第4話 日常
文花は部屋に戻ると自分のベッドに飛び込んでそのまま横たわった。時計はもう5時を回っていて、カーテンから漏れる光が部屋を茜色に染めていた。
「はあ…疲れた」
文花は天井を見つめながら大きなため息をつき、無造作に置かれた人形を見つめた。
(今日も勝てなかった・・・やっぱり緑也みたいにはできないな)
文花はベッドから起き上がるとレポートを書くために自分の机に向かった。隣にある叶奈の机には、やりかけの課題が乱雑に置かれていた。
文花が課題に手を付けようとした時だった。
「ただいま!文花!」
叶が部屋に帰ってきて自分のベッドに飛び込んだ。
「お帰り叶奈、課題やるんじゃなかったの?」
文花は机の上の課題を指さして言った。
「そんなこと言ってたね、いやあ…ぜんぜんわかんなくてさ」
「私がわかる範囲なら教えるよ…」
「本当?いやあ、いつも悪いね」
叶の悪びれない笑顔に文花は微笑で返した。
しばらく時間が経ち、叶奈は
「終わったぁ…いやあ、文花さまさまだよ、ホントに」
「もうこんな時間だよ、ご飯食べに行く?それともシャワー室?」
「うーん、先にシャワー行ってから食堂いこっか」
文花と叶は着替えとタオルを持つと、部屋の鍵を閉めてシャワールームへと向かった。
「はぁ…生き返る」
文花の隣から叶の気持ちよさそうな声が聞こえた。文花は、「そうだね」と笑いながら返事をし、髪を洗っていた。
「文花、今日何食べる?土曜日だからまたハンバーグ?」
「叶奈はカレーでしょ、毎週同じので飽きないね」
「文花に言われたくないって」
シャワールームに2人の談笑が響いた。
文花は髪の毛に付いたシャンプーを洗い流した。暖かいシャワーがミルクティー色の髪を洗い流し、肌を伝って全身を温める。
張りのある肌がポッと火照った。
シャワーの蛇口を閉めると、文花はタオルで全身を包んで更衣室へ向かった。
「ふぅ…疲れが一気に取れたよ」
文花が着替えていると後から叶奈も来た。叶奈は髪を乾かし終わると急いで着替えて、鏡の前でドライヤーを使っている文花の方へと向かった。
「文花!はやく食堂行こ!」
「叶奈、まだ髪拭けてないじゃん。ほら、こっち来て」
文花はドライヤーの電源を落とすと、叶奈を後ろの長椅子に座らせ、紫色の髪をわしゃわしゃとタオルで拭った。叶奈が気持ちよさそうな顔をしているのを文花は微笑ましく思った。
「よし拭けた。じゃあ行こうか」
「うん!私おなかぺこぺこ…」
2人が食堂に行くと中はだいぶ賑わっていた。
「席空いてるかな?」と話していると、その入り口で見覚えのある黒髪の2人が口喧嘩をしているのを文花は見つけた。
「もう毒も回復したんだ!これ以上お前といる意味など・・・」
「一緒にご飯食べるだけじゃん!」
叶奈は2人を見て苦笑いしながらモカの方を見た。
「あれ…緑也と明だよね……先行こうか」
「……そうだね」
2人が食堂に入った後でも緑也達は口喧嘩をしていた。
「俺はまだ腹は減っていない、部屋で休んだあ……と……」
明のお腹からグウと音が鳴った。
「ほらお腹すいてるじゃん。入るよ」
「まて!俺は一緒に食べたいなんて…!」
緑也は包帯を巻いた腕で明を強引に掴んで食堂へと引きずっていった。
「文花はハンバーグでしょ?私はカレーだから、はい。食券買っといたよ」
「ありがとう」
訓練学校での物の購入などは、全てリストバンド内の専用ポイントで行われる。
ポイントは月の初めにある程度支給され、試合で勝利したり定期考査で上位に入るなどすると、追加で支給される。
生徒はこのポイントで食堂のご飯を食べたり、私服を購入したりすることができる。
「美味しそう……」
叶奈は満面の笑みを浮かべ、カレーの乗ったおぼんを持って文花の方を見た。
「はやく!はやく!」
急かす叶奈に文花は、「わかったよ」と言って、ハンバーグ定食が乗ったお盆を持って叶奈について行った。
2人が料理を持って座れる席を探していた時だった。
「ッ………!」
文花が前から来た生徒とぶつかった。
持っていたお盆が手から離れて床に落ちるかと思えたが、何故かぶつかった生徒が文花のお盆を持っていた。
「すまない、怪我はないか?」
文花が見上げるとそこには灰色の髪色をした少女と、赤い髪色の少女が立っていた。
(黒鏡先輩?)
