第2話 初めての人間

生物の頂点に立つ存在、ドラゴン。その中の一つ、赤龍族の幼龍レッドは、祖父たるドラゴンより聞いた外の世界の話をきっかけに、その外の世界へと強い関心を持った。そしてレッドは両親を説得し、今まさに世界へと旅に出た。



~~~~~~

 生まれ育った天山を出て、世界へと飛び出した幼龍レッド。しかし……。

『う~ん。これからどこに行こう?』

 彼はこれから、どこに行くべきか迷っていた。しかしそれもそのはず。彼は漫然と『外の世界を旅したい』、としか考えていなかったからだ。更に言えば、レッドは現在の世界情勢や世界地理を一切知らない。


 祖父たるドラゴンの話から、人族の国や、人族と言っても純粋な人間からエルフ、ドワーフと言った亜人が居る事は知っていたが、逆に言えばそれ以上の事を何も知らないのである。故にこれと言った旅の目的地も無く、彼はただ優雅に空の上を飛び続けるだけだった。


 それから数時間、レッドはただゆったりと空の上を飛び、たまに川や池などを見つけると、そこへと降りていき水でのどを潤したりしつつ、あちこちを飛び回っていた。


『ふぁ~~。一日中飛んでたら疲れちゃったなぁ。どこかでもう休もうかなぁ?』

 天山を出たのが朝。しかし数時間飛んでは休んでを繰り返していた為、既に日も傾き始めている。後数時間もしない内に日も暮れ、やがて夜が来るだろう。なので、レッドはどこかゆっくり休める場所は無いかと、眼下を見下ろしながら飛び続けていた。


 と、その時。

『ん?あれ?』

 人間とは比較にならない程に発達したドラゴンの視覚がある光景を捉えた。レッドの眼下、平原を走る一本の道を、人を乗せた一頭の馬が疾走していた。だが、それだけではない。その馬の後を複数の小さな影が追っていた。

『あれ、馬って奴かな。後ろのは、狼?あれ?でも馬の上に誰かいる。もしかして、人間?』

 レッドは教わった知識を総動員して、状況を理解しようとしていた。何しろ、『馬が狼に追われている』、という状況自体初めて目にしたものだからだ。更に言えば、追われている馬とその上に乗る人物が今、どれほど危機的な状況にあるかを、彼はまだ分かっていなかった。


 そして状況はと言うと、レッドが理解した通りだ。獲物を求めて複数の狼が、人を乗せた馬を全速力で追いかけていた。外套を纏い、フードで顔を隠した人物が手綱を握り、馬を走らせている。

『あれ、大丈夫かな?』

 はるか上空を飛行するレッドは静かにその追走劇を見守っていた。

『あっ、段々狼の方が追い付いて来た。このままじゃ馬が危ない。ど、どうしよう、助けた方が良いかな?』


 外に出た事が初めてであったレッドは、自分がどうするべきか分からず悩んでいた。見てしまった以上は助けるべきか、それともこれも弱肉強食、自然の掟と見て見ぬふりをするべきか。どうするべきか即決できなかったレッドはただ速度を落とし、徐々に高度を下げながら馬と狼の追走劇を見守っていた。が……。


『ガァァァァァッ!!』

 ついに一匹の狼が馬に追い付き、その後ろ脚に嚙みついた。

『イィィィィィィンッ!!』

「きゃぁっ!!」

 痛みで悲鳴を上げ、バランスを崩す馬。馬が倒れた衝撃で、手綱を握っていた人間が前へと投げ出された。

『あっ!!』

 思わず声が漏れるレッド。


 投げ出された人物は、ゴロゴロと地面を転がった。馬は倒れたまま起き上がれず、そのまま無数の狼に襲われ、あっという間に喉元を食いちぎられてしまう。

 狼の大半は馬に襲い掛かったが、一頭の狼は馬を素通りし、倒れた人物へと向かって突進した。

「う、くっ!」

 倒れていた人物は、震える体をようやく起こした所だった。既に狼は間合いを詰めている。

「っ!?」

 何とか体を起こし狼に気づいた時には既に遅かった。

『ガァァァァァッ!!』

 大口を開き向かってくる狼。

「うくっ!?」

 倒れていた人物は、咄嗟に左手で顔を庇った。しかし、それは狼の眼前に噛みつきやすい腕を晒す事に他ならなかった。


