真夜中の高校生

結城・U・雄大

第1話 真夜中の邂逅

光輝こうき!あんた、受験勉強いつになったら始めるの!」


うるさいなあ。

バカ親がずかずかと部屋に入ってくる。


「ちょっと聞いてるの?」

「……聞いてるよ」

「じゃあそのパソコンでやってるゲームをやめなさい!ゲームだから怒ってるんじゃないの。受験期なんだから勉強をしなさいって言ってるの!」


夏休みに入ってから毎日こうだ。

ゲームだって息抜きでやってるだけなのに、毎日毎日部屋に入ってきて、ぐちぐちぐちぐちと。

いつもいつもうるさい。

本当に嫌になる。


「あんたねえ。高校三年生にもなって、こんなこと言わせるんじゃないの!もう18歳なんだから成人してるのよ?いい加減にしなさい!」

「分かったよ。勉強するよ」


俺はそう言い放って、ベットの上に置いてあったスマホをポケットに入れて、玄関に向かった。


「ちょ、あんた、こんな時間にどこ行くの!」


玄関の上がりかまちに腰掛け、ボロボロに履き古されたランニングシューズに足を突っ込んだ。


「お望み通り、勉強しに行ってくる」

「勉強ってあんた、手ぶらで何勉強するっていうの!それにもう夜遅いんだから、危ないでしょ!」

「うるせぇな!もう18なんだからほっといてくれよ!」


扉を勢いよく開け、そのまま道路まで飛び出た。

そのまま家の方を振り向くことなく、当てもなく走り出した。

家の方向からバカ母の叫ぶ声が聞こえていたが、その声も小さくなると、気にすることもなくなった。


俺はとにかくあの家から遠ざかりたくて、必死に走った。

俺のことを知っている人間に会わないようにとにかく遠くへ逃げたい、そんな気分だった。


走って走って、もう走れない。部活を辞め、受験生になってたるんだ身体は既に悲鳴を上げていた。

膝に手をついて、乱れた呼吸を整える。


「何してんだ俺は……」


俺だって分かっている。

高校三年生の夏。今勉強しないでいつ勉強するんだ。

大学生になってからでも、大人になっても勉強はできる。

しかし学歴だって人を測る指標の一つであることは高校受験の時に身に染みて感じていた。

分かっていても気が進まない自分に苛立ちを覚えていた。


周りを見渡すと、俺が知らない町並みが広がっていた。

住宅から漏れ出たわずかな光と月光だけを頼りに道沿いを進む。


すると左手から水の流れる音が聞えてくる。

夜だというのにまだまだ暑い。

少しでも涼しい水の音がする方へと向かった先に、神社があった。


「川村神社……?」


聞いたことのない神社だった。

神社を調べるついでに、現在地をスマホで調べると、隣町まで来ていたことが分かった。

一息つくために、境内にあったちょうど座れそうな岩に腰かけた。


空を見上げても、はっきり見えるのは大きな月ぐらいで星々はうっすらとしか見えなかった。

特にやることもないので、スマホに入っている単語帳を開く。

もう何度も何度も周回したので、間違えることなどない。

ピンポーンという機械的な音が鳴って、すぐに消える。


「すごいね君」

「はっ……!?⁉!?⁉!?」


俺は見知らぬ声に思わず仰け反ったが、岩に座っていたせいでその場からは動けなかった。

体温が急激に上昇し、心臓の鼓動が早くなるのが分かった。


「だ、誰?」


目の前に現れた女を必死で理解しようとしたが、あまりにも急な接近だったために落ち着くことができない。呼吸が乱れる。

誰?というか、どうやって近づいたのかすら全く分からなかった。


「私のことはお姉さんって呼んでよ」

「嫌だよ」

「お姉さん」

「……お、お姉さん」


お姉さん何て呼びたくないが、どうも無視したら酷い目に合いそうな気がして、拒否することができない。

気迫に押されて、一旦お姉さんと呼んでおいた。


お姉さんはジーパンにへその上の辺りまでしかないTシャツを着たシンプルな装いをしている。すらっとした枝のように細い脚と見せつけんばかりのへそばかりに目がいってしまう。

そして顔立ちはとても整っていた。

見惚れてしまうほどの美人だ。目が大きくて、まつげが異様に長かった。


「何でこんなところで勉強なんかしてるの?」

「気分転換だよ。ずっと家で勉強してても辛いだけだし」

「そっか。でも凄いね。連続正解じゃん」


座っていた岩にお姉さんも腰かけ、俺のスマホを覗いてくる。

汗と香水か何かの匂いが混ざって、俺の鼻腔をくすぐってくる。


「こんな時間に危ないんじゃない?」

「……お姉さんこそ。こんな夜遅くに一人で居たら危ないよ」

「あれ、心配してくれてる?優しいね」


俺はできるだけお姉さんと目を合わせないようにした。

目を合わせたら、引き寄せられて、虜になってしまうと思ったから。


沈黙が続くと、お姉さんは身体を俺に預けて、もたれかかってきた。

お姉さんは俺と同じくらいの背丈だが、女性の中では大きい方だと思う。

けれど見た目の割にはやけに軽く、重さを感じなかった。


「じゃあさ、今暇?」

「どちらかと言えば、暇かな」

「そしたら話さない?」

「いつまで?」

「夜が明けるまで」


俺はお姉さんの提案を聞いて、悪くないと思った。

そして一度だけ頷いた。

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