第7話 魔物討伐、開始
レッドとアルレシアがフィーラの町を訪れ、そして負傷者たちを救った翌日。目覚めたレッドはアルレシアとの会話の中で、彼女と仲を深め更には彼女をお姉ちゃんと呼ぶようになる。一方、自分だけでは魔物の脅威に晒されているフィーラの町を救えないと判断したアルレシアはレッドにすがる思いで協力を申し出た。その申し出にレッドは快く答え、彼女らに力を貸す事を決めた。
食堂での会話の後、アルレシアはクリス神父に一言、出かける旨を伝えるとレッドと共に教会を出た。
「ねぇねぇお姉ちゃん、これからどこ行くの?」
「お、おね、んんっ!」
突然レッドにお姉ちゃん、と呼ばれた事に困惑するアルレシアだったが、彼女はすぐに咳払いをしてから、気持ちを切り替えた。
≪自分で許可した事とは言え、いきなりお姉ちゃんと呼ばれるのは驚きますね≫
彼女はそんな事を考えつつも、レッドへの説明を始めた。
「これから行くのはこのフィーラの町を守る騎士団の駐屯地です。そこでレッド様には騎士団の隊長、ベイク様に会っていただきます」
「人に会うの?それよりも先に、森に行って魔物を倒したりした方が良いんじゃ?いっぱい森に魔物が居るんだよね?」
「それはごもっともなのですが、この町の防衛に関しての指揮権はベイク隊長にありますからね。あの人を無視して私たちが勝手に動く訳には行かないんですよ」
「ふ~ん。人間って面倒だね~」
そんな話をしながらしばし町を歩く2人。10分ほど歩いて行くと彼らの前に、これまでの建築物と打って変わり石造りの巨大な壁で囲われた、駐屯地が現れた。
「ここが、目的地なの?」
「はい。ここにはこのフィーラの町を守るべく、大勢の兵士の方たちが集まっています。さぁレッド様、こちらへ」
「あ、は~い」
大きな石壁を見上げていたレッドだったが、アルレシアに促され彼女の後に続いた。そして駐屯地の入り口に向かうと、その前には2人の槍を持った兵士が立っていた。基地を守る歩哨だ。
「ん?」
その時、その歩哨の1人が近づいてくる2人に気づいて、直後驚いた様子で2人の方へと向き直り敬礼をした。
「こ、これは聖女アルレシア様ッ!」
「えっ!?」
更にもう1人の歩哨も、その声に気づくとアルレシア達の方へと向き直り、敬礼をした。
「おはようございます、お疲れ様です」
「「は、はっ!ありがとうございますっ!!」」
2人とも、本物の聖女を前にして緊張しているようだ。
「朝早くに申し訳ありません。私とこちらのレッド様の2人でベイク隊長にお会いしたいのですが、取り次ぎをお願いできますか?」
「は、はいっ!こちらで少々お待ちくださいっ!」
そう言うと歩哨の1人が慌てた様子で中へと走って行った。
しばらくすると、先ほどの歩哨を伴ってベイクがやってきた。そして彼はアルレシアの傍に居るレッドを一瞥すると、視線を彼女に向けた。
「アルレシア様。お出で下さりありがとうございます。それで、レッド様の協力の件は?」
彼は緊張した様子で問いかける。が、それも無理はない。レッドの協力の有無は、今後このフィーラの町を守る上で重要になってくるのだから。
「はい。レッド様にお話しした所、快く引き受けてくださいました」
「ッ……!本当ですかっ?」
「えぇ」
僅かに驚いた様子のベイクに対し、静かに頷くアルレシア。するとベイクは視線をレッドへと向けた。
「レッド、様。改めてお伺いしたいのですが、本当に我々人族に力を貸していただけるのですか?」
「うんっ!アルレシアお姉ちゃんから聞いたよっ!魔物のせいで困ってるんでしょ?だったら僕が魔物たちをやっつけてやるよっ!」
「……そう、ですか」
この時、ベイクは少し困惑していた。
昨夜、彼自身がアルレシアにレッドの説得を頼み込んだものの、現にこうして力を貸してくれるとは、彼自身予想していなかったのだ。
≪まさかこんなにあっさり協力してもらえるとは。『嬉しい誤算』という奴か。だがそれならありがたい≫
「分かりました。では、私からも改めてお願いいたします。このフィーラを守るため、魔物どもを討伐するために。ぜひ赤龍であるレッド様のお力を我々にお貸しください」
