第3話 初めての町

 赤龍族の幼龍、レッド。彼は旅に出たその日に、狼に襲われていた1人の女性、聖女アルレシアを狼の群れより助ける事となった。どうにか魔法で意思疎通を果たしたレッドとアルレシア。そんなアルレシアには行くべき場所があったのだが、狼の襲撃で馬が息絶えてしまう。更に間もなく夕暮れとなる時間帯。困惑する彼女を前にしたレッドは、彼女を助ける事にした。



~~~~~~

 レッドがアルレシアを送っていく事になった数分後。

「ん、しょっ!」

 今、アルレシアは馬に載せていた、無事だった荷物を回収し、レッドが魔法で作った、岩で出来た人間サイズの、巨大バスケットの中へと載せていく。

 当初は、レッドが彼女を背中に乗せて飛ぶ予定だったのだが、荷物も一緒に運びたいという彼女の要望を叶えるために、魔法で彼女と荷物が乗る岩のバスケットを作り出したのだ。

「ふぅ。とりあえず、荷物はこれで大丈夫ですね」

 荷物を中へと運び、一つ息をつくアルレシア。


『アルレシアさん。準備出来た?』

「えぇ。あとは私が乗れば大丈夫です」

 レッドの声に彼女は頷き、そのままバスケットの淵に手を掛けた。

「ん、しょっ!」

 側面を跨いで越え、バスケットの中へと降り立つアルレシア。


「OKですレッド様。準備が出来ました」

『は~いっ!それじゃあ、持つね~』

 彼女の準備が出来た事を確認すると、レッドがゆっくりと岩のバスケットの持ち手を持ち、そのまま翼を羽ばたかせ、ゆっくりと浮かび上がった。ゆっくりと上昇を続け、地上から数メートル、という所で一度停止しホバリングするレッド。


『え~っと、それでアルレシアさん。僕はこの道に沿って、あっちの方角に進んでいけば良いの?』

 レッドは両手でバスケットを持ったまま、鼻先で方角を指し示す。

「えぇ。その通りです。お願いできますか?」

『うんっ!任せてっ!それじゃあ、行くよ~!』

 レッドは元気よく頷くと、道に沿って飛び始めた。アルレシアを乗せた岩のバスケットを両手で持っている事もあり、通常よりもゆっくりと飛ぶ。


 ゆっくり、と言ってもその速度は馬で地上を走るよりも早い。

『そう言えば、アルレシアさんはどうしてこの先の町に行くの?』

 そんな道すがら、レッドはなぜアルレシアがこんなところに居るのか、なんとなく気になり問いかけた。

「そうですね。どこから話すべきでしょうか」

 町に着くまでは時間がある事もあり、彼女はそう前置きをしてから、ドラゴンであるレッドにどこから話すべきかを考えた上で、語り始めた。


「レッド様は、『魔物』という存在をご存じですか?」

『うん。魔物は知ってるよ?え~っと、お父さんから習った感じだと、自分たち以外の生き物に見境なく襲い掛かる怪物、だっけ?』

「えぇ。概ねその認識で間違いありません」


 『魔物』。それはこの世界に古くから存在している存在だ。到底、生物が進化したとは思えない異形の怪物たち。自分たち以外の生き物に対して苛烈なまでの攻撃性と狂暴性を持っており、遥か昔からこの世界に住まう命全ての脅威だ。


「この世界には遥か昔から、魔物という脅威が存在しています。それは今も変わらず、時に人の生活を脅かす存在です。そして今回私が向かう『フィーラ』という町が今まさに魔物の被害を受けているのです」

『被害って、どれくらい?どんな感じなの?』

「フィーラの町の近郊には広大な森が広がっているのですが、そこに無数の魔物が現れたのです。元々、森自体には昔から魔物が居たようなのですが、それがここ最近になって急速に数を増やしているようで。討伐のために町に駐屯している騎士団、え~っと、戦士たちが魔物を倒すために戦っているのですが、魔物の数が多く手を焼いているようで。怪我をした者もかなりの数と聞いています」

『そうなんだ。じゃあ、アルレシアさんはその魔物を倒すためにそのフィーラって所に行くの?』

「いいえ。私の役目は、フィーラの町を守るために戦い傷ついた戦士を癒す事です。私は回復魔法が使えますので」

『へ~~』

 アルレシアはレッドに色々と説明をしていたが、不意にその表情が陰る。