 次の瞬間、狼がその人物の左腕に食らいついた。無数の鋭い牙が服と皮膚を引き裂き、肉に突き刺さる。

「ッ!?あぁぁぁぁぁぁっ!!!」

 直後、その人物、『女性』の苦痛に悶える悲鳴が響き渡る。更に飛び掛かれた衝撃でフードがずれ、その顔が露わになる。

 長い銀色の髪を揺らし、しかしその整った表情を痛みで歪めながら彼女は叫ぶ。


『ッ!!!』

 その悲鳴ははるか上空を飛行していたレッドの鼓膜を震わせた。そしてその悲鳴が、トリガーとなった。

『待っててっ!!!』


 レッドは考えるよりも先に動き出した。ただ、悲鳴の主を助けたいと、その思いだけが彼を突き動かした。彼は翼を折り畳み、急速に降下していく。

「う、うぐぅっ!い、痛いっ!いやぁぁっ!」

 狼に噛みつかれた女性は、痛みと恐怖で表情を歪め、涙を流していた。その表情は、上空から降下してくるレッドにも見えていた。その表情を目にしただけで、更なる強い想いがレッドの中で湧き上がる。『あの子を助けたいっ!助けないとッ!』、と。


『間に合えぇぇぇっ!!!』

 急降下をするレッド。だが、馬を貪っていた狼が数匹、悲鳴に引かれたのか女性の方へと向かい始めた。

『危ないっ!?こう、なったらぁっ!!』

 『このままではあの人間が危ない』。そう判断したレッドは、急降下を続けながら大きく息を吸い込んだ。


『ゴアァァァァァァァァッ!!!!』


 そして、大音量の咆哮を上げた。

『『『『ッ!!??』』』』

「ッ!?」

 突如として、世界が震えているのではと錯覚する程の、大音量の咆哮に狼たちは驚き、体を震わせた。更に女性の腕に噛みついていた狼も、その口を離し、咄嗟に空を見上げた。 

 更に彼女も、突然の咆哮に驚き思わず空を見上げた。

 

「えっ!?ど、ドラゴンッ!?」

 女性ははるか頭上より降下してくるレッド、ドラゴンに気づいて表情を歪めた。人間にとって、ドラゴンとは圧倒的な力の象徴であり、時には抗いようのない天災のような存在として語られているのだ。その天災のような存在が向かって来ている、という現実に彼女は軽く絶望していた。


 そして、レッドは地表スレスレで体を反転させると、『ズズゥゥゥンッ!』という盛大な音と、地震かと錯覚する程の揺れを起こしながら着地した。

『グルルルルルルッ!!!』


 レッドはすぐさま狼たちを睨みつけ、威嚇するようにうなり声をあげた。

『キューンッ、クゥーンッ』

 狼たちは、目の前に現れたドラゴンの圧倒的なプレッシャーを前に既に戦意を喪失していた。如何に幼いとは言えレッドも立派なドラゴン。ドラゴンに凄まれてしまえば、狂暴な狼や熊と言えど簡単に戦意を喪失してしまう。それほどのプレッシャーを今のレッドが放っていたのだ。


「ッ!ッ!!」

 しかし、そのプレッシャーを浴びていたのは狼に襲われた女性も同じ。彼女はなぜ今、ドラゴンが現れたのか分からず怯え竦んでいた。

『なぜ、なぜっ、こんなところにドラゴンがっ!?まさか、このドラゴンも私を食おうとっ!?』

 レッドの思いなど知る由も無い彼女は『自分は食われるのか?』という恐怖に怯え、目を見開きガタガタと震えていた。


『ヴァウッ!!ヴヴヴヴッ!!!』

 その時、1匹のリーダーらしい狼がレッドに威嚇の声を上げた。狼たちも食わねば生きていけない。狼たちにしてみれば馬と女性は得物だ。むざむざ奪われる訳には行かなかった。だからこそリーダーらしい個体は威嚇をしたのだが……。


『ゴアァァァァァァァァァァッ!!!』

 再び響き渡るレッドの咆哮。

『ッ!クゥーンッ!クゥーンッ!!!』

 一度は戦意を保ったリーダーも、二度目の咆哮で完全に心が折れたようだ。情けない声を上げながら逃げ出し、他の狼たちも脱兎のごとくそれに続いて逃げていく。


『……うん、逃げた、ね』

 レッドは狼が逃げていくのを確認すると、安堵の意味を込めてフンスッと、荒い息をついた。

『これでとりあえずこの人間は守れたけど……』

 レッドは逃げていく狼を見つめていた視線を下げ、眼下の女性に目を向けたのだが……。


「ひッ!!」

