第2話 意地でも

 綾乃と影狼の試合が終わった後、文花たち3人はしばらくギャラリーにいた。

「紅月先輩たち凄かったね」

「2年後には僕達もああなれるのかな」

 緑也と叶奈が冗談交じりで微笑しながら語らっていた。

(2人とも気づいて無い…あなたは違うって、なんのことなんだろう…)

 そんな2人を横目にしながら文花は1人、先の綾乃の発言について考えていた。

(何が違うのかな…紅月先輩は黒鏡先輩に何を…)

「…もか……ねえ文花!」

 文花がハッとして横を見ると叶奈が心配そう見つめていた。

「あっ…ごめん。ボーっとしてて」

「緑也がエントリーしてるから下行くって」

 そう聞くと文花は叶奈の後ろを覗き込んだ。緑也の姿はもうなかった。

「もう行っちゃったよ、この試合の後だって…見てく?」

「せっかくだから見てこっか」

 訓練学校には【試合】と呼ばれる制度が存在する。

 演習場で行われる試合にエントリーし、その試合の結果をレポートにまとめて提出するというもので、対戦相手の選出は管理用のバンドで行われる。

 戦うのが不得意な生徒は、演習場地下の射撃場での成績や、工房で製造した武器をレポートにまとめて提出することが許可されている。

 試合は基本的に同学年の中で行われるが、実力のある生徒は例外であり、自分より上の学年の生徒と試合を行う場合もある。先の戦いがその一例である。

「あっ、緑也だ」

 


試合が終わり、緑也の番が来た。緑也は先程まで来ていたブレザーを脱いで白いシャツだけの軽装になっており、腰のベルトには左右に拳銃の入ったホルスター、黒い筒状の何かが3本に1本のナイフを装備していた。

「うーーんっと…」

 緑也は試合場に入ると、1つ大きな伸びをした。

「相手は…明かよ…相性悪いなあ」

 緑也は困ったような顔をして頭をかいた。明と呼ばれた生徒は反対側の入り口から出てきた。

 制服のブレザーを羽織って、第一ボタンをはずし、シャツの袖もまくっていた。緑也とは対象的に何も装備していなかった。

「柏木か…2ヶ月前は引き分けだったが、今回は勝たせてもらうぞ」

 炎崎明えんざきあきらはそう言うと、右ポケットからライターを取り出した。      

 明の黒髪が揺れて、赤い瞳が緑也を睨んで鋭く光った。

「いくよ明。こっちこそ勝たせてもらうからね」

 緑也はホルスターから拳銃を抜いて両手に装備した。

 明は緑也が銃を構えるのと同じタイミングでライターを着火した。

 試合開始のブザーが鳴った。

 明がライターの火を手で覆うと、手のひらに移りながら膨張した。膨張した炎を周囲に漂わせ、緑也に向けて何発かの火球を発射した。

 炎崎明の能力は、炎を操る。ただ操るだけという特性上、明はライターの火を媒介として能力を使用する。

 緑也は横に走りながら火球を避けるとそのまま、両手に持っている拳銃を発砲した。右からは弾けるような音、左からは軽い音が鳴った。

 明は弾丸を避けて攻撃を仕掛けようとしたが、緑也の目が仄暗く、緑に光り、数発の弾丸が突然、ツタに変化して明に絡みついた。

「ッ…小癪な!」

 緑也が追撃を放つ前に明はツタを燃やし尽くし、炎の壁を作り追撃を全て防いだ。

(僕の能力も種子弾も明には効果が薄い…どうするかな…)

 柏木緑也の能力は植物を操る。1種の種からありとあらゆる形状の形成、花の効果の再現が可能で、能力の都合上、右はゴム弾を発射するための実弾用の銃、左は種を発射するためのエアガンを装備している。

「こちらから行くぞ」

 明は拳に炎を纏わせながら緑也に突進してきた。緑也はゴム弾でけん制しながら、足元にばれない様に種を撒いた。

 明はけん制の弾を全て避けて、緑也に接近して拳を振るった。

緑也は明の炎を纏った連続攻撃を紙一重で回避し、後ろにのけぞりながら能力で木の幹を生成して明を幹に絡ませて動きを封じた。

「またこんなものを!」

 緑也はすかさずゴム弾を打ち込み、明の炎が一瞬弱まったのを見てナイフを抜きながら突進した。

「ッ……!!!」

 明は弱まっていた炎を一気に膨張させ、熱波を放つことで緑也の足を止め、幹の一部を焼くことで脱出した。

「そう簡単にはいかないかッ!」

 緑也は吐き捨てながら銃を構え直し、明に向けて発砲し続けた。

 明は炎で壁を作りながらジワジワと距離を詰め、緑也がリロードする隙をついて一気に距離を詰めた。

「弾は込めさせないぞ!」

「ええい!」

 緑也が引き金に指をかけた瞬間、明は右足で左手に持っていた種子の入った銃を蹴り飛ばした。

 銃が空を舞う様子を見て緑也は舌打ちをし、無策に弾切れを起こした先刻の自分を恨んだ。

(反撃の手立ては…だめだ、明はリロードの隙を与えない!)

 緑也が避けている間も明の拳の炎は膨張し続け、かすれた頬は火傷を負った。

(右を出すと見せかけ一気に…!)

 パターン化してきた明の動きに油断し、緑也は明のフェイントにかかり、懐へ潜り込まれてしまった。

(入られた!間に合わ……)

 明は右の拳で緑也の腹部を殴り、そのまま拳をめり込ませた。

瞬爆しゅんばく

 明の周りにあった炎が一気に右手に集まって放出された。鋭い閃光が走り、瞬間的に放出される熱波と爆発で緑也は吹っ飛ばされ、試合場の壁に背中を強打した。

「うッ…まだ動けるか…」

「気絶をしていない辺りさすがだな…しかし、負けを認めろ柏木。その火傷、骨も折れているだろう…」

 緑也は息を整えながらリロードを済ませ、ゆっくりと壁によりかかりながら立つと、小刻みに震える両手で銃を構えた。

「負けを認めるわけにはいかないよ、まだ僕は立てる」

 明は「フン」と鼻を鳴らすと、再びライターを着火し炎を漂わせた。

「それに……後で後悔したくない!」

 緑也は目が緑色に輝くと同時に、左手でベルトにぶら下げてあった黒い筒を明の方に投げた。

「!?」

 筒から白い煙が勢いよく噴き出して一瞬にして試合場を包んだ。

(煙幕!?しかし…)

 明の目は確かに緑也のシルエットを捉えていた。そのシルエットからはゴム弾が発射され、明の頬をかすめた。

「この程度で、姿を隠したつもりか!」

 明は膨張した炎を勢いよく緑也に向けて放った。煙幕を晴らしながら直進し、炎は緑也を飲み込んだ。

「これで………!?」

 煙幕が晴れて明は驚いた。目線の先に緑也の姿はなく、銃を構えた人形の木が黒くなっていた。

「まさかッ………」

 明が気づいたころにはすでに、緑也は明の後ろを取っていた。

 満身創痍の緑也は明の姿をしっかりと捉え、力を振り絞って、ナイフを抜きながら駆けた。

「トドメッ!!」

 緑也のナイフが明のわき腹をかすめ、明は倒れた。


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