第6話 差し伸べた手

 フィーラの町を守るため、魔物との戦いで傷ついた兵士たちを強大な魔法で助けたレッド。しかし彼はその疲労から眠りについてしまう。一方、アルレシアは町の騎士団の隊長であるベイクとクリス神父の2人に、『なぜ勇者パーティーが救援の来ないのか』、その説明をすることに。内容を聞き激昂したベイクだったが、現在の町には士気を高める旗印が必要であり、本来それを担わせようとしていた勇者が来ない事から、ベイクはレッドを代理の旗印とする提案をした。



~~~~~~

 レッドがエリアノヴァヒールの技で負傷兵たちを治療した数時間後、朝。

「く~~。く~~」

 当のレッド本人は、教会にある一室のベッドの上で眠っていた。エリアノヴァヒールは、人間とは比較にならない魔力量と魔法への適性を持つドラゴンでも、気軽に放てる技ではない。それを子供のレッドが放ったのだ。その疲労は並大抵ではない。


 とはいえ、ドラゴンの生命力もまた尋常ではない。一晩ぐっすり眠ったレッドは既に回復していた。やがて……。

「ん、ん~~~?」

 カーテン越しに窓から差し込む朝日がレッドの顔に直撃した。それによってレッドは目覚めた。彼は瞼を震わせながら太陽の光に目を背けるように、ゴロンと体を回転させた。そして、ゆっくり瞼を開いてからただ正面を見つめ、呟いた。


「……あれぇ?ここ、どこぉ?」

 未だ覚醒しきっていないレッドは寝ぼけ眼のまま、周囲を見回す。やがてレッドはのそりを体を起こし、しばし窓の方を見つめる。窓の先に見えるのは、教会の聖堂だった。


 そしてそれを見た事と意識がようやく覚醒してきた事でレッドは昨日の出来事を思い出した。

「あぁ、そうだった。確か僕、傷ついた人たちを助けて。でも疲れちゃって。寝ちゃったんだっけ」

 昨日の事を思い出したレッドは、ベッドの上で四つん這いになると、まるで猫が寝起きで伸びをするように、お尻を高く上げるようにしながら両手を前に突き出すような姿勢を取った。

「ん~~!」


 寝起きの体を伸ばしてほぐすレッド。が、直後。

『ク~~~!』

 彼の中の腹の虫が、空腹を訴えるように小さく声を上げた。

「あぁ、お腹空いたなぁ。そういえば昨日の夜から何も食べてないや」

 レッドは昨日の昼過ぎ、アルレシアを助けてから今の今まで何も食べてはいなかった。レッドは音の鳴ったお腹を摩りながら周囲を見回すが、部屋の中には食べ物は無い。


≪どこかに食べ物無いかな~?……でも、勝手に食べたりしたらダメなんだっけ?確かおじいちゃんがそんな事言ってたような?でも、お腹空いたなぁ~≫

 レッドは空腹感に苛まれながらベッドより出ると、そのまま扉の前に立つ。

「え~っと、これ、どうやって動かすんだっけ?確か……」

 家屋に入った事など無いレッドは、当然ドアノブを捻る、という事も知らない。幸い、昨日見たクリス神父の動きの見よう見まねで何とかドアノブをひねってドアを開けた。


「あっ!動いたっ!」

 彼は開いたドアから廊下へとひょこっと顔を出す。そのまま左右を見回すが、廊下には人影はない。

「あの~~。誰か~~?」

 レッドは廊下に向かって声を掛けるが、返事は帰ってくる事無く、廊下は静まり返っていた。


「う~ん。誰も無いのかなぁ?でも、勝手に食べ物食べたらダメだしぃ。誰か~~?いないの~?」

 レッドは空腹感に苛まれながら、人を探すべく廊下を出た。そして、人を探して教会の中を歩き始めた。


 ちなみに、レッドが居た場所は本来であれば教会で生活している孤児や修道女たちが寝室として使っている場所だった。しかし治療のため重傷者を教会内部に集めた事から、子供たちに痛みで呻く兵士たちを見せないようにと、クリス神父の采配で今は修道女たちの大半と共に教会を一時的に離れていた。そのため誰もレッドの声を聴くものは居なかったのである。


 話は戻って、部屋を出たレッドは教会の中を歩き回っていた。

「誰か~~?いないの~~?」

 声を上げても、誰も返事をしない。というのも、残っていた修道女たちは、昨日まで重症で呻く兵士たちの看病をしていたため、疲れ切っていた。それでも賢明に看病をしていたのだが、レッドの活躍でそれが不要となった事から、緊張の糸が切れて今は全員、泥のように眠っているのだ。