「それに、私1人が行った所で戦闘では、大して役には……」

『……アルレシアさん?』 

 陰のある彼女の表情が気になり、レッドは心配そうに小さく声を掛けた。

「ッ、あぁ。すみませんレッド様。何でもありませんっ、独り言ですのでどうかお気になさらずっ!」


 レッドが声を掛けるとアルレシアはハッとなって慌てた様子で咄嗟に笑みを浮かべ、何でもない、と言わんばかりに手を左右にパタパタと振った。

『そう』

≪アルレシアさんがこう言ってるんだし、大丈夫、だよね?≫


 レッドは彼女の独り言が少し気にはなったが、彼女自身がお気になさらず、と言った事もあってそれ以上聞く事はしなかった。


≪う~ん、なんか話しかけずらいな~~。折角ならもっと人間の事聞きたいのに~≫

 それから、レッドはアルレシアの様子から話しかけても大丈夫なのかどうかを悩み、結局無言で飛び続けた。一方のアルレシアも、何か物思いにふけるような表情のまま、ただ無言で空を見つめていた。そして大よそ20分ほど飛び続けた頃。


『ん?あれ?』

「レッド様?」

 不意に、レッドが何かを見つけて声を上げた。それに気づいてアルレシアも彼に声を掛けた。


『ねぇねぇアルレシアさん。道の先に何か見えて来たよ?なんか、ま~るい岩みたいなのに囲まれてるの』

 レッドは前方に視線を向け、顎でしゃくる形で方角を指し示す。

「あぁ、私にも見えました」

 アルレシアはレッドの指し示す方角に目を向け、彼の視線の先に見えた『それ』を確認すると、今までの沈んだ表情から一転して笑みを浮かべながら答えた。


「レッド様の言う丸い岩みたいなの、というのは城壁と言います。そしてその城壁に囲まれたあそこが、私の目指していた町、フィーラです」

『えっ!?あそこが、人がたくさんいる町って所なのっ!?』


 レッドは、初めて見る町並みに驚いて思わずアルレシアの方へと視線を向けた。

「そうですよ。あそこでは老若男女、数多くの人が暮らしています。……そして」

 目的地が見えて来た事で安堵し、笑みを浮かべていたアルレシアの表情が不意に引き締まる。彼女は引き締まった表情のままフィーラの町へと視線を向けた。


「今、あの町に居る人たちは、助けを必要としているのです」

『だから、アルレシアさんはあの町に行くんだよね?」

「はい。それが私に、聖女となった私に与えられた責務なのです」

 彼女はただ、真っすぐフィーラの町を見つめながら答えた。しかし、そんな彼女をレッドはどこか心配そうに見つめていた。

『アルレシア、さん?』


 レッドは、引き締まった、ともすれば少し険しい表情の彼女に小さく声をかけるが、彼女は気づかずただフィーラの町を見つめているだけだった。反応が無い彼女にレッドは仕方なく視線を前方に見えるフィーラの町へと向けた。

 

≪それにしても、あの町にはそんなに困ってる人がたくさんいるのかな?≫

 レッドはふと、そんな事を考えながら町に向かって飛び続けた。



『あ、そうだっ。ところでアルレシアさん』

「ッ、えぇはいっ、何でしょうか?」

 その時、ある事に気づいたレッドが彼女に再び声を掛けると、彼女も我に返って視線を町からレッドへと向けた。

『あの、僕ってどこに降りれば良いのかな?あの壁の中は降りちゃダメかな?』

「あぁそうですね。町の中に降りるのは流石に不味いですね。住民の皆さんが驚いてしまいますので。町を覆う城壁、あの壁の手前で下ろして頂けると助かります」

『は~い!分かった~っ!』


 レッドはアルレシアの言葉を聞くと頷き、徐々に高度を落としていった。そして、フィーラの町の入り口から20メートルほど離れた場所に着地するレッド。

 しかし、この時アルレシアは失念していた。自分が今、どんな存在と一緒に居るのかを。


 レッドが地面に着地し、手にしていたアルレシアの乗った岩のバスケットを地面に置いた直後だった。

『あれ?』

「ん?」


 不意に、正面の城壁の上に無数の人影が現れた。それに気づいて声を上げるレッドとアルレシア。直後。

「総員ッ!弓構えぇっ!!」


