第4話 真夜中の快眠
「ここが私のアパート」
お姉さんに案内されたアパートは二階建てで、少し鉄の錆も目立っていた。
ただボロボロという感じではない。
一階の一番奥の部屋がお姉さんの部屋だそうだ。
「緊張してる?ウブだなあ光輝は」
「し、してない」
「本当かなあ~?」
いや実際のところ、緊張しない訳ないだろ!
この歳になっても、お姉さんのような女性の家になんて上がったことなどない。
というかお姉さんはよくその日に見知った男を家に連れ込んだりしているのだろうか。
自分の彼女でもないのに、嫌だなあという思いが込み上がってくる。
「おじゃまします」
「はーい」
家に籠った蒸し暑い熱気が、身体に纏わりついてきて気持ちが悪い。
喚起をしたいところだが、お姉さんは迷わずエアコンの電源を入れる。
ゴォォォーという低い音と共に冷風が部屋に流れ込む。
「シャワー浴びる?暑いよね」
「浴びたいかも。身体べとべとだ」
「浴槽は洗面台の右側の扉だよ。タオルは後で置いておくね」
お言葉に甘えて、シャワーを浴びることにした。
俺が抱えていたしょうもない悩みも日頃の憂いも汗とともに綺麗さっぱり流してしまった。
浴槽から出ると、奇麗に畳んであるタオルが置いてあった。
お姉さんの匂いがする。
なぜこうも同じ人間なのにいい匂いの人間がいるのだろうか。
お姉さんに聞きたいところだが、流石に気持ち悪いので止めておいた。
「さっぱりした。シャワーありがとう。お姉さんも入る?」
「私も入る。ちょっと待ってて」
お姉さんが浴槽に向かう後姿を見て、同棲ってこんな感じなのかなとふと考えた。
しかしまず一人暮らしが先だし、彼女がいないとどうにもならないか。
まあ一人暮らしをしてみたい願望はあるけれど、家賃とか食費とかを稼がないといけないとなるとかなり大変だということに気づかされた。
自分が今までどれほど親の世話になってきたか気づかされる。
「家に帰ったら、謝らないとだな……」
母は俺のためを思って心配してくれたのだろう。
自分に余裕がなくなり、勉強のモチベーションがなかったからって母に当たるのはお門違いだった。
愚かなのは自分自身のみだった。
「ふ~さっぱり。これで寝られるね光輝」
お姉さんが髪を乾かして、リビングに戻ってきた。
でもどこで寝る?
ベットや布団なんてものはリビングなので当然、見当たらない。
「ここ。ソファだよ。こうやって背中合わせにしたら寝られるでしょ?」
「まじ?布団とかないの?」
「あるけど出すの面倒でしょ。ちょっと狭いけど、大きいソファだからいけるって」
普段広々としたベットで寝ているのだが、今日初めて会ったお姉さんとくっついて寝られるかな。
ただ夜更かししているから、その分眠いのは確かだった。
「ほら、意外といけるでしょ?」
「ほんとだ」
お姉さんの熱が俺の背中に伝わってくる。
お姉さんが喋るたびに俺の身体に揺れて伝わる。
「私さ、さっきの光輝の話聞いてずるいなーって思ったんだよね」
「ずるい?」
「お母さんに勉強しろなんて心配されて、家出してきたでしょ?東京の大学にだって行けるんでしょ?羨ましいよ」
「そうだね。たしかに恵まれてるよ俺はほんとに」
「でもいいの。私も十分幸せ。お母さんは夜勤でずっと働いて顔を合わすことも少ないけど、いいの」
確かに洗面所の様子からお姉さん一人が暮らしているという訳でもなさそうだった。
お姉さんにもお姉さんなりの悩みを抱えているということだろう。
「うん。お姉さんが幸せなら」
「……」
「おやすみ。お姉さん」
◇ ◇ ◇
さらっさらっという衣擦れ音がソファの後ろの方から聞こえる。
お姉さんが寝た後、流石に俺も寝落ちしてしまった。
いつもと違う体制で寝ていたから身体が少し痛む。
「んん、ねむい」
「あ、起きた」
「お姉さん。おはようってええ⁉何してるの?コスプレ?」
あまりの衝撃に思わず、ソファから転げ落ちた。
なぜならお姉さん。
いや目の前にいる女は女子高生の格好をしているからだ。
そして見覚えのある制服。どういうことだ。
「ちょっと酷いな光輝先輩。コスプレだなんて」
「先輩だと……」
「ピッチピチの17歳、SJK。高校二年生で先輩と同じ高校だよ」
「はぁぁぁぁぁぁー???」
昨日まで話していたお姉さんは誰なのか。どこに行ってしまったのか。
いやいや、顔も声もスタイルも全く同じだ。
ということは、俺は見た目とその堂々としている様子からずっと年上だと信じ切っていたということか?
「いやーずっと年上だと信じてたから、笑っちゃったよ」
「まじか。全然気づかなかった」
「私、もしかして演技派なのかな。女優とかいけちゃう?」
いや多分、これは俺が間抜けなだけだ。
あほ過ぎる自分が恥ずかしくなってくる。
何か昨日、めっちゃ甘えてたのが後輩だったとか本当に……何やってんだ俺。
「てか先輩早く。部活始まるから準備して」
「まじか。いや、俺は部活もう終わってるから関係ないし」
「あーそっか。でも先輩は一回、家に帰って、お母さんに謝ってきな。心配してるだろうし」
「そ、そうだな」
なんか掌で転がされてる感、半端ない。
後輩だと分かっても、このお姉さん力からは逃げられないのか。
「まぁ今日はよく眠れたよ。ありがとね。先輩」
「……それなら、いいけどさ」
「また勉強に行き詰ったら、うちに来なよ。ラーメン屋もまた行こ?」
「誰が来るか!お姉さんだと思ってたのに!」
「はいはい。ごめんね。じゃあ私行くから、合鍵これね」
「は?合鍵?」
「じゃあ、またね~」
バタンと扉が閉まり、開けて追おうとしたが彼女の姿は見えなかった。
嵐みたいに突然の話だな。
「何だったんだ。あいつは……まぁでも、悪い奴ではなかったよな」
寝起きから衝撃の事実で驚きが隠せない。
お姉さんではなかったのか……
「とりあえず家に帰るか。この合鍵もあいつに返さないとだし……何組だろ」
こうして真夜中を過ごした高校生達は、新たな出会いと共にこの夏休みを過ごすのであった。
真夜中の高校生 結城・U・雄大 @Yuki_U_Yudai
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