『あ、あれ?もしかして僕、怖がられてる?』

 レッドが目を向ければ、彼女は恐怖で目を見開き、ガタガタと体を震わせ怯え切っていた。しかし無理もない。突然の急展開に思考が追い付いていないのもそうだが、『ドラゴンが自分を助けてくれた』、などと言う考えに至っていなかったからだ。そんな話を、ドラゴンが人を助けた、などという話を彼女は見た事も聞いた事も無かったから。故にただ、『食われるのではないか?』と思ってしまっていたのだ。


 それにレッドの方も、人間たちが自分たちをどう思って居るのか、この時は知る由も無かった。そのために、思って居たのとは明らかに違う少女の反応にレッドは戸惑っていた。


『ど、どうしよう。ただ助けたかっただけなのに。すごく僕の事怖がってるみたい。これ、どうしたら良いんだろう?』

 人と接した事など無いレッドはここからどうすれば良いのか分からなかった。

『ど、どうすればっ?私はどうすれば良いのですかっ?神よ、どうか、どうか教えてくださいっ』

 彼女は恐怖と、どうすれば生き残れるか分からず動けなくなっていた。レッドと女性は、お互いにどうすれば良いのか分からず、しばし2人とも固まってしまっていた。


『う~~ん。……ん?あっ』

 その時ふと、レッドの目が彼女の左腕の傷、先ほど彼女が狼に噛まれて出来た傷に止まった。

『そうだっ!こういう時は何か優しい事をしてあげれば良いんじゃないかなっ!?そしたら僕は敵じゃないって分かってくれるかもしれないしっ!』

 レッドはふとそんな考えに至った。無論、それだけで彼女がレッドを敵じゃない、と判断する根拠はないが、レッドにはそれ以外に良いアイデアは無かった。なので彼は思いついたアイデアを即座に実行する事にした。


 レッドは一度目を閉じると、右手を胸の高さに掲げた。

『ッ!?な、何、をっ!?』

 彼が何をしようとしているのか、一切分からないがゆえに女性は怯えより一層体を震わせた。一方のレッドはそんな事など知らず、『魔法』の準備をしていた。


 『魔法』。それはこの世界にある超常の力であり、人型種族や一部の魔物、ドラゴンのような一部の高等生物が体内にある魔力――ドラゴンは魔力の事を『マナ』と呼んでいる――を消費する事で発動できる。


 そしてレッドはこれまで母より魔法の指導を受け数多くの魔法を習得してきたのだ。今の少女の傷程度、治療するのは造作も無い事だった。

『よし、出来た。≪ノヴァヒール≫』

 レッドは治癒系魔法の一つであるノヴァヒールを発動させた。


 本来魔法とは、口頭で呪文を詠唱し発動する物なのだが、ドラゴンにもなればその必要は無い。ただ数秒のチャージ時間があれば十分なのだ。


 レッドが魔法を発動させると、彼の右手に淡く白いオーラが収束する。

「ッ!?あれは、魔法っ!?」

 ドラゴンが魔法を使える事など知らなかった彼女は思わず驚愕した。直後、レッドが右手を女性へ向ける。

「ッ!!?」


 自らに向かって伸びるその巨大な手に彼女は怯え体を震わせるが。レッドはただ彼女に手を向け、そして手から白いオーラを彼女に照射した。すると、彼女の左腕にあった傷跡を始め、馬から投げ出された時に出来た切り傷や擦り傷など、彼女の体に出来ていた全ての傷を跡形もなく治癒してしまった。


「えっ!?き、傷が、癒えていくっ!?」

 レッドが照射を終え、手を下げた時には、彼女の体には一切の傷は残ってはいなかった。彼女はしばし呆然と、先ほどまで狼に噛まれ、酷く出血していた左腕を見つめていた。数秒、そのまま呆然としていた彼女だったが、不意にハッとした表情を浮かべてドラゴンを、レッドを見上げた。


「ま、まさか、あなたが、治療を?」

『そうだよ~~』

「クルルゥッ」

 レッドは声を上げ、にこやかに笑みを浮かべながら頷き、小さく喉を鳴らした。

「笑って、いる。頷いている、のですか?」

 しかしドラゴンと人では意思疎通は難しい。ドラゴン同士ならば会話が成立するドラゴン語も、人間相手にはただ鳴いているようにしか聞こえないのだ。微妙な表情、首と頭の動作から頷いている事は彼女も分かるのだが。