目の前にいたのは
影狼はびっくりした様子で文花に手を差し伸べた。
「ありがとうございます黒鏡先輩…」
文花は影狼から差し出された右手を握って立ち上がった。影狼の右手のリストバンドが食堂の照明を反射して鈍く光った。
「ほんとに怪我ない?大丈夫?」
赤髪の少女が文花を心配そうに見つめていた。
「大丈夫です…えっと……」
「私、
(あっ…名前知っててくれた…)
文花は驚いてペコリとお辞儀をした。
花音は可愛らしい笑顔を見せると「またね」と言って影狼と共に歩いていった。
「後輩ってなんかいいよね!影狼ちゃん!」
「そうだね、花音。それよりさ、一ノ瀬?とは面識があったのか?」
影狼からの質問に花音は一瞬キョトンとして、すぐに思い出したようにハッと表情を変えた。
「リストバンドに、一ノ瀬って書いてあったから!」
「場所は……あっ緑也いる!緑也〜!」
2人は緑也と明の座っているテーブルを見つけるとそこに向かった。叶奈の呼びかけに応えて緑也が手を振った。
「あれ、創はドシタノ?」
「帰って来るや否や布団にダイブ…そのままモゴモゴ何か言って寝てるよ」
叶奈は、「マイペースだね」と苦笑いしながら席についた。
「緑也はサバ味噌…ほんと好きだよね」
文花は向かいに座っている緑也のお盆をヒョイと覗き込んで笑った。
「2人だって、先週と同じの頼んでるじゃんか」
「あっ明」
「どうした祭城?」
明は竜田揚げを食べながら叶奈の方を向いた。
「あとで明日の時間割教えてくれない?同じクラスの人明しかいな…」
「明日は日曜だぞ祭城」
明は叶奈の話に被せるように言って呆れた顔を見せた。
「てかあんなに緑也と食堂前で揉めてたのに、結局食べてるんだね」
叶奈は明に指摘されたことが悔しかったのか、カレーを口に運びながらからかい口調で言った。
「ッ…!……別にいいだろ、腹が減っていたんだ」
明の頬が少し赤らんで、緑也は微笑をこぼした。
1週間後。放課後いつものように3人は演習場に集まったが、文花はすぐに試合のためロッカールームに向かった。
ロッカールームに向かう途中だった。向かい側から金髪の少女が文花の方に歩いてきた。
(あれは…紅月先輩…?)
文花は歩く速度を上げて綾乃の横を通ろうとした。
「ねえ」
すれ違いざまに綾乃が文花に声をかけた。文花は一瞬驚いたが綾乃の方に顔を向けた。
「はい…」
静かに返事をしてみる。綾乃は文花の不安そうな顔を見て優しい表情になった。
「一ノ瀬さん…だったかしら?これから試合なの?」
「はい…そうです」
綾乃は少し考えてから、「頑張ってね」と言ってギャラリーへ向かっていった。
文花は足早にロッカールームへと向かい、自分のロッカーを開けて準備をした。
(私…紅月先輩と面識あったっけ…)
そんなことを考えながら演習場に向かった。
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