「うんっ!任せてっ!」
ベイクの言葉にレッドは元気よく頷く。
「それでっ!じゃあ今から森に行って魔物たちをやっつけてくれば良いのかなっ?」
レッドは既にやる気のようだった。彼はベイクらが許可すれば、今すぐにでもフィーラの町を飛び出して森に向かいそうな勢いだったが。
「いえ。魔物討伐には我々騎士団も同行いたします。ただ、そのために準備が必要ですので、しばしお時間を下さい」
「え?そうなの?まぁ、良いけど」
レッドは小首を傾げながらも頷いた。
「ありがとうございます。それと、聖女アルレシア様はどうなさいますか?」
「では、私も部隊に同行します。直接戦う力は微々たる物しか持ち合わせていませんが、魔法による支援には自信がありますので」
「分かりました。ならば、どうぞこちらへ。準備が整うまでの間、中でお待ちください」
そう言ってベイクは2人を駐屯地の中へと案内した。
それから、レッドとアルレシアは駐屯地の一角で出動準備をしている兵士たちの様子を見つめていた。
彼らの見つめる先では、兵士たちが馬車に荷物や予備の武器、矢筒などを載せていく。その傍では、ベイクが部隊編成を行っていた。それを呆然と見つめていたレッドとその傍に控えていたアルレシアだったが……。
「おい、何だあのガキ?なんで聖女様と一緒に居る?」
≪ん?≫
不意に、レッドの耳に聞こえて来た人の声。それはレッドからかなり距離のある場所で行われていた会話だったが、人族とは比較にならない聴力を持つレッドには普通に聞こえていた。
レッドは一瞬だけそちらに目をやる。見ると兵士たち数人が集まってひそひそと会話をしていた。とりあえずレッドは、準備をしている兵士たちを見つめるふりをしつつ、会話に耳を傾けた。
「隊長の話じゃ、あの亜人みたいなガキも森に連れていくらしいぞ?」
「はぁっ!?俺たちにガキのお守りをしろってのかっ!」
「しーっ!バカッ声がデカいっ!」
彼らはレッドの様子を見つつ会話をしている。もちろんレッドは気づいていないふりをしているため、聞かれていないと彼らは思って居るようだが、レッドにはばっちり聞こえていた。
なお、彼らの言う『亜人』とは、人と似た体のつくりをしながらもどこかしらに動物のような耳や尻尾を持っている人型種族の事であり『獣人』とも呼ばれる者たちの事である。
彼らは、頭から角、腰から尻尾を生やすレッドを亜人だと勘違いしていたのだ。
「にしてもホント、なんで亜人のガキを連れてくんだ?」
「聞いた話じゃ、あいつ亜人じゃないそうだぞ?」
「「は?」」
「何でも、人に擬態してるドラゴンなんだとか?」
と、そんな話を聞いた2人はしばし無言を貫いた後。
「「はははははははっ!!」」
盛大に彼を笑った。
「お、おいおいっ!ドラゴンって何言ってんだお前っ!」
「そうそうっ!そんな事ある訳ないだろっ!」
「なっ!?違うって俺はそういう話を聞いたってだけでっ!」
どうやら、大半の兵士たちは『レッドが人に擬態したドラゴン』という情報を信じていないようだった。しかし無理もない。ドラゴンの存在自体がおとぎ話のような物なのだから。その事実を嘘と考えてしまっても仕方ないのだ。
そんな会話をする3人を見ていたレッドは……。
≪僕がドラゴンだって信じてる人、結構少ないんだな~≫
と、そんな感想を抱いていた。
≪ま、いいや。別に信じてもらえなくても良いし。……あっ、でも僕の戦い方とか見たらドラゴンだって信じてくれるかな?そしたらあの人たち驚いたりして。……それはちょっと面白そうだなぁ≫
あの3人が驚く顔を想像しただけで、レッドは楽しそうに笑みを浮かべた。
「レッド様?どうかされましたか?」
「ん?ん~ん、何でもないよ~」
「そう、ですか?」
楽しそうに笑みを浮かべるレッドが気になり声をかけるアルレシア。レッドは楽しそうに笑みを浮かべながらそう言うだけなので、アルレシアはそれ以上聞こうとはしなかった。
≪何か面白い物でも見つけたのでしょうか?まぁ、笑顔で居る事は良い事ですし≫
