第5話 陰り

 文花が試合場につくと、腰に刀を提げた赤い髪の少女が待っていた。

「一ノ瀬さんだ!こんなに早く会えるなんで嬉しいなぁ」

 花音は優しい笑顔を文花に向けながら言った。

「緋山先輩、先週ぶりですね」

 文花がそう返すと、

「緋山じゃなくていいよ!下の名前で読んでくれると嬉しいな、文花ちゃん!」

と、まるで新しい友達ができた子供のような声で言った。文花は彼女からひたすらな無邪気さを感じ、安心した。

「はい、花音先輩!」

 文花は下の名前で呼びながら笑顔を返して、人形を展開し、大鎌を構えた。対する花音は、刀は抜かないが、やる気の満ちた顔をしていた。

 


「おっ、文花の試合始まったね」

 試合開始のブザーが響き渡る中緑也は、隣にいる叶奈に向かって言った。

「文花の相手、2年の先輩でしょ?創といい先輩といい、文花っていつも運悪いよね…」

「創は文花のこと強かったって言ってたけどね」

 2人は苦笑いした。

「ん?ねえ叶奈。あれって紅月先輩と…誰だろう桃色の髪の…先輩なんだろうけど」

「紅月先輩がギャラリーに来るの、珍しいね」

 綾乃は隣に桃色の髪の少女を連れて試合を観戦していた。しかし、やたらとあたりを見回していて、どこか落ち着かない様子だった。



 ギャラリーの様子など知ることもなく、文花は攻撃を開始した。

「ッ…………!」

 文花は人形を自分の周りに浮遊させながら花音との距離を一気に詰めた。

 依然として花音は刀を抜かなかった。それどころかその場でニコニコとしながら一歩も動かない。

(なんで動かないの?…でも、動かないならッ!) 

 文花は鎌を構えたまま勢いよく飛んで、花音の頭上から思いっきり振りかぶった。

 文花は3方向からも人形に攻撃をさせ、花音の逃げ道を断った。

「ふふっ」

 花音が笑った瞬間。文花の攻撃はカキンという金属同士がぶつかったような音と共に火花を散らして弾かれた。

(攻撃が弾かれた!?)

 文花は着地をすると花音と距離を取った。

「なんで!?」

「ふっふっふーん、なんででしょう!」

 文花の驚いた表情を見て、花音は誇らしげであった。

(ッ…もう一回!)

 文花が右手を前に差し出すと、3体の人形が先程よりも速く花音へと突撃していった。

(今度はもっと複雑に…!)

 直線的な動きだった人形が、不規則な動きに変わり速度にも緩急がついた。

 しかし、どんなに複雑な動きに変化しても。花音はその場を動かなかった。

 人形たちの攻撃が花音を襲う。しかし、結果は変わらなかった。攻撃は花音に届く前に弾かれて、人形たちは文花の元へ戻っていった。

(バリア系の能力?攻撃が当たる前に弾かれるってことは、そういうことなんだろうけど…流石に硬すぎる…)

 文花は再び鎌を構えて花音の方をじっと見た。

「じゃあ次は…」

花音が腰に提げた刀の柄をゆっくりと握った。

「こっちから行くよ!」

花音が鞘から刀を抜いて文花に直進してきた。

「はやっ……ッ!」

 文花が迎撃するよりも早く、花音は間合いを詰めてきた。文花はとっさに鎌で花音の攻撃を受けた。ジリジリと競り合いになって、花音の鮮やかな茜色をした刀身が火花を散らしている。

「ッ……!?」

 文花は花音を押し返そうとしたができなかった。

「あっ……」

 花音は刀にかけていた力を流れるように抜いて、文花の攻撃を受け流した。逆に文花は力の向ける場所を失って前に態勢を崩してしまった。

「文花ちゃん、力まかせじゃだめだよ!」

 花音はそう言いながら文花に向かって左手を突き出した。左手首のリストバンドが揺れるとともに、文花は後方へ吹き飛んだ。

 何かと反発するような感覚を覚えた文花は、頭の整理が追いつかず、受け身を取ることもできずに床に転がった。

「何なんですか!その能力!」

 驚く文花を見て、花音は楽しそうに笑った。



 その頃、ギャラリーでは綾乃が落ち着きのない様子であたりを見回していた。その表情はいつにもまして険しかった。

「綾乃ちゃん…こっちにはいないみたい」

 隣の桃色の髪をした少女も綾乃と同じ様子だった。

(……………ッ!?)

