第6話 夜明け
「綾乃…どうしよう…」
「私達は『ストッパー』じゃないから止めに入れない…」
試合を行う生徒は必ず、何かあったときの抑止力のために、ストッパーと呼ばれる代理人をギャラリーにおいて置かなければならない。
文花のストッパーは叶奈であったが、叶奈は青ざめた表情で呆然としていた。 叶奈が入ったところで、どうすることも出来ないと、緑也も叶奈本人も思っていた。
「緑也…これ…」
「先輩の攻撃がさっきよりも激しい…人が変わったみたいだ…」
2人は心のどこかで悪い想像をしていた。
(このままじゃ…)(文花が死んじゃう…)
綾乃はそんな2人を見て、何もできない自分がいることを悔しく思った。
「………先輩…前、失礼します」
頭を抱えている綾乃の後ろから影狼の声がした。
「まさかこんなことになるなんて…」
影狼は困惑しながらも、冷静な声で綾乃の前に出た。
「緋山さんから一ノ瀬さんを庇っ…」
「これは…私の問題でもあるので」
綾乃の言葉を遮るようにギャラリーの手すりに足をかけながら影狼は言った。
(あの構え…日輪か)
下では花音の回転斬りが文花に放たれようとしていた。
影狼は鞘に収まった刀の柄に手を掛けると、勢いよく手すりから飛び出して行った。
影狼はまるで瞬間移動をしているような挙動で、2人の間に割って入り。花音の渾身の一撃を黒い刀身で防ぎ、文花を庇った。
「あとは私に任せてもらってもいいかな……一ノ瀬」
「黒鏡…先輩…」
文花は泣きそうな、かすれた声を漏らし、安心したように倒れ込んだ。
「ねえ花音…どうしたの?」
「……………」
花音は影狼と競り合いながら刀を両手に持ち替えて、更に力をかけたが、影狼は片手持ちのまま微動だにしなかった。
「辛いよね……自分の心の中って……どんなに消そうとしても消せない記憶でいっぱいで…」
「うるさい……私は私…あなたに私のことは関係…」
「じゃあ…どうして泣いてるの?」
花音はハッとした。光のない右目から一筋の涙が流れて、キラキラと潤った。
「影狼ちゃん……助けて」
影狼は絞り出した声で懇願する花音を見て、「うん」と返事をすると、また目の光が消えてしまった。
「余計なことしないで!」
花音が競り合っていた刀を振りぬくと、影狼は刀で上手く攻撃を流して、文花を抱えて後方へ飛んだ。
気絶した文花を出口付近に優しく置くと、花音の方を向いて刀を構えなおした。
影狼は地面を強く蹴って花音に向けて突進していった。
「来ないでッ!」
影狼は突進しながら、自分の目の前に展開されていく無数の透明な壁をぼんやりと認識していた。
(花音の能力のタネは割れてる…正面からの攻撃は弾かれる)
緋山花音の能力は、自分と相手の間に境界を設ける。自分が視認したもののみに効力を発揮する境界は、触れると反発する特性を持つ。目には見えない透明な壁を設置するだけっだったはずのその能力は、花音の努力により、攻防一体の万能能力として昇華していた。
そんな能力にも弱点はある。花音が、親しい影狼のみに教えた弱点。
『私のこれね、正面からの攻撃には強いんだけど、横とか縦から刃を入れられたら、紙みたいにスパスパ切れちゃうんだよねぇ』
困っちゃうよね。と笑う花音を思い出し、影狼は柄を握りしめた。
「
影狼の放つ斬撃の軌跡は、三日月のように美しい弧を描いた。華麗に舞うような剣技は、目の前の壁を次々と切り捨て、影狼は花音との距離を着々と詰めていった。
「来ないでって………」
花音は燃え盛る刀身を構えて、影狼に向かって一気に駆け出した。
「言ってるのに!」
影狼と花音の刀が交差して火花を散らした。
激しく重々しい太刀筋は、花音の不安定な心情を反映しているかのようだった。
影狼自分から攻撃を仕掛けることはなく、ただ花音の攻撃を受け流し防御に徹するだけだった。
「ッ!?」
機会をうかがっていた影狼は、甘くなった横振りに合わせて、下方から花音の刀を弾いた。わずか数秒の出来事である。花音の刀は空中をくるくると回りながら地面に落下し、落下と同時に炎も消えた。
影狼は斜め上に切り上げた刀をすぐに構え直し、距離を取ろうとする花音に向けて走った。
(切られ……ッ!?)
影狼は花音との距離を詰め、刀を捨てて花音に抱きついた。
影狼の温かい腕の中で花音は動けなかった。
「花音……もう大丈夫だよ」
影狼の優しい声を聞いて花音は震えだし、ボロボロと泣き始めた。
「影狼ちゃん…ごめんなさい……私……私ッ……」
花音は嗚咽混じりの声で必死に影狼を抱き返した。
影狼はこぼれる涙で自分の肩が濡れているのを感じて、花音の背中を優しくさすった。
「大丈夫…一ノ瀬は無事だよ…怖かったね」
「よかっ……た」
花音は安心した表情で影狼の腕の中で気を失った。
文花!逃げて!
えっ?……何?誰?
見覚えのあるような背中、血が滲んでて、痛々しい腕で私を庇っている。
眼の前には、沢山の大人の影。黒くて、大きくて、すごく怖い。
文花…大丈夫だよ……叶奈も…大丈夫だから
暖かい…声
何だっけ、これ…私の……
気がつくと私はベッドの上だった。
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