第8話 転機

 文花が目覚めて3日が経った。すでに花音は復帰しており、文花は誰もいないベッドの並ぶ部屋で、本を読んだり課題をしながら暇をつぶしていた。 

 叶奈と緑也の2人に会えるのを楽しみにしながら数学の問題を解いていると、6限の終わりを告げるチャイムが鳴った。

 コンコンと部屋のドアをノックする音が聞こえる。

「どうぞー!」(きっと叶たちだ!)

 そう思いながら返事をするとドアが静かに開いて、思いもよらない人物が入ってきた。

「失礼するわ、体の調子はどうかしら一ノ瀬さん?」

 文花の目の前には綾乃が立っていた。

「紅月先輩!?」

 文花が思わず身構えたのを見て、綾乃は優しく笑いながらベッドの横にある丸椅子を指さした。

「そこいいかしら?」

 綾乃がそう言うと文花は、「どうぞ!」と緊張して上ずった声で返した。

「そんなに緊張しないで。お見舞いに来ただけなんだから」

 ベッドの横にある机に、購買で売っているプリンを置きながら綾乃は腰掛けた。

「お見舞いありがとうございます。けど…」

「確かにそうね。私がここにいるのは不思議でしょう」

 文花は小さくうなずいた。

「あなた達の試合を見てたの、途中ひやひやしちゃったけど」

 文花は、「ご心配をおかけしました」と照れながら言った。

「それでね、私決めたの…一ノ瀬さん、私の手伝いをしてくれないかしら?」

「手伝い?何をですか?」

 突然の申し出に文花は驚きつつも、綾乃に聞き返した。

「一ノ瀬さん明日で復帰できるそうね」

 綾乃の声色は普段よりも優しく、文花は心のどこかで安心感を抱いていた。

「はい」

「なら明日、放課後に寮の階段に来て…あぁ、お友達2人も一緒に。柏木君と…祭城さん」

 文花は2人の名前が出たことに驚きながらも、「わかりました」と返した。

「じゃあまた明日。お大事にね」

 綾乃はドアの前で文花に手を振り、その場を後にした。



 一晩経ち、文花は授業に復帰した。

 6限の終わりを告げるチャイムが鳴ると、文花は緑也と叶奈に訳を説明して、2人を寮の階段へと連れて行った。

「なんで僕たちを?」「ねー」

「わからないよ、私だって急に言われて」

 3人は廊下の人混みをかき分けながら進んだ。

「おなかすいたー」「疲れたぁ」「課題やんなきゃ…」「これから試合なんだけど」

 耳に入ってくる生徒の声を気にすることなく、3人は寮に到着した。

「どこにいるんだろ……!」

 階段の方で手招きをしているアヤノの姿があった。

「紅月先輩!」

「一ノ瀬さん、怪我が治って良かったわ。祭城さんと柏木くんも来てくれてありがとう」

 2人はペコリと頭を下げた。

「じゃあ行きましょうか…ついてきて」

 綾乃は3人を連れて寮の屋上まで登った。長い間使われていなかったのか、屋上のドアはところどころ錆びついていた。

「屋上ですか?」

「えぇ、ちょっとまっててね…」

 綾乃は不思議そうにする文花にそう言うと、ドアをノックした。

「私よ」

 綾乃がそう言うと、ドアからカチャッという音が聞こえた。

「ん、ありがと」

 先程まで窓からは夏らしい青い光が差し込んでいたにもかかわらず、ドアの向こうは薄暗い部屋へと繋がっていた。

 驚いている3人に対して綾乃は、「さぁ、どうぞ」と言いながら部屋の中に入って手招きをした。

 文花は恐る恐る部屋に入った。薄暗い部屋には黒板やロッカーがあり、そこが教室だと認識できた。

 窓には黒い布がはられ、机が乱雑に置かれ、ところどころシミや傷が見られた。

 文花に続いて叶奈と緑也が入るとドアが閉まった。 

「ようこそ3人とも。私達の秘密基地へ!」

 声の主は桃色の髪の少女、雨宮来華あまみやらいかだった。

 彼女と面識のない文花はキョトンとしながら、「お願いします」とたどたどしい挨拶をした。