 綾乃は向かい側のギャラリーにいる黒いフードを被った生徒を凝視した。

 深くフードを被っており、顔は見えないものの、その口元は怪しい笑みを浮かべていた。

「まずい!来華ッ!」

 綾乃はその生徒に能力を使おうとしたが、遅すぎた。フードの生徒から黒いモヤのような物が出て、花音の方へ向かっていった。

「遅かった!」

 綾乃はフードの生徒の方へ行こうとしたが、もう向かいのギャラリーにはいなかった。

 綾乃は悔しそうに舌打ちをして、文花を心配そうな顔で見つめた。



(なに…あの黒い霧みたいな…)

 演習場で戦っていた文花は、花音に黒いモヤが入っていくのを見ていた。

 モヤが全て体の中に入ると、花音の首がコクンと前に倒れた。 

「花音先輩…?」 

 花音はゆっくりと前を向いた。その顔はどこか暗く、先程と気配が違った。太陽のような明るさは消え、目の光は失われていた。文花は彼女から果てしなく深い闇を連想し、無意識に後退りした。

「………ッ!?」

 花音は突然、文花に切りかかってきた。文花はとっさに鎌を前に出して攻撃を受け止めたが、先程よりも何倍も強い力に押されて後方にふっとばされた。

 あまりの威力に受け身を取ることも出来ず、文花はしばらく転がって、試合場の壁に背中を強打した。

 花音はゆっくりと文花に近づいていった。その表情に笑顔は無かった。

 文花は壁を支えに立ち上がって大鎌を構えた。

「先輩!どうしちゃったんですか!」

「…………うるさい…」

 花音の発した言葉を聞いて、文花は衝撃と怒りを覚えた。

「先輩…は……先輩はそうじゃないでしょ!」

 文花は大鎌を持ってダッと駆け出した。何で自分が怒っているのかは、文花本人にもわからなかった。しかし、文花は今の花音を全力で否定したかった。

 文花は花音に連続で鎌を振るった。初めの3連撃は全てかわされ、4撃目が先程と同じように弾かれたが、花音の背後に回った人形が攻撃を仕掛けた。

「…………チッ…」

 花音は素早く振り返って人形を弾いたが、背中ががら空きだった。

(攻撃…入るッ!)

 文花は一瞬の隙をついて、刃を反対にかえして花音の背中に向けて振るった。

 花音はとっさに振り返って刀を振るおうとしたが、文花の攻撃のほうがはやく、花音は攻撃を受け止めきれずに後方へと吹っ飛んだ。

(攻撃はあたった…けど…明らかになにか違う…まるで花音先輩じゃないような…)

 花音は俯きながら立ち上がりぶつぶつと何かを言っていた。

「私なんて…私なんて……どうせいらないから……いい子に………いい子にしてなくちゃ……」

 泣きそうな声で、花音は自分を責めるように呟いた。

 花音は呟きながら刀身を鞘に収め、鞘を傾けた。

「また……パパに…怒られちゃう…」

 花音が勢いよく抜刀すると、バチバチという火花とともに。茜色の刀身が炎を帯びた。

(なっ……炎!?)

 文花は驚いて後ずさりをしようとして一歩後ろに引いたが、何かが邪魔をして後ろに進めなかった。

(……ッ!?先輩の能力!?)

 びっくりして後ろを向いたのが間違いだった。

 花音は炎を激しく揺らして急接近した。

 文花は花音よりも遅れて人形を操り、花音に攻撃を仕掛けた。

「……邪魔」

 花音は視界に入った3体の人形を一瞬のうちに切り捨てた。人形は炎に包まれて、空中で灰となり消えた。

「あう゛ッ…………ッ!」

 人形がやられた途端、文花は血を吐いてよろけた。

(ダメージが返ってきた……感覚を共有しすぎた………それでもッ!)

 文花は口から血を垂らしながらも大鎌を握り、接近してきた花音に勢いよく振るった。

「そんなの………」 

 花音は文花の攻撃を真正面から受けて、大鎌の刃を付け根から溶断した。

(あっ……私……死んじゃう)

 刃の破片が落ちていくのを見ながら、文花は自分に向けられた刃をひどく冷静に見ていた。火花を空中に散らせながら振るわれるその刃を、綺麗とさえも思えてしまうほどに、文花は諦めていた。

日輪にちりん

 花音から放たれたのは、目で追えないほどの回転斬り。

 炎をまとった刃が空気を焼きながら回転し、文花の首にかかろうとしていたときだった。

 突然、文花と花音の間に、何かが割って入った。

「あとは私に任せてもらってもいいかな……一ノ瀬」

 文花の目の前で、影狼が攻撃を止めていた。

「……花音に人は殺させない」

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