第26話 ニャン吉、家に帰る

 太郎に連れられ家に帰ると、恵子と次郎がすぐさま駆け寄ってきた。

「ニャン吉、どこに行ってたのよ! あんたのことが心配で、昨日一睡もできなかったんだからね!」

「ぼくもだよ! そのせいで、今日授業中に居眠りして、先生に怒られたんだからね!」

『……にゃーん』

「でも、よかった。無事に帰ってきてくれて」

 恵子が目に涙をためている。ほんと夫婦そろって涙もろいやつらだ。

「このままニャン吉が帰ってこなかったらどうしようって、思ってたんだよ」

 次郎が今にも泣き出しそうな顔で言う。ほんと、どうなってるんだよ、この家族は。

「あれっ? ニャン吉、ケガしてるじゃないか」

 次郎がオレの体の傷を見ながら言ってきた。

「ほんとだ! あんた、どうしたのこれ?」

『……にゃーん』

「どうやら野良猫にやられたらしい。大方、野良猫の縄張りに入って、因縁をつけられたんだろう」

 太郎の言ったことは間違ってるけど、この際それはどうでもいい。

「あんた、家出なんかするから、そんなことになるのよ。これに懲りて、もう二度と家出なんかするんじゃないわよ」

『にゃーん!』

 恵子の忠告に、オレは快く返事した。

「ところであんた、お腹減ってるんじゃないの?」

『にゃん!』

「そう思って、ごはん用意しといたから、早く食べなさい」

『にゃん!』

 オレは恵子が皿に入れてくれたキャットフードにかぶりついた。

 昨日食べた弁当もおいしかったけど、やはり食べ慣れたキャットフードは格段においしい。

 あっという間に食べ終え、おかわりを要求すると、恵子に「これ以上食べると太るから、やめときなさい」と、一蹴された。

『……にゃーん』

 仕方ないので、もう寝ようかと思っていると、タマがトコトコと近づいてきた。

「ニャン吉さん、お帰りなさい」

「おう、タマ。お前、家に戻れてよかったな」

「はい。これもニャン吉さんが体を張って抗議してくれたおかげです。けど、ぼくはニャン吉さんの恋敵なのに、なんでそこまでしてくれたんですか?」

「お前は恋敵である前に、【猫なで声】で共に働く仲間だろ? その仲間がいなくなるのを、黙って見過ごすことができなかったんだよ」

「そうですか。あんなに悪態をついたぼくに、こんなに優しくしてくれるなんて、ニャン吉さんは神のような猫ですね」

「今頃気付いたのかよ。そう思うのなら、もうミーコのことはあきらめろよ」

「それとこれとは話が別です。ぼくは今まで通り、ミーコさんを狙い続けますから」

 そう言うと、タマはニヤリと笑いながら、去っていった。


「お前、もう帰ってきたのかよ」

 タマがいなくなるやいなや、タンゴが呆れ顔で近づいてきた。

「てっきり一ヶ月くらいは帰ってこないと思ってたのに、まさか一日で帰ってくるとはな。プチ家出にも程があるだろ」

「まあそう言うなよ。オレも最初は、もう二度と帰ってこないつもりで家を出たんだよ。けど、社会の荒波に揉まれているうちに、オレには野良猫生活は向いてないと思ったんだ」

「お前、何カッコつけてるんだよ。どうせ野良猫に殴られて、怖くなっただけだろ?」

「ぐっ……それよりお前、あの後カシコとはどうなったんだ?」

 タンゴに図星を突かれ、オレはとっさに話題を変えた。

「ああ、プロポーズのことか。もちろん成功したよ。これで俺とカシコは、晴れて夫婦となったわけさ。はははっ!」

「マジかよ! まさかカップルを通り越して、本当に夫婦になるとはな」

「それより、ミーコがお前のこと心配してたぞ。といっても、たったの一日で帰ってきたと知ったら、拍子抜けするだろうけどな」

「それは十分考えられるな。そんなミーコと、オレはどんな顔をして会えばいいんだ?」

「別に普段通りでいいんじゃないか? ミーコはいろいろ言ってくるだろうけど、その時は思い切り抱きしめてキスすればいいんだよ」

「そんなことできるか! もしやったら、パンチ攻撃に遭うのがオチだよ」

「はははっ! 冗談で言ってるのに、なに本気にしてるんだよ」

「お前なあ。こっちは真剣に聞いてるんだから、もっと真面目に答えろよ」

「分かったよ。じゃあ、ミーコがいろいろ言ってきたら、隙をついて告白しろ。ミーコはそんなことされるとは微塵みじんにも思っていないだろうから、効果は抜群のはずだ」

「それ、ちょっと難しくないか?」

「まあな。けど、これが実行できたら、間違いなくミーコとカップルになれるぞ」

 タンゴは自信満々に言うけど、オレはそれをやり遂げる自信はまったくなかった。


 翌朝、オレはドキドキしながら店に向かった。

 昨日の夜、いろいろシミュレーションしてみたけど、これといったものは見つからなかった。

 こうなったらもう出たとこ勝負でいくしかない。

 程なくして店に着くと、鬼のような顔をしたミーコがそこにいた。

(やばい。ミーコのやつ、相当怒ってるよ。えーと、こういう時は……)

 考えがまとまらないまま、オレはとりあえずミーコに挨拶した。

「おはよう。今日も相変わらずかわいいな」

 そう言った瞬間、ミーコはオレに体を預けながら泣き出した。

「ニャン吉の馬鹿! わたしがどれだけ心配したと思ってるのよ!」

「……ごめん。オレ、本当はもう帰るつもりはなかったんだけど、ミーコのことを思うと、居ても立っても居られなくなって、昨日帰ってきたんだ」

「それ、本当?」

「ああ。ミーコ、こんなオレだけど、よかったら付き合ってくれないか?」

(おっ、割とうまく告白できたな。あとはミーコがOKしてくれるといいんだけど……)

 そんなことを思っていると、今まで泣いていたミーコが突然怒鳴り声を上げた。

「どさくさに紛れて、なに告白してんのよ! わたしはロマンティックな場所じゃないと嫌だって、前に言ったでしょ!」 

(しまった! すっかり忘れてた!)

 オレは告白することばかり考えていて、肝心なことを忘れていた。

「ニャン吉なんか大嫌い! もう二度とわたしに話しかけないで!」

 ミーコは強烈な捨て台詞を吐き、足早に去っていった。

(あちゃー。完全に裏目に出たな。ここから挽回するには、並大抵の努力じゃ追いつかないぞ。……ていうか、昨日神様にお願いしたのに、なんでこんなことになるんだよ。やっぱりオレは、神様なんて信じないぞ!)

 これでミーコとは振り出しに戻るどころか、マイナススタートになってしまった。      

 けど、ここで諦めるわけにはいかない。

 なんたってオレは、スーパー猫ニャン吉様なんだからな。はははっ!


    了


 





  


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スーパー猫ニャン吉 丸子稔 @kyuukomu

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