第25話 クロさんとの別れ
「はあ、はあ」
やっとの思いで石段を上り切ると、賽銭箱の前に見覚えのある顔が見えた。
(あっ! 太郎のやつ、なんでこんなところに……)
オレはとっさに
すると、太郎は賽銭箱にお金を入れて、願い事をし始めた。
(太郎のやつ、なにをお願いしてるんだろう。……まさかオレに帰ってきてほしいなんて思ってるんじゃないだろうな)
そんなことを思っていると、クロさんが怪訝な顔を向けてきた。
「お前、そんなところで何をしてるんだ?」
「……えーと、実はあそこで願い事してるの、オレの飼い主なんです」
「なに! ……まさか今朝願ったことが、もう叶うとはな」
「ん? それどういうことですか?」
「実は今朝、飼い主がお前を迎えに来て、そのまま家に帰れますようにって願ったんだよ」
「えっ! ……はは。そんな馬鹿なことがあるわけないじゃないですか。ただの偶然ですよ」
「偶然にしては、出来過ぎてると思わないか?」
「思いませんよ。だって、太郎はオレを迎えに来たわけじゃなくて、願い事をしに来ただけなんですから」
「たとえそうでも、このままお前が飼い主と一緒に家に帰れば、結果的には同じことだろ?」
「オレは帰らないって、もう何回も言ってるじゃないですか!」
何度も同じことを言わせるクロさんにイラだって、思わず大声を上げてしまった。
すると、それを聞きつけた太郎がオレに気付いた。
「ニャン吉! お前、こんなところにいたのか!」
『……にゃーん』
「馬鹿野郎! お前、心配させやがって」
太郎はそう言って、オレを強く抱きしめた。
『にゃん⁉』
(おい! オレを抱っこしていいのは、若くてかわいい女性だけだって、もう何度も言ってるだろ!)
心の中で毒づいていると、体に水のようなものがポタポタと落ちてきた。
(太郎のやつ、もしかして泣いてるのか? ……ちっ、しょうがねえな。今日は特別だぞ)
オレは太郎の気が済むまで、抱っこさせてやった。
「ん? お前、ケガしてるじゃないか。野良猫とケンカでもしたのか?」
『……にゃーん』
「馬鹿だな、お前。飼い猫が野良猫とケンカして勝てるわけないだろ。そんなことも分からないのか?」
『……にゃーん』
「まあこれで、お前もいい勉強になっただろ。もう二度と野良猫とケンカなんかするんじゃないぞ」
『にゃん!』
「よし、じゃあ帰るか」
そう言って帰ろうとする太郎を、オレは全身で引き留めた。
「どうした? もしかして、まだタマのことで怒ってるのか?」
『にゃん!』
「それならもう大丈夫だ。あれからお客さんに頼み込んで、タマを返してもらったからさ」
『にゃーん!』
「これでもう、すべて解決しただろ? さあ早く帰ろうぜ」
『にゃーーーん』
「どうした、まだ何かあるのか?」
オレはクロさんのいる場所に目を向けた。
「あの猫に何か用があるのか?」
『にゃん!』
「分かったよ。じゃあ五分だけ待ってやるから、行ってこい」
『にゃーん!』
オレはすぐさまクロさんに向かって駆け出した。
「クロさん、オレ……」
「分かってるよ。家に帰りたいんだろ?」
「……はい」
「正直、俺はお前が羨ましいよ。お前のことを心配して、涙まで流してくれるんだからな。飼い主にそんなに思われてるなんて、ほんとお前は幸せ者だな」
「…………」
「あっ、悪い。なんか、グチっぽくなっちゃったな」
「……短い間でしたが、クロさんには大変お世話になりました。この恩は一生忘れません」
「ああ。俺もお前と会えてよかったよ」
「これからまたよその土地に行って大変でしょうけど、くれぐれも体には気を付けてください。それじゃ」
オレは涙を堪えながら、クロさんのもとを立ち去った。
「もういいのか?」
『にゃん』
「よし、じゃあ帰るか」
太郎と一緒に石段を下りている途中、俺はふとあることを思い出した。
(そういえばさっき、クロさんが願い事のことを言ってたな。オレは偶然だと思うけど、もしそうじゃなかったら……こうしちゃいらない。早く訂正しなくちゃ)
オレは居ても立っても居られなくなり、回れ右して石段を駆け上った。
「おい! ちょっと待てよ!」
オレは太郎の制止を振り切り、賽銭箱に向かって駆け出した。
(神様、さっきオレが、ミーコが他の誰かと幸せになれますようにってお願いしたこと、訂正させてください。ミーコは……ミーコはオレが必ず幸せにします! だから、彼女と夫婦にならせてください)
太郎が怪訝な顔を向ける中、オレは必死に頼み込んだ。
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