第3話 真夜中の散歩
お姉さんと俺は神社から電灯のない小道から少し明るさのある大きな道路の方へ向かった。
俺はただ手を引かれるまま、お姉さんの後を付いて行った。
そしてお姉さんにこれまでの俺の人生や価値観について語った。
お姉さんは否定することも肯定することもなく、ただ目を見て頷いてくれた。
それだけで俺は救われるような気持ちになった。
「お姉さん。これってどこに向かってるの?」
「秘密。もうすぐ着くよ」
こんな夜遅くに出歩いたことなんて今までなかった。
スマホを見ると、二時を少し過ぎたあたりだった。
悪いことをしているようでドキドキしている自分が居た。
「はい、ここだよ。私たちの目的地」
「ラーメン屋?」
ラーメンのにおい?スープのにおいと言うべきか、俺の鎮まっていた食欲を掻き立てるような刺激的なにおいがする。
ラーメン屋から漏れ出た光。酔っぱらいの声が表まで聞こえてくる。
「いやこんな時間にダメでしょ。ラーメンとか。絶対太るって」
「真面目だなあ。今日ぐらい食べたって、変わらないって」
「不健康すぎ」
「私のお腹触ってみ?全然細いでしょ」
勝手に手を動かされ、ちょうどお姉さんのへそがあらわになっている服装だったので、へそに手を当てられた。
腹筋は出てないけれど、その引き締まった腹にエロスを感じてしまう。
いやこんな時間にラーメンもよくないけど、こんな時間にお姉さんのお腹も絶対よくない。
「お金ある?」
「お金はあるよ」
「じゃあ、レッツゴー!」
立てつけの悪い扉をガラガラと開けて、勢いよく入ったので、俺も後に続く。
中に入ると出来上がった酔っぱらい達が一瞬こちらを凝視したが、何かを思い出したかのように目の前の酒とビールを美味そうに頬張った。
もちろん店主が咎めることもしない。
「何にする?豚骨?塩?」
「うーん俺は塩にしようかな」
「じゃあ私、豚骨ー」
「何だそれ」
お姉さんの行動はいまいち掴めないことが多い。
気まぐれなのか。本心を悟られないようにするためなのか。
そんなお姉さんのことをもっと知りたいと思っている自分がいる。
「光輝はさ、どこの大学目指してるの?」
「とりあえず東京かな。別に茨城も悪い所じゃないけど、東京に行ってみたいと思ってる」
「そっかー寂しくなるね」
「まだ会って数時間しか経ってないのに?」
「そりゃそうだよ。せっかく知り合ったのに、手が届かない場所まで行っちゃうのは寂しいよ」
「そういうもんかね」
「そーゆーもん。女心が分かってないね~」
これだから男は~とぶつくさ言っているお姉さんを横目に大将からラーメンを受け取った。
こんなに盛りだくさんで1000円ちょっとかと感心する。
それでも高校生にとって決して安くはないことは確かだ。
麺に手を付ける前にレンゲで一杯、スープを掬う。
『うんまぁ~』
思わずハモってしまい、お姉さんと目が合う。
肘で小突かれたが、俺も負けじとやり返す。
そんなおかしな状況に二人で笑い合った。
お姉さんが塩も食べたいと言うので、半分食べたところで、容器ごと交換した。
これは間接キスというやつでは?と思って、お姉さんを見ても、照れの一欠けらも見られないので、こっちだけ無駄にドキドキしただけだった。
お姉さんは一体、いくつの修羅場を潜り抜けてきたのだろうか、と疑問に思った。
「食べたね~」
「めっちゃ美味しいな。あのラーメン屋。また行きたい」
「また行こうよ二人で」
「もちろん」
ラーメン屋を出た俺たちはまた、当てもなくぶらぶらと歩き始めた。
道を走る車も音を潜めて、何かから隠れるようにいく。
「もう3時過ぎだね」
「お姉さんといるとあっという間に時間すぎる」
「それっていい意味だよね?」
「いい意味だよ。楽しいってこと」
「ならよかった」
楽しいのもそうだし、落ち着くとも言える。
俺が家を出る前、誰に話すでもなく、ぶつけようのない思いを抱えていた。
しかしお姉さんと出会って気持ちがかなり軽くなった気がした。
お姉さんは今、俺の心の一部だ。
「お姉さんはさ、悩んでることないの?」
「……あるよたくさん。もちろんだよ」
少し意外だと思った。
自由と言っていたから、悩みからも解放されているのかと思っていた。
まぁ結局、さっき言ってた自由というのは言葉の
「じゃあ例えば?一つでいいから教えてよ」
「うーん。そうだね。夜眠れないんだ。だからたまにぶらぶら散歩してるの」
「そっかー。じゃあ俺と寝る?そしたら寝られるかもよ」
俺は少しふざけて半笑いに言った。
「本当に?一緒に寝てくれる?」
「う、うん。添い寝でも何でもかかってこいだよ」
「じゃあ家くる?」
「うん。行くよ」
ここで行けないとは言うことはできなかった。
男としてというのもあるけど、俺の悩みを聞いてくれた人として、何かしてやりたいと思った。
ただそれだけだ。
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