理想学園記

柏餅ロウ

第1話 再生

 10年前、あの日の天気予報は快晴を告げていたのに、なぜか空一面を灰色の重々しい雲が覆っていたのを覚えてる。 

 夕食の支度をするお母さんの背中を今でも夢に見る。けど、いつも顔は黒く塗りつぶされてわからない。

 不気味に鳴り響くインターホン、なぜか私を抱きしめるお母さん。

 その後のことは何も覚えてない。

 ただその夢から覚めると、決まって私は涙を流す。



 極東に位置する島国、【水郷すいごう】。建国から2000年以上の歴史を持ち、過去二度の大戦に勝利したこの国は、今や世界有数の軍事力を保有する国家として世界をリードする立場となっていた。

 世界各国が核武装による牽制を行う中、水郷国軍は超能力を操る特異な存在、通称【能力者】を生体兵器として運用する計画を採択し、能力者を強制的に徴収し、訓練を行わせるべく各地域に訓練学校を設け、秘密裏に能力者の兵器化を進めていた。



 関東圏第一訓練学校には約300人の能力者が収容されていた。6限目の授業を、高等部1年の一ノ瀬文花いちのせもかは頬杖をつきながら退屈そうな顔で受けていた。

(早く終わってくれないかな…)

 6限目が始まると彼女はいつもそう思いながら頬杖をつく。ノートを滑るように鉛筆の線が引かれ、気力のない文字ばかりがつづられていく。

 そんなことをしている内に授業の終わりを告げるチャイムが鳴った。文花の眠たそうな表情がハッと覚めた。

 文花は自分の荷物を手早くまとめると、教室を飛び出した。

 授業が終わったこということもあって、廊下は多くの生徒の話し声で賑わっていた。ふと右を向くと窓の外に広がる森と、その向こうにそびえたつ壁が見えた。  文花は自分の右手首に付けられた管理用のリストバンドを見て浮かない表情をした。

 訓練学校と名前の響きは良いが、実際のところは収容所である。生徒は管理用のリストバンドの着用が義務化され、逃亡を図ったとしても位置情報がリストバンドから送られる。

 施設の周りには広大な森林が広がっていて、さらに高さ数10メートルの特殊素材の壁で囲まれている。

 文花はそんな風景とリストバンドを見るたびに嫌気がさすのだ。

(2人が待ってる。急ごう…)

 文花は先ほどよりも歩く速度を上げた。


「今日は私の方が早かったね!文花!」

「おつかれ文花」

 文花が演習場に着くと、2組の祭城叶奈さいじょうかなと3組の柏木緑也かしわぎりょくやの姿があった。

 3人は幼馴染で同時期に徴収を受けた。今では放課後に演習場に集まって会話をするのが日課となっている。話す内容はこれといって決まっていないが、そんな何ともない会話が彼女たちの心を支えている。

 演習場には文花達以外にも沢山の生徒がいて、ガヤガヤとうるさかった。

「ごめんね、ちょっと遅れちゃった」

「大丈夫。僕らも今来たところだから」

 緑也がそう言った時だった。演習場内にある試合場から凄まじい轟音が鳴り響いて   演習場内に振動が走った。

 付近の生徒たちの話し声もピタリと止み、数秒の静寂の後、みんな試合場のギャラリーへと向かっていった。 

「何今の!?こんな音聞いたことないよ…」

「見に行こうよ!だれがやってるのか気になる!」

 3人も試合を見るために2階のギャラリーに続く階段を駆け上がった。


 ギャラリーから試合場を見下ろすと、金髪の赤いセーターを着た少女と銀髪の灰色のセーターを着た少女が戦っていた。

「あれは、3年の紅月先輩と2学年の黒鏡先輩?」

 訓練学校でトップクラスの成績を収める2人がそこにいた。

 紅月綾乃こうつきあやのは短剣、黒鏡影狼くろかがみかげろうは刀で攻防一体の戦闘を繰り広げていた。

「全く見えない…」

 3人が驚いたのはその戦闘速度だった。2人は通常の能力者の目では追えないほどの速度で戦闘していた。

 互いの武器同士がぶつかり合い所々で火花は散るが、それ以外の情報がまるで入って来なかった。


 

 綾乃と戦闘を行っている影狼は、違和感を感じていた。

(何で当たらない?能力でタイミングはずらしてるのに…)

 影狼の能力は周囲の空間の動きを止める、平たく言ってしまえば時を止める事ができる。しかし周囲に多大な影響を与えるその力には制限があり、連続での使用には限度がある。そのため彼女は、能力を断続的に使用し、相手の動きを強制的に一瞬だけ止めることによって隙を作るという戦法を取っている。 

(まさか…能力の影響を受けてない?)

 この訓練学校で、3年生を差し押さえて剣術の腕がトップと評される影狼でも、綾乃の攻撃を捌くことはできても、攻撃を命中させることは中々できなかった。

 綾乃は影狼の理に反した能力をものともせずに、リーチの不利な短剣で優勢に立ち回っていた。

 一切の無駄を省いた洗練された動きで、影狼の攻撃を捌き、淡々と影狼を追い詰めていた。

(紅月先輩…この学校最強の能力者。いったいどんな能力を…それに…)

 影狼には能力が通用しないこと以外に、もう一点警戒している事があった。

 綾乃が開幕と同時に放った、演習場内に響き渡った轟音と振動の元凶である謎の衝撃波だ。

 影狼は反射的に刀を抜き放ち相殺できたものの、その攻撃の重さと速さはしっかりと記憶に刻まれ、警戒しながら戦わざるを得なかった。

(対処を誤れば確実に意識が飛んでた…ノーモーションのあれを意識すると間合いに入りづらい…)

 影狼の顔に焦りが現れた時だった。綾乃は一瞬の隙をついて影狼の後ろを取った。風の様に早い動きを影狼は捉えきれなかった。

 後ろを取った綾乃は影狼に、

「あなたは、違う」

と耳打ちすると、首の後ろに手刀を入れ、影狼を気絶させた。



「えっ…終わった?」

 3人は一瞬で勝負がついたことに唖然としていた。

 綾乃は短剣を鞘に収めると、倒れている影狼の背中をさすった。すると気絶していた影狼が目を覚ました。

 綾乃は目覚めた影狼に手を差し伸べた。影狼は綾乃の手を取って起き上がり、鞘に刀身を収めた。

 綾乃は「ありがとう」と一言だけ言うと試合場から去っていった。立ち去る綾乃の背中に深く礼をして、影狼も演習場を後にした。


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