなメッセージを送ってくるんだろうなぁ……


 そのあとも、


「私、メリーさん。今、通行人が笑ってるのをスルーしたせいで0番出口の通路にいるの」


「あのおじさん、周りで何が起きても常に真顔ですから」


 とか、


「私、メリーさん。今、通行人が大きくなってるのをスルーしたせいで0番出口の通路にいるの」


「さすがにおじさんはもう成長しないでしょう」


 とか、


「私、メリーさん。今、通行人が小さくなってるのをスルーしたせいで0番出口の通路にいるの」


「あ、Switch版だったんですね」


 とか、何度も何度も何度も、最初からやり直すはめになってしまった。


 けれど、ミスを重ねる内に、コツを掴んできていたらしい。今回は4番、5番、6番……と、メリーさんはどんどん出口の数字を増やしていった。


「私、メリーさん。今、8番出口の通路にいるの」


「いよいよですね」


「私、メリーさん。今、最後のアドバイスを欲しがっているの」


「逃げきれないとゲームオーバーになる異変は他にもまだありますから。じっくり観察するのも大事ですけど、おかしいと思ったらすぐに引き返してください」


「分かったの。それじゃあ、行ってくるの」


 そう答えたメリーさんの声には、今までになく力がこもっていた。


 でも、今回で本当に脱出できるだろうか。メリーさん、かなりのおっちょこちょいみたいだからなぁ。また1から、いや0からやり直しにならないといいんだけど……


 これまでに何度も電話待ちをしてきた。けれど、この時ほど電話が来るまでの時間が長く感じられたことはなかった。


 着信が入ると、僕はすぐに出た。


「私、メリーさん。今、駅の外にいるの」


 その瞬間、思わずガッツポーズをしていた。それどころか、もう深夜だというのに叫んでしまっていた。


「やりましたね!」


「やったの!」


 メリーさんも大きな声を上げていた。


 クリアまで三時間以上かかったんだもんなぁ。そりゃあ、嬉しいよなぁ。いやー、よかったよかった。


 ……いや、全然よくないな。


 メリーさんは、僕のところに来る途中だったのである。


 ど、どうしよう? 今すぐアパートを出れば逃げられるだろうか? それとも後ろに回られないように、壁を背にする方がいいだろうか?


 そんなことを考えている内に、また着信が入ってしまった。


 震える手で電話に出る。


「私、メリーさん。今、0番出口の通路にいるの」


「えっ、なんで?」


「私、メリーさん。今、〝見つかっていない異変が11個あります〟ってお知らせの前にいるの」


「もしかして、完クリしようとしてます?」






(了)

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