≪ふふっ、凄い魔法を使ったらきっとみんなびっくりするだろうなぁ≫
楽しそうなレッドの様子を優しく見守るアルレシアと、悪戯を思いついた子供のような、楽しそうな笑みを浮かべるレッド。
と、そうこうしている内に部隊と馬車などの準備が整った。
「アルレシア様、レッド様。馬車の準備が出来ましたので、どうぞこちらへ」
「はい。レッド様」
「うんっ!」
ベイクに案内され、2人は馬車の荷台へ。
「聖女様と言われるアルレシア様と、協力していただくレッド様をこのような馬車の荷台に座らせてしまい、申し訳ありません。出来ればもっとマシな、貴族が使うような馬車でも用意するべきなのでしょうが……」
「大丈夫ですよ。これから戦いに赴くのです。これで十分です」
そう言ってアルレシアは適当な空いているスペースに腰を下ろし、レッドもそれに倣った。そして彼は興味津々と言った様子で、荷台を見回している。
「そう言っていただけると、助かります。ではこれから駐屯地を出て森へ向かいます。1時間もすれば森の手前に到着しますので、それまでしばしお待ちください。では」
そう言って馬車を離れるベイク。しばらくすると、ベイクの掛け声で馬車の隊列が動き始めた。隊列は駐屯地を出て、町中を通って、城壁より外へ。そしてフィーラ郊外にある森へと向かった。
ガタゴトと揺れる荷台に座ったままのレッドとアルレシア。
「馬車って思ったより遅いねぇ。これなら僕は走った方が早いのに~」
思ったよりも馬車が遅い事にがっかりした様子のレッド。
「そうですか。……あっ、そう言えば」
と、そんな彼の独り言を聞いていたアルレシアはふとある事が気になってレッドに声を掛けた。
「レッド様。森での戦いは、どうされるおつもりなのですか?」
「んえ?何が?」
「戦うに当たって今のお姿のまま戦われるのですか?それとも、赤龍本来の姿にお戻りになるのですか?」
「あぁその事かぁ。う~ん」
質問の意味が分かったレッドは首を傾げた。
「正直、今の姿だとドラゴンの時より少しだけパワーとか落ちてるし、戦えない訳じゃないけど。……でも大きくなると森の中に入るのが難しいし、お姉ちゃんたちを巻き込んじゃうかもしれないからなぁ」
「あ~~。確かにそうですね」
アルレシアはドラゴンとなったレッドが暴れまわる姿を想像した。子供とはいえ、ドラゴンであるレッドの大きさは人間を優に超える。そんな巨体で魔物と格闘戦にでもなったら、周囲を巻き込む恐れもある。それをアルレシアは想像した。
「でしたら、最初は今のお姿のまま戦ってみますか?それが通じれば良し。ダメならばドラゴンの姿になって戦う、という事で」
「うん、そうだね。それが良いかも」
レッドはアルレシアの提案に納得し頷いた。と、そこへ。
「お二人ともっ!森が見えてきましたっ!」
馬車を操っていた御者からの声に、2人は正面へと目を向けた。
「あそこに、魔物が……っ!」
魔物が潜む森がすぐそこにある。その緊張から、アルレシアは錫杖を握る手に力が入ってしまう。それを、隣にいたレッドが気づき、彼女の手に自分の手を重ねた。
「ッ、レッド様?」
「大丈夫、お姉ちゃんの事は僕が絶対守るから。だから、安心して。ね?」
彼女の不安を感じ取ったレッドは、彼女を安心させるためにそう言って笑みを浮かべる。
「レッド様。……ありがとうございます」
最強生物たるドラゴンから『守る』という言葉を貰えた事は、それだけで彼女の不安を吹き飛ばした。
その後、2人は一度ベイクの傍に集まった。そして彼ら3人の前には鎧と剣や槍、盾や弓で武装した兵士たちが整列していた。
「揃ったなっ!ではこれより我々は、森に潜む魔物を討伐する任務を開始するっ!良いかっ!森にいる魔物どもを倒し数を減らさなければ、奴らは増え続け、やがて食料を求めて森からあふれ出すだろうっ!そうなった時真っ先に狙われるのは我々の町フィーラだっ!あの町を守れるのは我々だけだっ!故郷と愛する者たちを守るために死力を尽くせっ!良いなっ!」
「「「「「おぉぉっ!!」」」」」
