第2話 真夜中の吐露

「ねえ、名前は何て言うの?」

「佐藤」

「下の名前は?」

「……光輝」

「何でそんな嫌そうな顔をするの?かっこいいじゃん。こうきって」


俺は光輝って名前が嫌いだ。

名前に二つも光って漢字が使われているのに、俺の性格はこんなにも暗いからだ。

別にそれで誰かに笑われたりしたことはないけれど、何となく名前を書くたびに違和感を覚えていた。


「光に輝くと書いて光輝だよ?似合わなすぎでしょ」


俺はお姉さんに言うでもなく、中途半端に呟いた。

こんなこと誰にも言ったことはなかった。

だって馬鹿にされた訳でもないのに、騒ぎ立てる必要がないのだから。


「うーん。名前ってそんな重要なことかな?」

「え?」

「だってそんなのどうにもならなくない?生まれたときに付けるのが名前なんだから。光輝は気にしてるのかもしれないけど、私は気にならない」


お姉さんが気にならないから何だというのだ。

それこそ俺に関係ないじゃないか。


「でも俺が気にしてる」

「だから気にする必要ないんだって」


良く分からない理屈だ。

それに気にするなと言われると、気にしてしまうのが人間だし、俺はもう何年も自分の名前と性格について暇な時、名前を書いた時、ふとした時に考えることがある。


「分かった。じゃあ光輝って呼んであげる」

「いいよ別に呼ばなくて」

「意地っ張りだなあ。じゃあ私が呼びたいから呼ぶね」

「それならまあ仕方ない」


不思議な人だ。

こんな真夜中に話しかけてきて、名前を呼びたいだなんて。

よく分からないからこそ、お姉さんの掴めないところに惹かれていく自分がいた。


「光輝は何でこんな遅くに外にいるの?」

「それはお姉さんも一緒じゃん」

「私はいいんだよ。自由なんだから」


自由?それがありなら、俺だって自由だ。

自由なはずだ……本当に自由か?


高校三年生で受験期という理由で、自分の好きなことすらできない。

勉強をしなければいけないという呪縛に囚われている。

何のために勉強するのか。考えれば考えるほど抜け出せない蟻地獄のようだ。


「俺は今、高校三年生なんだけど、親が勉強しろってうるさいんだ。お姉さんに言わせてみれば、俺は自由じゃないのか?」

「自由じゃないね」

「どうして?」

「自由だとか自由じゃないだとかに囚われている時点で自由じゃないでしょ。自由な人は最初から自由なんだよ」


屁理屈だと思った。

けれど何となく腑に落ちた。

俺は考えすぎなのかもしれない。


「俺はやっぱり勉強すべきだと思う?」

「だから勉強するかしないかも自由なんだよ」

「それも自由……?」

「そう。何をするにも自由!高校生ってそれがいいんじゃん。もちろん光輝みたいに沢山悩むことも大事だよ?けどさ、私たちは自由なんだよ!!」

「自由……か。なんかいいな」


問題は何一つ解決していないかもしれないが、これぐらいの気持ちでいれば良いってことか。

何をするにしても自由なのか。いいな。


もちろん自由には責任もついて回ってくる。

人に迷惑をかけてはいけないしな。

そういう意味で言うと、親には迷惑はかかっているのか?


「でもさよく考えてみたら、親には迷惑かけているかもしれない。勉強しないこととか、この状況とか」

「……なるほどね。光輝が親に迷惑をかけているかもしれないって心配できてる時点で問題ないと思うけどな。ちなみに大学に行くためのお金は誰が出すの?」

「大学に行くためのお金?」

「塾代とか、受験料とか、入学金とか、授業料とか。大学に行くのもすっごいお金がかかるんだよ」


俺は当たり前に何もしなくても、適当な大学に通えると思っていた。

別に今のままでもそこそこの大学には行ける。

そうやって、当たり前でも何でもない恵まれた環境をさも当たり前のように享受しようとしていた。


「だから自由なんだけど、親のすねかじっている内は、ある程度親の言うことも聞かないとじゃない?光輝なら分かるよね?」

「うん。めっちゃ分かる」


俺は親に甘えていたのだ。

毎日当たり前のように出てくるご飯。洗濯されている衣服。毎月貰えるお小遣い。

俺は十分、恵まれている。


なんで勉強するかとか、どうでもいいわ。

今やった方が自分のためにもなるんだから、ただやるだけだ。


「じゃあ今からちょっと散歩しよっか」

「散歩?いいけど、どこに?」

「ぶらぶら歩くの。付いてきて」


お姉さんは俺の手を取って、ゆっくりと歩きだした。

夏だからなのかお姉さんの手だからなのか、握られている部分が少し熱い。


ただ不快感は一切なく。

お姉さんの隣に居ることがすっかり心地よくなっていた。

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