 やがてレッドは、迷路を彷徨う子供のようにあちこち歩き回る内に、聖堂の方へと向かっていた。そして聖堂に近づいた時。


≪あっ!この匂いッ!アルレシアさんのだっ!≫

 レッドの、ドラゴンの嗅覚が知っている匂い、アルレシアの微かな匂いを捉えた。

「匂いは、こっちだっ!」

 クンクンっ、と犬のように匂いを嗅いで確かめたレッドは、匂いのする聖堂の方へと向かった。聖堂とレッドの居た宿舎を繋ぐ1階の渡り廊下を渡って聖堂の内部へと入っていくレッド。


「お~~~」

 ドアを開いた先にあった景色は、レッドにとって新鮮なものだった。傍目には田舎の教会の聖堂だ。荘厳なレリーフの壁画や絵画があるわけでも、美しいステンドグラスがあるわけでもない。 

 しかしこれまで洞穴や洞窟で暮らしていたレッドにとっては普通の聖堂でも驚嘆の声を漏らすほどには新鮮なものだったのだ。


「あっ」

 そのままキョロキョロと周囲を見回しながら聖堂内部に足を踏み入れるレッド。  そのまま歩みを進めていると、彼は祭壇の前で膝をつき、祈りを捧げるように手を合わせているアルレシアを見つけた。 


「アルレシアさんっ!」

「えっ?」

 彼女を見つけたレッドはすぐに声をかけた。一方アルレシアは、突然後ろから聞こえた声に少しだけ驚き、すぐさま振り返った。

「れ、レッド様ッ?」 

 彼女はレッドに気づくとすぐにその場から立ちあがった。

「お目覚めになられたのですね、レッド様」

「うんっ!さっきっ!」

「そうでしたか。……あ、それでレッド様はなぜ聖堂に?何かご用でも?」

「えっと、実は人を探してたんですけど、でも誰も居なくて。それで歩いてたらアルレシアさんの匂いに気づいてこっちに来たのっ!」

「えっ!?」


 匂い、という単語に彼女は思わず声を上げ顔を赤くし、鼻の当たりに手を持っていき、スンスンと匂いを嗅いだ。

「あ、あの、レッド様?私、もしかして臭かったですか?」

 聖女である前に、1人の少女でもあるアルレシア。女の子ならば当然、匂いには敏感になるだろう。

「んえ?そんな事無いよ~。アルレシアさんの匂いはね~、お花みたいに甘くて良い匂いだよっ!」

 一方のレッドは今は人の姿をしているとは言えドラゴン。当然、女性がそう言った話題に敏感である事など知る由もない。だからこそ、彼は思ったまま、感じたままの感想を述べた。

≪あ、あぁ。匂いって、そっちの匂いだったのですね。良かった≫

 彼女はレッドの言う匂いが良い意味を持っていると知って安堵の息を漏らした。


「それより、アルレシアさんはここで何してたの?」

「あ、えぇっと」

 アルレシアは安心したのも束の間。レッドに声を掛けられ我に返り、一度咳払いをしてから、話し始めた。


「ここでは朝の御祈りをしていたんです」

「御祈り?なにそれ?」

 ドラゴンには宗教という概念が無い。故に祈りの意味や行為も理解できていなかった。

「え、え~っと」

 これに困ったのはアルレシアだ。どうやって説明したものか?と彼女は視線を泳がせながら数秒考えてからレッドの方へと視線を向けた。


「私たち人類の中には、私たちの常識が通じない圧倒的な存在、『神様』がいると信じている人がいるのです。今私がしていたのは、その神様に対し、『今日も1日が平和でありますように』、『今日もみんなが幸せでありますように』とお願いをしていたのです」

「それがさっきのなの?」

「えぇ。そうですよ。私の毎朝の、大切な日課です」

「えっ!?」


 大切な日課、と聞いてレッドは驚いて声を上げ、直後に申し訳なさそうに目を伏せた。

「ご、ごめんなさいアルレシアさん。もしかして僕、アルレシアさんの大切な事、邪魔しちゃった?」

 彼は、自分が彼女の大切な日課を邪魔してしまったのでは?そう考え、直後にその反省から目を伏せた。彼は申し訳なさそうに、今にも泣きそうな犬のような表情でアルレシアを見上げている。すると……。


≪……か、可愛い≫

 アルレシアは今のレッドを見て、素直にそう思って居た。まるで、『これから怒られるかも』と怯えた子供のようなレッドの姿は、彼女の母性本能を刺激した。ドラゴンという、世界最強の生物でもあるはずのレッドが怯えた子供のようになっている姿の『ギャップ』も、彼女の母性本能や庇護欲を刺激していた。