ベイクの激励に兵士たちが声を張り上げ答えた。
「よしっ!それと、本日より討伐任務に加わって頂くお二人を紹介するっ!1人は勇者パーティーで後衛を担当している聖女アルレシア様だっ!勇者様を始め他の2名は今回来られなかったが、それでも聖女様が加わってくれた事は大きな力だっ!そして更に幸運なのが、赤龍、すなわちドラゴンの一族の子であるこちらのレッド様が協力してくれる事になったっ!」
ベイクがそう説明をすると、兵士たちは少しの間を置き、ザワザワとざわめきだした。そしてその内容を、レッドの耳は拾っていた。
「あの亜人の子供がドラゴン?何の冗談だ?」
「本当なのか?」
「バカ、いくらなんでも冗談だろ?」
どうやら兵士たちの大半は、レッドが人の姿をしているドラゴンだとは信じていないようだ。
「むぅ」
そのことにベイクは難しい顔をした。今の彼にとってレッドは部隊の士気を維持するための、勇者に変わる旗振り役だ。しかし兵士たちはその存在を疑っていた。だが、無理もない。明らかに亜人の子供、と言った風体のレッドをドラゴンだと言われても、そう簡単に信じられる訳が無かった。
≪仕方ない。森に入ったら、適当な魔物とレッド様にはぶつかってもらって、ドラゴンの力を兵士たちに見せつけてもらう、か≫
「んんっ!静かにっ!とにかく我々は、魔物の討伐に向かうっ!良いかっ!聖女アルレシア様による手厚い支援があるからと言って、油断するなよっ!油断は死につながるっ!死にたくなければ気を引き締めてかかれっ!良いなっ!」
「「「「「「おぉっ!!」」」」」」
ベイク隊長の言葉に兵士たちは声を上げた。
「よしっ!では出発っ!」
こうして、ベイクを筆頭に兵士たち数十人、そしてアルレシアとレッドを加えた部隊は森の中へと入って行った。
部隊は、円を描くように剣や槍、盾で武装した兵士たちを配置し、中央にベイクとアルレシア、レッド、それと数人の弓兵が配されていた。これは全方位どこから魔物が襲ってくるか分からない状況で、全方位に対応するための配置だった。
その隊形のまま、森の奥へと進んでいく一団。
「ねぇベイクさん」
そんな中でレッドが傍に居たベイクに問いかけた。
「魔物を倒す、って事だけど、今この森にはどんな魔物がいるの?」
「特に目撃されているのは『オーク』。人間よりも巨大な、豚の顔をした魔物です。後は火を吐く巨大なトカゲの『サラマンダー』や水辺に生息する『リザードマン』。植物型の魔物の『マンイーター』。巨大な蜘蛛型の魔物の『デーモンスパイダー』など、ですかね。後はこの問題以前から目撃されている『ゴブリン』や『スライム』、と言った所ですかね」
「ふ~ん。じゃあ、その中で一番手ごわいのは?」
「手ごわいの、ですか?そうですね。戦うのが大変、という意味ならば麻痺毒の牙を持ち、動きも素早いデーモンスパイダーでしょうか。奴の戦い方は狡猾で、人を1人ずつ麻痺毒で動きを封じ、更に粘着質の糸で雁字搦めにしてからゆっくりトドメを指す、という戦い方をしてきます。正直、奴に比べれば正面から向かってくるオークやその場から動かないマンイーターなどの方がよっぽど戦いやすいですね」
「ふ~ん。……一番危ないのはデーモンスパイダー、かぁ」
レッドは話を聞きながらそんな言葉を漏らしていたのだが、内心では……。
≪そもそもクモ、って何?お空にあるあの白い雲、じゃないよね?≫
ドラゴン以外訪れる事は不可能な環境で育ったせいもあってか、彼は『蜘蛛』が何なのか、まだ知らなかった。
と、その時だった。
「ッ」
不意に、レッドの人間離れした感覚がこちらに接近してくる気配を捉えた。
「ベイクさんっ、何かこっちに近づいてきますっ!前からっ!」
「ッ!?何っ!?」
突然のレッドの言葉にベイクは驚いたが、彼はすぐに周囲へ目を向け指示を飛ばした。
「総員停止ッ!全方位を警戒しろっ!」
ベイクの言葉を聞き、兵士たちは武器を構えながら周囲を警戒し始める。誰もが緊張した様子で周囲を警戒していたが、彼らはレッドの言葉に対して半信半疑だった。
