第4話 アオハル、来たる

 最終組までの漫才が終わり、いよいよ総評とグランプリの発表となる。一般投票は出場メンバーが書かれた紙に、丸を付けて提出する方式だ。だから、誰が誰に投票したかはわからない。観客席にいるのは、出場メンバーが呼ぶことのできる二人の他、一般抽選で当たったお笑い好きの人が参加している。全部で百人。それなりに票が割れるように工夫されているのだ。


 舞台には漫才を終えた十二組が次々登場する。

 デジタルチョップの二人が舞台に姿を見せると、またしても黄色い声援が飛んだ。

 ……えっと、今って宇宙人、流行ってる?


「では、まずは一般投票の結果を発表します」

 司会者が手渡されたカードに目を落とす。

「おおっと、これは……」

 驚いた顔をして審査員席を見遣る。

「やっぱり、そうなっちゃったよね~?」

 審査委員長が苦笑いで訊ねると、

「これは、今までにない感じですよ、ヨドさん」

 思わず素で返してしまう司会者。


「では、改めて。一般投票の結果をお知らせします。三位、みかと~り、五票」

「え? 五票で三位?」

 口に出てしまう。一応十二組も出てるんだから、もう少し取ってもよさそうなものだけど、と思うのだが。

「続いて、二位、あんだるだるしあ、八票」

「は? なにそれ?」

 ということは一位はぶっちぎりで……、

「そして一位、デジタルチョップ、八十七票!」


「きゃ~~!」

「おめでとう~!!」

「あさひぃぃ!」

「ゆうやくぅぅぅん!」


 それは、一瞬ここがお笑い会場だということを忘れてしまうほどの熱気と興奮とハートマーク。コンサート会場? え? アイドルいる?

 舞台を見れば、朝陽と佑也がガッツリ手を握り合っている。


「では続いて総評と、グランプリの発表に移ります」

 黄色い声を押し退けて、司会者が進行する。

 審査委員長がマイクを持って、立ち上がった。


「ええ、今日の漫才コンテスト、前回に比べてとても質が良かったと思います。これからグランプリを決めるわけですが、先に、申し上げておきます。ここでは、お笑いを目指す人を発掘し、育て、世に送り出すことを目的にしております。あくまでも基準は『笑い』です。そこのところは、誤解のなきよう、皆様のご理解をいただきたい」


 なんだその前口上?

 漫才のコンテストなんだから、みんなお笑い目指してここに来てるに決まってるじゃない。いちいち確認する必要、あるのかな?


「では、発表します。第三回ナカノ漫才コンテスト、優勝はっ、」

 わざとらしい間と、それに合わせてドラムロールが鳴る。デジタルチョップの名が出るのか、それとも……


「あんだるだるしあの二人!」

 舞台の上で名を呼ばれた二人がガッツポーズをとる。周りの漫才師たちが温かい拍手で二人を称える。にもかかわらず、


「えええっ?」

「なんでよ~!」

「おかしいじゃん!」

 会場の女性たちが、大ブーイングを巻き起こす。私はただ、あっけにとられその様子を見つめていた。だって……え? なんで?


「はい、皆さん静粛に!」

 司会が声を張って会場をなだめると、審査委員長が話を続けた。


「え~、先程の一般投票の結果にもありましたが、ここにいるデジタルチョップの二人。彼らを推す声が強いのもわかります。しかしさっきも申しました通り、ここでは漫才を競っていただくことになります。そう考えた場合、彼らのは大いに認めるところではありますが、漫才師としてはまだまだ発展途上。これからの活躍を期待するに留まったところであります」


 見た目の素晴らしさ?


「なお、お二人に関しては現在ライブ配信している先の事務所から多数、申し込みが殺到しているのが正直なところです。近い将来、彼らは必ずメディアに登場することになるでしょう。ですからどうか皆様、ご理解ください」

 審査委員長の話が終わらないうちから、会場では拍手と歓声が沸き起こった。


「……何がどうなってるの、これ?」

 私の呟きに、隣で翠が、

「めぐみ、よくあんな二人とずっと一緒にいて平気だったねっ?」

 と言った。

「平気だったね、って……図書館では恥ずかしかったけど、あとは夜の公園だったし、平気でしょ、普通?」

 そう返すと、肩を叩かれ、

「あんな美形の二人と一緒にいたら、私ならまともに話せる気がしないよ!」

 そう言ったのだ。


「……美形?」

 もう一度、改めて舞台を見る。困惑顔で立っている二人は……頭に触角のある、をしているだけなのだが。


 そしてこの後、私はすべてを知った……。


*****


 夜の公園。

 人通りも少ない暗がりの芝生。

 私は、眉間に皺を寄せ、言った。


「バカにしてます?」

 青い顔の双子は、この上なく真面目な顔で、

「バカになんかしてない」

「本当のことなんだ」

 と、言ってくる。


 けど……


「実は俺たち地球生まれ、地球育ちのピコラ星人で、普段は電波出して地球人に擬態してるけど、極稀にその電波が効かない人間がいて、その人には本来の姿が見えてしまう……って話を信じろって言うんですか?」