「大丈夫ですよ」 

 アルレシアはレッドの前で膝をつき、彼の両肩に優しく手を置いた。

「もう御祈りは終わっていましたし、レッド様が気にする必要はありません」

「ほ、ホントに?アルレシアさん、怒ってなぁい?」

「えぇ。もちろん」

 彼女は、怯えた子供をなだめる母親のようにレッドに優しく声を掛けた。

「だから、そんなに怯えたような顔をしないでください。大丈夫ですから」

 そう言ってアルレシアはレッドに優しく微笑んだ。


「……」

 その時レッドは、アルレシアの笑顔に見とれていた。彼には雄、つまり男の兄弟しかいなかった。それ故に姉のようなアルレシアの存在が新鮮に映ったのだ。そしてその思いは、思わず言葉となって漏れてしまった。


「なんだか、アルレシアさんってお姉ちゃんみたい」

「え?」

「……あっ!」

 レッドが気づいた時には、もう言葉にした後だった。

「あ、あぁえっとっ、ごめんなさいっ!僕、雄の兄弟しかいなかったから、その、お姉ちゃんがいたらこんな感じなのかなぁっ!って思ってっ!それでそれでっ!」

 軽く気が動転していたレッドは、考えるより先に次々と口から言葉を発し続けた。そんな風にワタワタと慌てた様子のレッドを見ていたアルレシアは、ふと笑みをこぼした。

「ふふっ」

「ふぇ?」

 突然の笑みに、小首をかしげるレッド。


「そうですね。私も一人っ子でしたから、こんなに可愛い弟が出来たら、嬉しいですね」

 そう言ってアルレシアは愛おしそうにレッドに微笑みかける。

「ほ、ホントに?もし、僕が弟になったら、嬉しい?」

「えぇ。レッド様のように、強くて可愛い弟が出来たら、私もお姉ちゃんとして嬉しいです」

 レッドの問いかけに、アルレシアは笑みを浮かべながら答えた。


≪そっか。僕が弟になったら、アルレシアさん嬉しいんだ。それなら……≫

 その時レッドは、ある事を思いついていた。彼はそのある事について、アルレシアに問いかけた。

「じ、じゃあ」

 彼は恥ずかしそうに顔を赤く染め、少しモジモジしながらも問いかけた。


「アルレシアさんの事、『お姉ちゃん』って呼んで良いですか?」

「えっ!?えぇっ!?」

 突然の提案にアルレシアは驚き、そして顔を赤くした。

「お、お姉ちゃんって、私がですかっ!?」

 彼女の頭は突然の事に理解が追い付いていなかった。


≪そそ、そんないきなりお姉ちゃんだなんてっ!た、確かにレッド様のような可愛い弟が欲しいと思った事は、あるけれど。……ってそうじゃなくてっ!≫

 彼女は顔を赤くし、無言で視線を周囲に泳がせながら思考を巡らせていた。するとその姿を、答えに迷っていると考えたレッドはシュンッと悲しそうな表情を浮かべた。

「やっぱり、ダメ、ですか?」

「ん゛っ!?」


 今にも泣きだしそうなレッドの表情が彼女の庇護欲と母性を更に刺激し、結果彼女は聖女らしからぬ声を出してしまった。が、幸いそれを気にするレッドではないし、周囲に他の人影はない。


「あ、あのっ!レッド様ッ!?決してお姉ちゃんと呼ばれるのが嫌な訳ではないんですっ!むしろどちらかと言えば嬉しいのですがっ!」

「じゃあ、アルレシアお姉ちゃん、って呼んで良いですか?」

「ッ!」


 潤んだ瞳でアルレシアを見上げるレッド。最初はそれにたじろいでいたアルレシアだったが、やがて彼女は息をついてから笑みを浮かべた。

「良いですよ。私をお姉ちゃんと呼んでも」

「えっ!?良いのっ!」

 彼女がそう言うと、レッドは今までの泣きそうだった表情から一転して満面の笑みを浮かべた。


「えぇ。可愛い弟が欲しかったのも事実ですし」

≪それに、あんなふうに今にも泣きそうな表情をされては、断るなんて事出来ませんし≫

「わ~い!やった~!僕にお姉ちゃんが出来た~~!」


 男兄弟の中で育った事もあってか、レッドはお姉ちゃんと呼べる存在が出来た事が心底嬉しかったようだ。現にその喜びを表すように、尻尾が左右に揺れている。

「ふふっ。まるで猫みたいですね」