「ほ、本当に何か来るのかよ?」
最前列で剣と盾を構えていた1人がそう愚痴りながら周囲を見回している。と、その時、彼の視界の外の草木が揺れ音を立てた。
「ッ!?」
彼が音に気づいて視線を戻したその時。
『シャァァァァァッ!!!』
人の形をしたトカゲ、すなわちリザードマンと呼ばれる魔物が飛び出してきた。
「っ!?うわぁぁっ!」
彼は突然の事に、対応出来なかった。何とか攻撃を防ごうと、盾を前に出すだけで精一杯だった。
「ぐあぁっ!?」
しかしリザードマンは彼に向かって飛び掛かり、その巨体を生かして盾ごと彼を地面に押し倒した。
踏みとどまる事が出来ず、彼は背中から地面に倒れてしまった。
『シャァァァァッ!!』
そしてリザードマンは彼を足で押さえつけたまま、手にしていた粗雑な槍で彼の頭を貫こうと構えた。
「ひっ!?」
彼は悲鳴を上げ、そして恐怖で動く事が出来なかった。
突然の事で、傍に居た同僚も対応出来なかった。あと数秒もしない内に、槍は彼の顔を貫く。そしてその数秒では、間に合わない。……『人間なら』。
「うぉりゃぁぁぁぁぁっ!!」
直後、人知を超えたドラゴンの脚力でもって大地を蹴って加速したレッドは、雄叫びを上げながら瞬く間にリザードマンと距離を詰めた。
10メートルは離れていた距離を、一瞬で詰めたレッド。そして彼の放った飛び蹴りが、リザードマンの顔面に命中し、頭部は原型をとどめる事無く砕け散った。飛び散った脳漿や血が周囲の木々や茂みに降り注ぎ赤く汚す。
「えっ?えっ?」
突然の事に、助けられた兵士は理解が追い付かず呆然としていた。
「なっ!?」
アルレシアは突然の事に驚き、先ほどまでレッドが立っていた自分の隣と、今のレッドの位置を交互に見やった。
≪あ、あの一瞬でこの距離をっ!?≫
彼女は、レッドがまるでテレポートでもしたかのような錯覚を覚えた。
「う~~!やっぱりドラゴンの時よりパワーが落ちてるぅっ!」
レッドは、普段よりも力が落ちている今の体に不満を覚え、少しだけ苛立っていた。しかしベイクらからすると……。
≪バカなっ。リザードマンの頭を一撃で粉砕しておいて、『パワーが落ちてる』ッ!?何の冗談だっ!≫
パワーが落ちても尚、人間の感覚すれば超常の破壊力を持っているレッドをベイクは僅かに恐れ、そして冷や汗を流していた。
そして兵士たちもレッドの力に驚き、理解できずに恐れおののいていた。だが、ここは戦場だ。そんな悠長な事をしている場合ではない。
「ッ!同じ気配っ!近づいてきますっ!数は、4ッ!いや5ッ!」
「ッ!総員戦闘態勢っ!魔物が来るぞっ!」
「「「「「ッ!りょ、了解っ!!」」」」」
レッドの超常的な力に呆けていた兵士たちも、ベイクの声で我に返った。皆、槍や剣、盾や弓を構える。
と、そこへ茂みをかき分けてリザードマンが現れた。数は5匹。5匹は横一列に広がり、威嚇のために『『『『『シャァァッ!』』』』』と短い声を上げる。
だが、レッドにとってはそんなもの威嚇にもならない。
「ッ!!」
次の瞬間、レッドが大地を蹴って飛び出した。そしてその勢いのままに、リザードマンの一匹を殴りつけた。
「うらぁぁぁぁぁぁっ!」
リザードマンは一瞬で距離を詰めて来たレッドに対応できず、腹部に拳が直撃。通常形態よりパワーダウンしているとはいえ、その拳は先ほど頭を粉砕した時と同じように、一撃でリザードマンの腹部に大穴を開けながら吹き飛ばした。
『『シャァァァァァッ!!!』』
直後、傍に居た2匹が槍を手に襲い掛かる。
「ッ!」
しかし、レッドはバックステップで一気に数メートル後方へと下がり、リザードマンの槍の、リーチの外へと逃れた。そして即座に体内で魔力をチャージし、両手に収束させる。
「≪ウィンドカッター≫ッ!」
そして収束した魔力は彼が風の刃となり、彼が腕を振れば、その見えない風の刃がリザードマンに襲い掛かった。
リザードマン2匹は槍を構えて防ごうとしたが、無駄だった。風の刃は粗雑な槍の柄ごと、リザードマンの首を切り裂き、首を切られたリザードマンの頭と胴体が分かれて地に落ちる。