 一気に捲し立てる。


「それが真実!」

「しかも運命!」

 朝陽と佑也がそう言って満面の笑みを見せる。

「あのねぇ……」

 いくらなんでも……な話だ。しかし二人は至って真面目なのである。


「だって、現に今もめぐみんには俺たちが青く見えてるんでしょ?」

 佑也に言われ、頷く。、というのが私的には正しい言い方だけど。

「だよな。だからめぐみんは俺たちに変な視線向けたりもしないし、おかしな態度取ったりもしなかった。いつも俺たちを……素の、俺たちを見て、接してくれてたんだ」

 朝陽が嬉しそうに言った。

「素、って……」


 まさか、素が青だなんて誰が思う?

 いや、今だって騙されてるんじゃないかと思ってるくらいなのに。


「一応ほら、これ持ってきた」

 佑也が鞄からスケッチブックを取り出す。開くと、そこにはとんでもない美形男子二人の似顔絵が描かれている。

「うっわ、かっこいい! 誰ですかこれっ?」

 思わず食いつくと、双子が顔を見合わせ、溜息をついた。

「……え? う……嘘でしょ?」

 スケッチブックと双子を交互に見る。


 青い。(双子)

 カッコいい。(絵)

 青い。(双子)

 美形。(絵)

 ……青い……ぜ?(双子)


「うそぉぉぉぉ!」

 なんだろう、ここですべてが繋がったのだ。


 図書館での視線。あれはこの二人のカッコよさに、周りがざわついていたということ。

 漫才コンテストでの黄色い声。翠の、食い気味に来た『紹介して!』の言葉。審査委員長が言ってた、デジタルチョップの総評……すべてが繋がるのだ。


「漫才コンテスト、一位獲れなくてごめん」

 佑也が頭を下げた。

「頑張ったんだけど……ごめん」

 朝陽もそれに倣う。

 しかし、私はそんなこと、もう本当にどうでもいいくらい忘れていた。


「あ、それはもう、うん、仕方ないですよ。二人ともあそこまで堂々とした漫才できてたんだし、いいじゃいですかっ」

 うん、これは本心。

 あんなに小さい声でおどおどしてた二人が、自信を持って人様の前で漫才を披露できた。それだけでもすごい成長だと思う。


「めぐみんの力だよ!」

「めぐみんの優しさと、お笑いへの愛だよ!」

 いや、その褒め方はちょっと……だけど。

「で、さ」

 改まって佑也が私を見つめる。

「一位は獲れなかったけど、でも」

「俺か佑也、真剣に考えてほしいんだ、交際のこと」

「へ?」


 交際?

 私?


「それとも、俺たちが宇宙人だって知って、嫌いになった?」

 とんでもなく悲しそうな顔で佑也が言うもんだから、私は慌てて首を振った。

「いや、そこは別にっ。だって私は……青い二人しか知らないわけだしっ」

 今更『顔が青いから嫌い』とは思わない。思わないけどぉぉぉ。

「やった!」

「じゃ」

 喜ぶ二人に、ストップをかける。


「でもっ、だからって今すぐ二人のどっちかを選ぶなんてできないですし、あのっ、デジタルチョップのことはこれからも応援しますけど、そのっ、私、受験生だしっ」

 しどろもどろで喋る私に、二人は笑顔で言った。


「めぐみんがデジタルチョップの総監督続けてくれるなら、俺たちもめぐみんの勉強、見てあげるけど?」

「これからもデジタルチョップの応援してくれるって、つまりそういうことだよね?」

 ズイ、と間を詰められる。

「えええええっ?!」


*****


 ただ繰り返されるだけの毎日に、私は辟易していた。


 楽しいことがないわけじゃない。けれど、生きてることを実感できるほど、世界は輝いてもいない……と思っていた。


 でも、今は違う。


 世界は私が考えている以上に広かったし、私は今、自分でも驚くほどに生きている。

 カラフル過ぎる明日が始まる予感と、二人の


 ああ、私にもが来たのか。

 まさにこれが、……。


 おあとがよろしいようで!?



おしまい

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青い双子のデジタルチョップ にわ冬莉 @niwa-touri

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