 彼女は表情がコロコロと変わるレッドの姿を見て面白そうに笑みを浮かべていた。


 が、数秒してアルレシアはある事を思い出した。

「あっ。そういえばレッド様?先ほど人を探している、とおっしゃってましたが、何かご用ですか?」

「えっ?」

 と、レッドが疑問符を浮かべた直後。『グゥ~~~ッ!』という、彼の腹の音が聖堂の中に響き渡った。

「え?」

「あぅ、そうだった。僕、お腹減ってたんだった~~」

 腹の音で、忘れていた空腹感が蘇り思わず両手をお腹に当てるレッド。その表情と声には元気が無い。先ほどまでの喜びようが嘘のようであった。


「えっ、そうだったのですかっ?」

 アルレシアは元気のないレッドの元に駆け寄り、彼の様子を伺う。

「うん。昨日のお昼の頃から、何も食べてなくて……」

「え?……あっ」

 アルレシアは思い出した。昨日の出来事を。そして昨日、レッドは食事を取る機会もないまま、アルレシアを助け、フィーラの町まで送り届け、更には強大な魔法を放つとその疲れでそのまま眠ってしまった事を。


「そ、そうでしたね。レッド様は確かに昨日から。私、クリス神父に何か食べられる物が無いか聞いてきますね。一緒に来られますか?」

「うん、行くっ」

 彼女の問いかけにレッドは頷き、とりあえず彼はアルレシアの案内でクリス神父の部屋へと向かった。


 その後、2人は運よく通路で起きて来たクリス神父と遭遇。事情を説明し、パンや料理のための食材はあったのだが……。


「えっ?修道女の方たちが?」

「えぇ。未だに起きてこなない物で」

 クリス神父は申し訳なさそうに、うつむき気味に話した。しかしアルレシアはその言葉に納得していた。


「無理もありませんね。連日負傷者のお世話をしていたそうですし」

「えぇ。私としても、疲れ切っている彼女達を無理に起こすのは忍びないので。かといって私は料理の経験も、あまり」

「そうですか。かといって、人を呼んでくるのは……」

 そう言ってアルレシアはレッドの方へと視線を向けた。レッドは今もため息をつきながら、空腹感を誤魔化そうとお腹を摩っている。


 もう、レッドの我慢の限界が近いのは火を見るよりも明らかだ。

「仕方ありませんね。クリス神父、厨房をお借りしてもよろしいですか?」

「え?それは構いませんが、何を?」

 きょとんと首を傾げる彼にアルレシアは言った。

「レッド様も我慢の限界のようですので、私が作ります」

「えっ!?聖女様自らがですかっ!?何もそのようなっ!」

「良いのです。これでも勇者パーティーで、野宿の際に簡単な物を何度か作った経験がありますから」

 彼女はそう言って笑みを浮かべながら、クリス神父に頼んで厨房へと案内させた。

 

 その後、アルレシアは教会の厨房を借りて、簡単なスープと目玉焼きを作り、それをパンと一緒にレッドの前に出した。

「どうぞ、レッド様」

「わ~~~!」

 食堂で待っていたレッドの前に料理の乗った皿を置くアルレシア。レッドは、初めて見る人間の料理に興奮し、目を輝かせていた。


「これっ、人の食べ物なのっ!?なにこれっ!こんなの見た事ないっ!」

 その料理自体は、決して豪華な物ではなかった。スープに入っているのは、比較的簡単に入手できる野菜と塩が少々。パンは、上流階級の者たちが食べる小麦の白パンではなく、ライ麦の黒パン。目玉焼きも、料理の品目の中では特に簡単な物だ。


 それは、庶民が日々口にするようなありきたりな朝食のメニューだった。しかしレッドにとっては、それすらも新鮮に映った。

「こんなものしかご用意出来ませんでしたが、どうぞ」

「ううんっ!嬉しいよっ!アルレシアさんっ!ありがとうっ!」

「ッ」


 その時、アルレシアはレッドの屈託のない笑みと、感謝の言葉に息を飲んだ。しかしレッドはそれに気づかず、パンを鷲掴みにしてかぶりついた。

「んんっ!なにこれっ!美味しいっ!」

 レッドは初めての味、初めての触感に驚きながらも、無我夢中でパンを食べていく。そんな彼を見守りながら、アルレシアは……。


≪……あの人たちは、一度でも『ありがとう』と言ってくれただろうか≫

 彼女はふと、これまでの勇者パーティーの冒険での事を思い出していた。


