Ⅲ いつものお茶会
チェシャネコの相手をした後、ハートの女王は城を抜け出そうとしていた。
帽子屋の主催するお茶会に行くのだが、まだ今日の執務は終わっていない。そのために白うさぎの命令でスペードのトランプ兵達に城中を探されていた。
「ここを抜ければ…」
ハートの女王は彼らに見付からないように庭に出て、花壇に咲く大きな大きな花達の後ろに隠れて…森の中へと来た。
森に咲く草花達に内緒ねと言いながらさらに奥、近道を通って帽子屋の店へと向かう。
「やあ、いらっしゃい。リデル」
帽子屋の店の前、庭に設けられたお茶会の開場。準備をしている帽子屋はハートの女王に気付いて声をかけてくれた。
彼に微笑み返していると、お茶会のテーブルに人型の姿でうつぶせていた3月うさぎの長い耳がピクッと動いてこちらを向いた。
「きゃー!リデルだ!!待ってたんだよ、やっと僕に抱かれる気になったんだよね!?そうだよね!?」
そう言いながらサッとハートの女王のところに来て抱き付いてきた3月うさぎの彼女は、ハートの女王を大変に気に入っているために、会う度に口説かれたりセクハラをされていることが多い。
「やめなさい。君はいつも誰彼構わずに…」
「だってリデルは可愛いんだよ!僕はアリスも大好きなんだ!!」
そう言いながら3月うさぎの手は、ハートの女王の体をいやらしく撫でている…3月うさぎである彼女はいつも発情期のため、酷い時には場所も何もかも関係無く押し倒される事がある。
「いいのハット。お茶会の準備を続けてちょうだい」
ハートの女王はもう慣れたというように3月うさぎの腕から抜け出して言い、続けて帽子屋に聞いた。
「ところでナイトは家の中?」
私の部屋にはいなかった、と思いながらハートの女王は帽子屋の返事を待つ。
すると、帽子屋が答えようとするよりも早く3月うさぎが畳み掛けてきた。
「リデル!?僕というものがありながらあんな眠りねずみを選ぶって言うの!!?」
3月うさぎを見れば今度は大げさに泣いている。忙しい奴だと2人は思い、彼女をほっといた。
「彼なら自分の寝床で寝ているだろう。まったく、私の家だというのに…」
眠りねずみである彼が勝手に人の家に住み着くのはこの世界では当たり前の事であり、ハートの女王の私室にも住み着く彼は随分と神経の図太い奴である。
「じゃあ連れてくるね」
そう言ってハートの女王は帽子屋の家へと入って行った。
個性的な帽子ばかりを扱う店を通り抜け、ハートの女王は奥の部屋へと歩いた。
そしてまた部屋の扉を開ける。
「ナイト、お茶会の時間だよ」
広いベッドにいつものように眠る、人型での寝相が悪すぎる眠りねずみ。そんな彼を見て、ハートの女王は毎回思う事がある...彼の関節はいったいどうなっているのかと。
「起きてナイト。またあなたを抱っこさせて?」
ハートの女王は眠りねずみの所へ行って優しく起こす。眠いと目をこする彼が可愛い。
「うん〜リデルぅ…オレのこと、好きぃ?」
「うん、大好き。だから小さくなって?」
寝ぼけた彼もまた可愛すぎる。ハートの女王は眠りねずみの頭を撫でた。
「オレもリデルすきー」
へにゃっと笑ってねずみの姿にパッと戻り、彼はまた眠ってしまった。
クスリと笑い、ハートの女王は眠りねずみを抱き上げてお茶会に戻ろうとした瞬間、ドンッと何かに体当たりされて眠りねずみを抱いたままベッドへと倒れ込んだ...。
「ねえリデル、僕といいことしよう?なんならそのねずみと一緒でもいいしー」
気が付けばハートの女王の上にいる3月うさぎ。彼女の瞳はハートの女王を獣の目でとらえている。
「ちょっと待ってメリー、私はお茶会に来たんだけど?」
「うん、知ってるよ。僕もそうだし」
3月うさぎはそう言いながら、ハートの女王の首筋を撫で、その手はだんだんと上に上がりハートの女王の唇をいとおしそうに撫でては嬉しそうに微笑んでいる。
「私の催すお茶会はいつも、そのうさぎに邪魔される...リデル、相手をしてやったらどうだ?」
いつの間にか部屋の扉に寄り掛かっていた帽子屋。もう完全に呆れた顔をしている。
ハートの女王は少し思案して相手をしてもいいかもとも思うが、やっぱり考え直す。自分には役割上ハートの王が伴侶としているのだから、不貞は駄目だと思う。
「いや、ダメでしょ?私には一応キングがいるから...」
悠長に帽子屋と話している場合ではない。3月うさぎの手は先程よりもどん欲にハートの女王の肌を撫で回している。
そろそろ本気で抵抗しなければ、いつも発情期の彼女にこのまま襲われかねない。
「メリー、そろそろやめないと...その首をはねるわよ」
ハートの女王の低い、重圧を与える声。
右手に“ハートのロッド”を召喚して3月うさぎの首に突き付ける。
「僕はね、リデルになら首をはねられてもいいよ」
ハートの女王よりも、3月うさぎの方がヤバかったりする。この世界。
帽子屋の催すお茶会。
ハートの女王の膝の上で眠る、眠りねずみ。右隣には3月うさぎに騒がしく抱き付かれ...向かいには機嫌の悪い顔をした帽子屋がいる。
「いつもごめんね、ハット」
「いいんだ、リデル。私は“アリス”に慰めてもらう!」
そう言うと帽子屋は、涙をいっぱい瞳に溜めてティーカップの中の紅茶を飲み干したのだった。
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