 直後に響き渡る男性の怒号。

「えっ!?」

 アルレシアはその怒号に驚き、驚愕の表情で城壁の上を見上げた。2人が見た人影の正体は、弓で武装した、鎧を纏った騎士団に属する兵士たちだったのだ。


 兵士たちは緊張した様子で弓を構え、そしてそれはレッドとアルレシアを狙っていた。

「あっ!」

 そしてこの状況になってアルレシアは自分が判断を間違えてしまった事に気づいた。

≪しまったっ!これは、私の失敗ですっ!レッド様がドラゴンである事を忘れて、こんなに不用意に町に近づいてしまってっ!これでは不用意に町の警備兵を刺激してしまうっ!加えて彼らは臨戦態勢っ!このままではレッド様が攻撃されるっ!それでもし、レッド様がフィーラの町を敵と判断したら、戦闘にっ!≫


 アルレシアは、突発的な衝突からレッドとフィーラの町の兵士たちが戦う事になるという、最悪の可能性を考え悪寒から背筋を震わせた。

≪不味いっ!まだ幼龍とはいえ、レッド様は立派なドラゴンッ!その力は、はっきり言って未知数ッ!戦闘になるのだけは、避けなければっ!≫


 最悪の可能性を避ける為に、彼女はすぐに動き出した。すぐさま岩のバスケットより飛び降り、弓からレッドを庇うように彼の前に立つ。


「どうかお待ちをっ!この赤い龍は我々人族に危害を加える悪しき存在ではありませんっ!どうか弓を下げてくださいっ!」

「ッ!人だぞっ!」

「射撃待てっ!」

 アルレシアが姿を晒し声を張り上げれば、壁上の兵士たちも彼女に気づいて思わず構えた弓を下げた。更に部隊長らしき男の待機指示の怒号が響く。


「貴殿は何者かっ!身分を明かせっ!それと、そちらのドラゴンは一体なんだっ!?」

「私はこの度、聖光教会よりこの町へと派遣されました聖女アルレシアと申しますっ!そしてこちらの赤龍は、先ほど私を助けて頂いた恩人ですっ!彼にフィーラの町への敵意や害意はありませんっ!それは私が保障いたしますっ!どうか武器をおさげくださいっ!」

 アルレシアは、レッドと兵士たちの戦闘を避ける為に、必死で声を張り上げた。

「お、おいっ、どうするっ?」

「分かるかっ!隊長っ!どうするんですっ!?」


 兵士たちは戸惑い迷っていた。ドラゴンという殆ど未知の存在を前にしている事もあり、攻撃するべきか、それとも武器を下げるべきか。その判断がつかなかったのだ。彼らは声を張り上げ、隊長に指示を乞うた。

「………」

 しかし肝心の隊長たる男も、ドラゴンの襲来という前例のない事態に戸惑い判断が付かない状況だった。隊長の男は俯いたまま沈黙し、そのまま何かを考えているようだ。


 一方のレッドも、この状況になってしまった事を後悔していた。

≪あう~~!しまった~~!おじいちゃんに人の住んでる所にいきなり近づきすぎるなって言われてたんだった~!じゃないと人間たちがびっくりして攻撃してくるから、って聞いてたのに~!≫

 彼はアルレシアの後ろで頭を抱えていた。レッドもレッドで、初めて人間の町に近づいた事から、祖父より言われていた『迂闊に人里に近づくな』、という言葉をうっかり忘れてしまっていたのだ。


≪うぅ、僕どうすれば良いんだろ~?ここから離れた方が良いのかなぁ?でもでも、人間の町も見てみたいし~!どうしよ~~!?≫

 レッドには人と争う意思はない。むしろ、人の存在を知りたいという好奇心や関心の方が強い。しかし、子供と言えどとても歓迎されている状況で無い事は分かった。町や人を知りたい・見たいという『好奇心』と、これ以上近づいたら戦闘になるかもしれない、という『不安』。今その二つがレッドの中でせめぎ合い、結果彼もどうするべきか迷い動けなくなっていた。


 アルレシアも今は城壁の上の兵士たちの反応を見ていて動かない。そのため、誰もが沈黙するか固まるか、という状況になってしまった。誰もが判断に迷い、状況は膠着状態へと陥っていた。


≪どうしよ~?……って、あれ?≫

 レッドは未だに判断に迷っていた。しかし彼の、人間とは比較にならない感覚が、城壁の傍の階段を駆け上がる音を捉えた。

≪足音だ。数は、1人?≫

