鳴砂山(めいさざん)の彷徨人

のざわあらし

鳴砂山(めいさざん)の彷徨人



 きゅ。


 踏み締めた砂が鳴く。聞いているのは俺しかいない。灼熱の太陽から目を背け、足元だけを見据えて歩みを進める。

 とにかく渇きを癒したい。皮袋の水は二日前に尽き、敦煌とんこうの街を出立した旅人にも、石窟せっくつ詣での僧侶にも出会えずにいる。口に含められるものは唾液くらいだ。

 少しでも喉を潤したくて犬歯を舐め続けていたが、それも限界らしい。舌先が裂け、血が滲んだ。

 仄かに薫る死の臭い──。

 気力が失せ、足が動かなくなった。


 どす。


 倒れた身体を砂粒が受け止める。

 閉じた瞳に映るのは商隊の仲間たち。五日振りか。意外と早い再会だな。いや、知らない女性も混じっている。さっぱりした目鼻立ちに白い肌。蒼い衣をはためかせて彼女は遠のいていく。

 待ってくれ。

 目を開き首を上げると、遠くに何か輝くものが見えた。揺れる陽炎の奥で光るそれは、間違いなく水源。夢にまで見た月牙泉げつがせん……! これは天女の導きか、それとも仏が与えたもうた試練か。足は完全に使い物にならないが、手はまだ動かせる。


 きゅ。


 握り締めた砂が鳴く。何里なんり先かもわからぬ泉を目指し、俺はゆっくりと地を這った。



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鳴砂山(めいさざん)の彷徨人 のざわあらし @nozawa_arashi

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