「す、すげぇ……!」
「魔法を、詠唱無しでっ!?なんなんだあいつっ!」
その時、兵士たちはレッドの力に驚き興奮しつつも、困惑していた。明らかに人間とは別格の力を持っているからだ。そしてこの時になって彼らはようやく、ベイクの言葉を信じ始めた。
「ま、まさか本当に、あんな子供が、ど、ドラゴン、なのか……っ!?」
信じがたい現実に、1人の兵士が冷や汗を流しながらレッドの背中を見つめていた。
『シャァァァァァァッ!!』
と、その時、4匹目のリザードマンがレッドの背後から飛び掛かった。2匹目と3匹目が攻撃した直後、奇襲するためにレッドの背後に回っていたのだ。
「ッ!危ないっ!」
それに気づいたアルレシアが叫び、レッドが振り返る。そのレッド目がけて飛び掛かったリザードマンの槍が突き出される。槍の穂先は既にレッドの顔の、目と鼻の先まで迫っていた。誰もが『避けられないッ!』と瞬間的に判断した。だが……。
レッドの手が、突き出された槍の穂先、刃の部分を右手だけで掴んで止めてしまった。
『シャシャッ!?!?』
「なっ!?刃を素手でっ!?」
これにはリザードマンですら驚き、ベイクもまた驚愕の声を上げていた。本来、刃物の刃部分を素手で握れば指や手がボロボロになっても可笑しくないが、レッドはドラゴン。人間に擬態したとてその表皮の頑丈さも、人間の比ではない。
「むんっ!」
そしてレッドは手に力を籠め、刃を素手で粉々に砕いてしまった。それによって槍を受け止められ、宙に浮いていたリザードマンの体がバランスを崩して前のめりになる。
「おりゃぁっ!!」
そして前のめりになったリザードマンの腹部に、レッドの左ストレートが突き刺さり、そして腹部を貫いた。腕の長さや加速の有無もあって、拳が背中まで貫通する事は無かったが、その事実はリザードマンにとって何の意味も持たない。
そのリザードマンの最期は、痛みに体を震わせ、口から大量の血を吐き出しながらやがて動かなくなる、という物だった。
「ん、しょっ!」
リザードマンが死亡したのを確認すると、左腕を引き抜くレッド。今彼の左手は臓腑を貫いた為に真っ赤に染まっていた。腹部や顔にも、貫いたりした際の返り血が少なからずかかっていた。
「さて、あとは1匹」
『ッ!?シャ、シャァァッ!!』
レッドは最後に1匹の方へと向き直った。だがその1匹は、レッドに勝てないと判断したのか、錯乱したような様子で森の奥へと逃げていった。
「あ、逃げた」
レッドは、それを追うべきかどうか分からなかったため、ただ小さくそう呟きながら逃げるリザードマンを見送った。そして彼は改めて周囲を見回し、他に敵の気配がない事を確認すると、アルレシアの方へと向き直った。
「お姉ちゃんっ!僕、魔物やっつけたよっ!こんな感じで良かったのかなぁっ!」
レッドは、血で真っ赤に汚れた左手を振りながらアルレシアに問いかける。
「え、えぇ。十分ですよ、レッド様」
アルレシアは、少し引きつった笑みを浮かべながらも答えた。
「そっかっ!なら僕、この調子で頑張るよっ!」
レッドは『こんな感じで良いんだ』と考えながら笑みを浮かべていた。こんな風に魔物を倒していけば、彼女達の助けになるんだ、という風な事を彼は考えていた。
が、しかし一方で……。
≪これが、ドラゴンの力≫
アルレシアはレッドの足元に転がるリザードマンを見つめていた。頭を粉砕された最初の個体。腹に大穴が開いた個体。首を切り落とされた2匹。そして、最後に腹部を貫かれた個体。
≪リザードマン自体は、決して強い魔物という訳ではありませんが、それでも数匹をあっという間に、たった一人で殲滅してしまった。そしてそれこそ、ドラゴンの力が為せる技≫
アルレシアは改めて、レッドが超常の力を持った存在なのだという事を。
今どれだけ人に近い姿をしていようと、どれだけ子供のように無邪気に笑っていても、その血で汚れた腕と体が物語っていた。彼は『
第7話 END
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