Ⅵ ハートの王の腕の中

 城内の廊下を食堂へ向かって1人で歩いているハートの女王の姿があった。

 先ほどいもむしの水タバコに気分を悪くしていた手のひらサイズのトカゲを客室のベッドへと寝かせてきたところだ。


 ーーー『お前は“何”だ?』


 突然、ハートの女王の心の中に響く声…たまに思い出す、この世界ここへ来た時の記憶を・・・・・。

 ハートの女王が不安そうに立ち止まると、右に曲がった先の廊下から話し声が聞こえた。その声を良く聞くとハートの王と数人のトランプ兵の声だった。


「キング…」


 ハートの女王はハートの王を呼び、彼らのいる方へと走った。角を右に曲がると見えたハートの王の姿に少しだけ安堵する。

 すると壁を背にしていたハートの王がハートの女王に気付いて声を掛けてきていた。


「おかえり女王。君はまた執務を放り出して出掛けていたね」


 いつものように優しい笑顔でハートの王に言われ、ハートの女王は何だか泣きたいような気持ちになった。そして、ハートの女王はハートの王の傍に行って勢いよく抱き付いていた。


「キング…!」


 突然抱き付いてきたハートの女王をなんなく受け止めて、ハートの王はいったいどうしたのかと心配そうに声を掛ける。


「どうしたんだい?リデル。何か嫌な事でもあったのかい?」


 自分よりも小さく、大分年下のハートの女王の頭を撫で、ハートの王は彼女をまるで子供をあやすように優しく言葉を掛け続けた。


 ーーーこのへんてこな世界で、キングだけはまともで信じられる…


 少しするとハートの女王は何でもないと小さく笑い、ハートの王から離れた。

 そして、まるでその“言葉”にすがるように言う…。


「たまにはハートの女王らしく、誰かの首でもはねようかな?」


 自分は“ハートの女王”なのだから…それ以外の何者でも無いはずだ。きっと、そうあってはならない。

 ハートの女王は首をはねるのに適当な者がいないか近くを探した。

 そんな彼女はまるで…。


「リデル!やめなさい。いいんだ、無理にハートの女王にならなくていいんだよ」


 慌ててハートの女王を…否、リデルを止めるハートの王の顔はとても辛そうだ。

 今すぐにでもこの世界から消えてしまいそうなくらいに“迷子”になっている彼女を強く、つよく抱き締めた。


「っ…だってもう、私は“アリス”じゃない!」


 リデルはハートの王の胸に顔を埋めて、泣いていた…。


 ーーー私はもう帰り道が分からない、

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