 新たな人間の気配に、レッドは小首を傾げた。今度はどんな人が来たのだろう?と。やがて足音の主が城壁の上に姿を現した。


「ハァ、ハァ、ハァ!」

 息を切らしながら現れたのは、神父の恰好をした細身で50代から60代くらいの、眼鏡と白髪が特徴的な男性だった。その男性は城壁の淵まで駆け寄るとそこに手を突き、アルレシアの方へと視線を向けた。


「クリス神父ッ!?なぜここにっ!」

 その時、神父に気づいた部隊長が驚いて声を上げた。

「も、申し訳ないっ!ドラゴンがこちらに向かっているという話を聞き、私も、下まで来ていたのですが、聖女アルレシア様の物らしきっ、声が聞こえたものでっ!ハァ、ハァッ!」


 息を切らしながらも事情を説明する、クリスと呼ばれた老齢の神父。

「ッ!ではクリス神父っ!あの女性は聖女様なのですかっ!?」

「え、えぇっ。間違いありませんっ。何度か、聖都でご尊顔を拝した事がありますのでっ」

「そうですか。……しかし、あの女性がアルレシア様本人だとして、あのドラゴンは一体?」

 アルレシアが本人である事は証明されたが、しかしドラゴンが来訪した事はそれとは別問題だ。故に部隊長、ベイクの表情は未だ険しい。

「こうなったら、聖女アルレシア様に直接聞いてみるしかありませんな」

 そう言ってクリス神父はアルレシアの方へと視線を向けた。


「聖女アルレシア様っ!まずはこのような高い場所からお声をかける無礼をお許しくださいっ!」

「あなたはっ?」

「はっ!私はこのフィーラの町にある教会を任されておりますっ!クリスと申しますっ!」

 そう言ってクリス神父は深々と頭を下げた。本来、地方の町の一神父と聖女であるアルレシアでは、後者、つまりアルレシアの方が位が高いからだ。

「つきましては聖女アルレシア様にお聞きしたい事がありますっ!質問の許可を頂いてもよろしいでしょうかっ!」 

「構いませんっ。それで、質問とはっ?」

「単刀直入にお聞きしますっ!そちらの赤い龍、ドラゴンは危険な存在ではないのでしょうかっ!町に危害を加える恐れはないのでしょうかっ!」

 ベイクやその周囲に居た兵士たちは、弓を構えたまま静かに彼らの会話を聞いていた。彼らは緊張した様子でアルレシアの答えを待っていた。レッドもレッドでこの後はどうするべきか分からず、彼女とクリス神父の会話を黙って見守っていた。


 すると、アルレシアは後ろにいるレッドの方へと振り返った。

「レッド様、一つだけお聞きしたい事がありますが、よろしいですか?」

『うん?なに?』

「クルルッ?」

 彼は彼女の質問に首を傾げた。

「レッド様には、この町に生きる人々を傷つけたり、人と戦う意思はない。そう考えてよろしいですか?」

『うんっ、そうだよっ』

「クルッ、クルルッ」


 レッドはアルレシアの言葉に鳴きながら頷いた。

「ッ!お、おい今、あのドラゴン頷かなかったか……っ!?」

「み、見間違いだろ?」

「いや、でも、さっきは首を傾げたように見えたが……」

 するとそれを見ていた兵士たちが驚いて声を上げた。

「もしや、あのドラゴンは人の言葉を理解しているのか……っ!?」

 更にベイク隊長もレッドが頷く所を見ていた為に驚き、クリス神父も驚いて口を開いたまま言葉を失っていた。


 一方、レッドの言葉を聞いたアルレシアは再び振り返り、城壁の上に居るクリス神父やベイク隊長、更に他の兵士たちを見上げた。


「皆さんっ、信じられないでしょうが、このドラゴンはっ。いえっ、赤龍族の幼龍であるレッド様は、人の言葉が理解できるドラゴンなのですっ!加えてレッド様は様々な魔法が使え、それによって今私と意思疎通も出来ていますっ!そして今っ!レッド様ご自身でフィーラの町やそこに住まう人々に敵意や害意が無いとはっきり仰いましたっ!レッド様はこの町に害をなす存在ではありませんっ!ですからどうか、武器を下げてくださいっ!」


 レッドとフィーラの町の人々が争わないために。彼女は声を張り上げた。そして更に彼女の聖女という肩書と、ドラゴンという生物が殆ど未知の存在である事が、その言葉の背中を押す形となった。