 来華の後ろには叶奈と緑也も知らない4人の生徒が立っていた。

「一ノ瀬さん、2人にも。あなた達に手伝ってほしいことがあるの」

 来華が真剣な表情で3人を見た。

「この学園からの脱出よ」

「!?」「!?」「!!」

 綾乃の言葉を聞いて、3人は目を丸くした。

「できるんですか!?」

 叶奈が身を乗り出す勢いで聞いた。

「あぁ、できるとも!」

 来華の後ろから勇ましい声がして、ガッシリとした体つきの生徒が顔を覗かせた。

「えっと……先輩?ですよね…名前知らなくて」

「そうだったな柏木、悪かった!俺は苧環響おだまきひびき。3年だ!」

 緑也が申し訳無さそうに言うと、響はひとしきり笑って言った。

「苧環君…声が大きすぎだよ…バレちゃう」

 後ろからもう1人生徒が出てきた。響よりもやや身長の低いその生徒は眠たそうな顔をしており、目の下の隈と小さな声から暗いイメージが連想される。

「僕は門紡久かどつむぐ………よろしくね」

 「門君!もうちょいハキハキしなよって!私は渦雷桃うずらいもも!」

 先の2人とは対称的な低身長の生徒が姿を見せた。桃が清々しい笑顔で文花の手を握り、「よろしく!」と笑った。

「渦雷!お前一ノ瀬よりも身長が低いじゃないか!」

 響の無神経な言葉で桃は赤面した。

「なっ!響ッ!あんたそんなこと言う必要ないでしょッ!」

 桃が反応したのを見て響は更に笑った。

「済まなかったな!ただ、お前が一ノ瀬の前に行ったからついな」

 響の悪気のない言葉に桃は呆れた。

「私だって背くらい……」

「はいはい、もうおしまいね。苧環君もやめてよね。桃、結構気にしてるんだよ?」

 最後の生徒が桃をなだめるように出てきた。

「私は平江仁ひらえじん。ここにいるみんなと同じ、3年だよ」

 すると来華が慌てたような仕草をして言った。

「そうだ、忘れてた!一ノ瀬さんとははじめましてだったね!私は雨宮来華、よろしくね!」

「はい、おねがいします!」

 文花の2回目の返事ははっきりとしていた。

「一通りの自己紹介は終わったようね」

 綾乃が前に出た。

「本題に戻るわ。学園からの脱出の手筈は整っているの…学園を囲む森を抜けて、正門のセキュリティを解除する…」

 綾乃の言葉が詰ったことに文花が首を傾げた。

「なにか問題があるんですか?」

 綾乃はため息をつくと、真剣な表情で話し始めた。

「最近この学園ではおかしな事件が起こってるの。試合中の生徒が突然暴走して相手を殺してしまうという、気味の悪い事件…」

 文花は花音との試合を思い出してはっとした。

「そうよ一ノ瀬さん。あなたは殺されかけたの…ある生徒の能力によってね…」

「…ある生徒?」

文花の質問に綾乃は、「えぇ」と続けた。

「素顔は知らない。ただ、顔まで覆う黒いフードを身に着けた姿から、その生徒を『黒フード』と呼んでいるわ……奴は試合中の生徒を、自身の能力を駆使して暴走させているの」

 文花が「じゃあ、あれも…」といったのを、綾乃はうなずいて返した。

「そして一ノ瀬さん。あなたは奴に…黒フードに狙われるわ」

「!?……どうしてですか?」

 文花は自分の体からスッと血が引いていく感覚を覚えた。

「あなたはあの試合で緋山さんの攻撃を耐え抜いてる…黒フードからしたらあなたは特別な存在…だから…」

 文花は自分の額から溢れる汗を拭おうともせず。ただひたすらに、自分の体が震えているのを感じていた。

「あなたは奴と戦わなきゃいけないの」



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理想学園記 柏餅ロウ @kashiwamochi9981

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