 先ほど、彼女はクリス神父に旅で簡単な料理を作った事がある、と言った旨の話をしていたが、それには少しだけ語弊があった。

 

 それは、彼女が進んでやった訳ではない。勇者らがアルレシアに強要したのだ。

≪『お前はまともに戦っていないのだから、食事の用意くらいしろ』と言われて、野宿の度に食事の用意などの雑務を押し付けられて。それでも、彼らは感謝の言葉を一度でも私に言った事があったでしょうか?……思い出せませんね≫


 彼女は、これまでの旅路での記憶を思い返していた。決して悪い記憶ばかりではなかった。助けた人々の安堵に満ちた笑顔が、彼女の脳裏に浮かぶ。


 だが、そんな嬉しい記憶を簡単に塗りつぶしてしまう程に、傍若無人な勇者と他のパーティーメンバー2人からの辛辣にして悪意に満ちた言葉がいくつも脳裏に浮かんでくる。そして彼女は更に『ある事』を考えてしまう。


≪……もし、この一件が解決したら私はどうすれば。元々、私は聖光教会より勇者様の支えとなるべく勇者パーティーに遣わされた身。となれば、またあの人の所に戻るしか……≫

 戻る、という単語を考えてしまった時、彼女は無意識に服の裾を強く掴みながら、思ってしまった。『戻りたくない』、と。


「ふ~~!美味しかった~!ありがとうアルレシアさんっ!」

「ッ。そ、そうですか。それは何よりでした」

 その時、彼女はレッドに声を掛けられた事で我に返った。


「は~~。お腹いっぱいになったなぁ。でもこれからどうしよ~?」

「ッ」

 レッドの、これから、という単語を聞いた時アルレシアは再び息を飲み、そして昨夜の事を思い出した。

≪聞かなければ。お話ししなければ。レッド様に『ご協力』いただけるかどうか。今この町は、助けを必要としている。けれど私一人では、足りない≫

 その時、彼女は自らの無力さを嘆き、拳を強く握りしめていた。彼女は理解していた。自分一人ではこのフィーラの町を救えない。町を救うためには、勇者と同等以上の力が必要であると。

≪この町のためにはまず、聞かなければ。どのような結果になろうとっ!≫


 彼女は静かに深呼吸をしてから、レッドを見つめた。

「レッド様。少し、よろしいでしょうか?」

「ふぇ?」

 アルレシアは、緊張からか少し硬い声色で声を掛けた。一方のレッドは今後について考えていた所に声を掛けられた為か、小首を傾げながら彼女の方を向いた。


「何?どうかしたの?アルレシアさん」

「……レッド様には、何度も助けて頂きました。私も、この町を守る兵士たちも。この御恩を返す事も出来ていないのに、虫のいい話とお怒りになるかもしれませんが、どうか私の話を聞いてほしいのです」

「え、えぇっと?アルレシアさん?何言ってるの?お話って、何?」

 真剣な様子のアルレシアに、レッドは困惑していた。


「では、順を追ってお話しします。レッド様には昨日、この町が魔物の脅威に脅かされている事をお話ししたと思いますが、覚えていますか?」

「う、うん。覚えてるよ。昨日助けた人たちも、ここを守るために魔物と戦って怪我してたんだよね?」

「はい。魔物の数は多く、今では日々負傷者を出しながらこの町を守るのがやっと、という状態のようです。そのため、なぜ魔物が急に増えたのか、その原因の調査すらままならない状況のようです。そのために今このフィーラの町は、強い存在を必要としているのです。レッド様のような、力強い存在を」

「僕、みたいなのを?」

 レッドは小首をかしげながら自分を指さした。


「はい。本来であれば、勇者様という強い方がやってくる予定だったのですが、その勇者様は、ここへ来ません」

 アルレシアは、そこまで言うと冷や汗を流した。その先の言葉をレッドに告げるのが、怖かったからだ。今から彼女は、言うなればレッドに『勇者の代わり』をしてもらおうとお願いしようと言う事だ。


 その結果、誰かの代わりにされたレッドが激怒するかもしれない、とアルレシアは考えていたのだ。

≪レッド様が激昂すれば、私など一瞬で八つ裂きにされてしまうかもしれない。でも勇者様が来ない今、私一人ではフィーラの町を救えない。今は、この方に縋るしか。この方の優しさに縋る事しかッ!≫

 