「せ、聖女様がそういうのなら、なぁ」

「まぁ、人の言葉が分かるドラゴンくらい、居ても可笑しくはない、のか?」

 兵士たちの多くが、アルレシアの言葉を信じ始めた。そしてそれはベイクも同じだった。というより、彼自身アルレシアの言葉を信じざるを得なかった。


≪どのみち、ここであのドラゴンと敵対する事は愚の骨頂。子供、らしいがドラゴンはドラゴン。下手に攻撃して戦いになったら、俺たちに勝ち目など無い。町にだって被害が出るだろう。ただでさえ今フィーラの町は大きな問題を抱えているのだ。こうなればもう、アルレシア様の言葉を信じ、あのドラゴンが大人しく去るなりしてくれるよう、信じるしかない≫


 既に魔物による被害があるこのフィーラの町に、ドラゴンと敵対する余裕など最初から無い。だからこそアルレシアの、レッドは敵ではないという言葉を信じ、その通りであると祈る以外に、ベイクに出来る事は無かったのだ。


≪全く、とんだお客様だ≫

「ハァ」

 彼は内心愚痴をこぼしながら大きく息をついた。

「総員、武器を下ろせ。それと門を開けて聖女様をお迎えしろ」

「「「はっ!!」」」

 ベイクは疲れた様子で部下たちに指示を出す。


 しばらくすると、入り口の門が音を立てながら開き、中からクリス神父が数人の兵士を連れて現れ、アルレシアの前で膝をついた。

「お待ちしておりました、聖女アルレシア様。よくぞフィーラの町までお越しくださいました。何と感謝の言葉を述べればよいか」

「感謝の言葉など、今は不要です。それよりも成すべき事があります。まずはけが人の元へ……」


 案内してください、と言いかけて彼女はレッドの事を思い出し、言葉を途切れさせた。

「アルレシア様?」

「っ、すみません。少しだけお時間を下さい」

 彼女はそう断りを入れてから後ろのレッドの方へと向き直った。


「レッド様、改めてこの度は、助けて頂いた事に深い感謝を申し上げます」

 アルレシアは改めてレッドに感謝の意を表すために深く頭を下げた。

「本来ならば、レッド様には相応のお礼をするべきなのでしょうが、今の私にはあなた様に捧げられる程の供物は無く、また今の私にはやらなければならない事があり、一切のお礼が出来ない事、誠に申し訳ありません」

 彼女は頭を下げたまま、謝罪の言葉を口にした。


『ううん。ホントに気にしないで。僕が自分で助けたいって思ったから、アルレシアさんを助けただけだから』

「ありがとうございます。そう言っていただける好意に甘えることしか出来ませんが、この感謝の思いは決して忘れません。今は、私の治癒の力を必要としているけが人が多くいる為、急がねばなりませんので」

≪あっ、そっか≫


 と、話を聞きながらレッドはアルレシアがここにいる意味を思い出した。

≪確か、アルレシアさんは傷ついた他の人間さん達を助けるために、来たんだよね。傷ついて、苦しんでる人が、ここにたくさんいるんだよね≫


 その話を思い出したレッドは、再び父の教えを思い出していた。

≪お父さんは、困ってる相手が居たら助けてあげなさいっていつも言ってるしっ!よ~~しっ!ここまで来て、話も聞いちゃったしっ!こうなったらっ!≫

 そこでレッドは一つの決心を固めた。

「この事のお礼に関しては、いずれちゃんと」

『ねぇ、アルレシアさん』

 彼は不意に、アルレシアの言葉を遮った。


「っ。何でしょうか?レッド様」

『もし、もしよかったら、僕に出来る事無いかな?』

「えっ?そ、それはつまり?」

 それは、アルレシアにとって思いがけない提案であった。故に彼女は驚きながら問いかけた。レッドの言う『出来る事』の意味を確かめるために。

「私のみならず、このフィーラの町の人々を、助けるために力を貸して下さるというのですか……っ!?」

『うんっ!』


 レッドはただ、元気よく頷いた。父の教えを守り、困っている誰かを助けるために。彼はアルレシアに、協力を申し出るのだった。 



     第3話 END

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