第3話 曇り
「なぜだ………体が…思うように動かない…」
明には目立った外傷がなく、緑也から致命傷と言えるほどの攻撃も受けていない。
明はなぜ自分が今倒れているのかがわからず、混乱していた。
「倒れてくれたか…危なかっ…ッ!イテテ…」
緑也は攻撃を食らった腹部を抑えながらナイフを鞘に収めた。制服は先程の攻撃でボロボロになっており、全身各所に火傷を負っていた。
緑也は右足を少し庇いながら明の方へと歩いていった。
「さっき使ったナイフには、花の毒から抽出して作った神経毒が仕込んであるんだ。改良してるから毒の巡りも早い」
明は悔しそうに目をつぶると、「そうか…」と一言呟いた。
緑也はベルトにかけてあったポシェットの口を開けて、中から1粒の種を取り出すと、明の口元に運んだ。
「噛み砕いて飲んで。解毒作用があるから」
明は驚いたような顔をして緑也を見た。
「ふざけるな!俺は負けたんだぞ!情けをかけ…ッ!?」
明は解毒を拒んだが、明が話している間に緑也が口に放り込んだ。
明は種を噛んでしまい、そのまま飲み込んでしまった。
「柏木…お前ッ!?」
明は立ち上がることができたが、足がふらついて尻もちを着いてしまった。
「麻痺は結構残るよ、立つことはできても、まだまともに歩けないよ」
緑也は明に手を差し伸べた。緑也の右手首についたリストバンドが揺れる。
「何度も言わせるな、俺に情けを…」
「僕が勝ったんだから言うこと聞きなって、ね?」
明が話し終わる前に緑也は言った。
「なら頼む…」
明は少し恥ずかしそうに、緑也から差し出された手を握った。
緑也は明を引き上げると肩を貸した。緑也の首に回された左手首にリストバンドが見えた。
「このまま医務室行くよ、いくら僕らが能力者でも治りが遅いと困るからね」
緑也と明はそのまま演習場を出ていった。
「緑也勝ったね」「明も動き良かったけどねえ…」
ギャラリーで見ていた文花と叶奈はホッとした。
「次文花じゃない?私課題あるから先部屋戻っとくね!」
叶奈は文花の左肩を叩きながらニカっと笑った。
「……うん、後でね!」
文花は一瞬遅れながら返した。
2人はギャラリーを降りるとそこで別れた。
「あっ緑也、明君」
文花が武器を取りに行っていると、前から先程戦っていた2人が歩いてきた。
「文花これから試合だったよね。がんばってね!」
文花が微笑みながらコクンとうなずくと、2人は医務室へと向かっていった。
(緑也、笑ってごまかしてるけど…あれ、数日じゃ治らないよね…)
緑也が他人に心配をかけないように振る舞う癖を、文花は知っていた。知っているからこそ、笑顔で自分よりも他人を心配する彼のことが心配でしょうがないのだ。
(でもだめだよね、頑張れって言ってくれたんだから集中しないと)
文花は自分のロッカーから自分の身長ほどある大鎌と、大きめのショルダーバッグを背負って演習場に向かった。
(緊張するなぁ…)
文花は胸に手を当て呼吸を整えると試合場に入った。目線の先には腰に刀を提げた白髪の少年が立っていた。
「一ノ瀬さんだ!」
「創君だったんだ…知り合いだから気楽だよ」
文花は友達が相手だと知って胸をなでおろした。
3組の
創一郎は鞘から刀を抜いて構えた。刀身は淡い水色をしていて、光が反射して不思議な光を放っていた。
「怪我はさせたくないけど、手加減はしないからね!」
文花も大鎌を構え、ショルダーバッグを開けた。
「来て!」
文花の声に反応して、バッグの中から剣と盾を持った3体の人形が姿を現して、文花の周りを浮遊した。
2人の準備が整い、試合開始のブザーが鳴った。
(行くよ、みんな!)
3体の人形は一斉に、創一郎に攻撃を仕掛けた。
文花の能力は人形を操る事ができる。最大3体の人形を指示したとおりに動かすことができるが、細かい動きは声に出さずに文花の頭の中で行っている。これはラジコンを1人で3台、同時に動かしているようなもので、とても高度な技術が要求される。
文花は人形で亜雲を攻撃させながら接近し、創一郎に向けてぎこちないフォームで大鎌を振るった。
創一郎は人形の攻撃を全て弾くと、文花の大鎌の一撃を受け止めた。
「前より人形の精度上がった?」
創一郎は驚いたような顔をしながら文花の攻撃を受け流し距離を取った。
(創君びくともしてなかった…)
文花は人形を自分の元に戻して態勢を整えた。
「こっちも能力…だよっ!」
創一郎が刀を振ると文花に、無数の斬撃が飛んできた。文花はとっさに人形を操作して斬撃を人形に弾かせた。
斬撃は人形の持っていた
「!?」
創一郎は文花が人形を動かすよりも先に接近して刀を振るった。文花は大鎌の柄で攻撃を受け止めたが、打ち負けて後方に吹っ飛ばされた。
「ッ…!」
文花は受け身を取ってすぐさま態勢を立て直すと、人形を創一郎に向けて放った。
「まだまだ」
創一郎がそう言うと試合場全体を濃い霧が覆い、文花の視界を奪った。
創一郎の能力は霧。大気中の水蒸気に干渉して霧を発生させることができ、その範囲は広域から限定された範囲までさまざまである。
先ほど創一郎が放った斬撃は、能力の応用で霧を超高密度に圧縮したものである。
文花は視界が奪われたことによって人形の操作ができなくなり、実質的に手持ちの武器での戦闘を強いられることになった。
(創君はどこから来る…)
文花は霧の中で大鎌を構え立ち止まっていた。心を落ち着かせるために呼吸を整え、ぼんやりとした中で目を凝らしていた。
一瞬、文花の目の前が揺れた。
(そこッ!)
文花は全力で大鎌を振ったが、その攻撃は空を切った。
「まだやる?」
文花の視界の右側に、リストバンドのついた創一郎の右手と刃が写った。
文花は後ろを取られていた。
「…やめとくね」
創一郎は文花の返答を聞くと刀を鞘に収めて能力を止めた。
霧が徐々に晴れて、ぼんやりとしていた照明がはっきりとして、まだ目が慣れていない文花にとっては、明るすぎるくらいだった。
「それじゃあもう行くね。またね一ノ瀬さん!」
創一郎は文花に手を振ると演習場を後にした。
文花も演習場を出てロッカーに大鎌をしまった。
「はあ…また負けか」
ロッカーを閉めると、1人ため息をついた。
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