 レッドが激昂し暴れ始めれば、アルレシアに打つ手はない。しかし今、この状況を打開するにはレッドの力を借りなければならない。そのため、彼女はレッドを説得するために『出来る事をする』覚悟を決めた。


 アルレシアは、椅子に座るレッドの横で床に膝をついた。

「あ、アルレシアさんっ?」

 その行動の意味が分からず、レッドは未だに困惑していた。


「お願いいたしますっ!今この町には、レッド様のお力が必要なのですっ!魔物を倒し、人々の希望となれるのは、この場においてレッド様しか居りませんっ!」

「え、えっ?」

「もし、私の身を捧げろと言うのならっ!喜んで捧げますっ!だからどうかっ!レッド様のっ!偉大なる龍のお力をどうか我々人族にお貸しくださいっ!どうか、どうか伏してお願いいたしますっ!」


 そう言ってアルレシアはレッドに頭を下げた。彼女は、レッドを怒らせた場合の、最悪の未来を考え恐怖で震えながらも、ただ頭を下げたまま動かない。一方のレッドはしばし混乱した様子でアルレシアを見下ろしていたが、やがて困惑した様子ながらも椅子から立ち上がり、彼女の前で床に膝をついた。


「え、えっと。僕には良く分からなかったんだけど、つまり、僕の力が必要なの?魔物を倒すために?」

「は、はいっ、その通りでございます。我々人族の問題に、龍族のレッド様を巻き込んでしまい、申し訳なく思いますっ!それでも、どうかっ!どうかっ!この町を、この町に生きる人々のために、どうかっ!レッド様のお力をっ!」

 彼女が『お貸しくださいッ』と声を上げようとした時。


「いいよ」

「ッ。……えっ?」

 レッドの優しい声が、アルレシアの言葉を遮った。思いがけない言葉に彼女が顔を上げると、笑みを浮かべる彼と目が合った。


「れ、レッド様、今、なんと?」

「ん?『いいよ』って言ったんだよ、アルレシアさん」

 聞き返す彼女に、レッドは怒った様子も無く、ただ優しい声のままにそう答えた。

「よ、よろしいのですかっ!?まだ、昨日助けて頂いた御恩すら返せていないのにっ!」

「うんっ!」

 

 余りにも軽い返事だったため、未だに耳を疑っていたアルレシアの言葉に、レッドは躊躇う事なく頷いた。

「困ってる人がいるんでしょ?その人たちを助けられるのなら、僕も手伝うよ。困ってる人がいるなら助けてあげなさいってお父さんに言われたし。それに美味しいごはんも食べさせてもらったからっ!」

 そう言って天真爛漫な笑みを浮かべるレッド。


「そ、それだけの理由で?」

 アルレシアは戸惑った。たったそれだけの理由で力を貸してくれるのか?と。

「ん?ん~ん、それだけじゃないよ」

「え?で、では他にどんな理由があるのですか?」

 しかしまだ理由があると聞いて、アルレシアは少しだけ怯えた。もしかしたら、何かとんでもない物を対価として要求されるのではないか?と思ったからだ。


 だが、違った。

「あとはね、『お姉ちゃんのお願い』だからっ!」

「えっ?」

 お姉ちゃんのお願い、という単語が予想外だった為に、即座には彼女の理解が追い付かなかった。


「さっき、アルレシアさんが僕のお姉ちゃんになってくれたから。僕はドラゴンで、アルレシアさんは人間で。血の繋がりも無くて、種族も違うけど。でもそれでも、お姉ちゃんのお願いだから。だから僕、頑張るよ。『お姉ちゃんのために、戦うよ』」

「ッ!!ほ、本当に、我々のために、戦ってくれるというのですかっ?」

「うんっ!あと、そんなに頭を下げる必要もないから。ほら」

 レッドは彼女に手を差し伸べた。アルレシアは、おずおずとその手を取りながらも、立ち上がった。


 身長差を考えれば、立ち上がったアルレシアの方がレッドを見下ろす形になっていた。

「任せてよお姉ちゃんっ!僕が魔物なんて全部やっつけてやるからっ!」

 レッドは右手でアルレシアの手を握りながら、左手でガッツポーズを掲げた。

「レッド、様」


 今、アルレシアはただただ、レッドを見つめていた。小さいながらも、圧倒的な力と、誰かのために戦える優しさを兼ね備えた、その『小さな英雄』を。



     第6話 END

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