「ッ。えっ?あれっ?も、もしかして……っ!?」

 しかし少女は直後、驚き困惑した。なぜならドラゴンが自分の質問に頷く形で答えた。それはつまり、『ドラゴンが人の言語を理解している事に他ならない』からだ。一拍遅れてその事実に彼女は愕然とした。


「あのっ!もし分かるのなら頷いてくださいっ!あなたは、あなたは人の言葉が分かるのですか?」

「クルッ?クルルゥ」

『え?もちろん分かるよ~』

 レッドは小首をかしげてから、首を上下に揺らした。

「ッ!やっぱりっ!このドラゴンは、人の言葉を、理解して」

 彼女は驚きから目を見開き、しばし愕然としていた。だがそれも無理はない。今の今まで、人の言葉を理解するドラゴンが居るなどと、伝承ですら存在しなかったからだ。


 彼女はしばらくその驚愕の事実に放心状態となっていた。しかし数秒して彼女はハッとして、すぐに立ち上がりレッドに向かって頭を下げた。

「理由は存じませんが、この度は助けて頂き、誠にありがとうございます。あなたが居なければ、私はあの狼たちに喰われていたでしょう」

「クルッ、クゥゥゥッ」

『気にしないで。助けたかったから助けただけだから』

 彼女の言葉にレッドはそう語ったのだが、肝心の女性はというと。

「え、えぇっと。ごめんなさい。もしかして何か仰っているのでしょうけど、私にはドラゴンの言葉は分からなくて」

「クルッ?」

『え?』


 レッドの言っている事が分からず、彼女は苦笑を浮かべながらそう答えた。

≪あっ。そうだったっ!僕たちドラゴンの言葉は人間さんは分からないんだって、おじいちゃん言ってたっ!折角人間さんと会ったのにお話出来ないのぉっ!?≫

「クゥ~ンッ」


 折角、初めての人間と出会えたのに話が出来ないと知って、落胆し肩を落とすレッド。

≪な、何でしょう?肩を落として。……落ち込んでいる、でしょうか?≫

 彼女は肩を落とし、項垂れるレッドを静かに見つめていた。

≪……ちょっと可愛い、かも≫

 そして彼女は、まるで悲しそうな犬猫みたいな表情のレッドを前にして、ふとそんな事を思ってしまった。


≪ってッ!何を考えているのですか私はっ!≫

 しかし彼女はすぐにハッとなって頭を被り振り、我に返った。

≪相手は命の恩人ですっ!そんな相手に失礼なことを考えてはいけませんっ!それに、今は『行かねばならない所』があるではありませんかっ!≫

 彼女は気持ちを切り替えると今自分がここにいる『理由』を思い起こし、馬の方へと目を向けた。


≪馬は、ダメですね。既に息絶えて。……ここから目的地の町までは、まだまだ距離がありますし、もうそろそろ日も落ちる時間。野営用の道具は持ってきていましたが、あの狼の襲撃の後では、野営は……≫


 夜、キャンプをしている所を狼の集団に襲われたら……。そんな想像を浮かべるだけで彼女の体は恐怖に震え、彼女は無意識のままに先ほど噛みつかれた左腕を右手でギュッと握った。

≪何か、この後の事を考えなければ……≫

 彼女は、気持ちを切り替えこの後の事を考え始めた。


 一方。

≪は~あ~。折角人間さんとお話しできると思ったのにな~~≫

 レッドは未だに肩を落としていた。彼にとって未知なる存在である人類との接触は、彼の旅の目標の一つであった。旅に出て早々にそれが叶った、と思いきや言葉が通じない事に彼は落胆していた。


 が、彼はふと思い出した。

≪あっ!そういえばお母さんが教えてくれた魔法の中に、他の動物といしそつう?が出来る魔法があったんだっ!よ~しっ!早速試してみようっ!≫

 レッドは、母から教わった魔法の中に、使えそうな物があった事を思い出し早速それを実行した。目を閉じ、右手の指の一つ、人で言う人差し指をこめかみに当てる。


「ッ、何を?」

 それに気づいた女性が、今後について巡らせていた思考を一旦停止に、レッドの方に目を向けた。彼女はレッドの行動の意味が分からず小首をかしげていた。


≪うまく行きますようにっ!≪テレパス≫ッ!≫

 レッドが魔法を発動させると、彼の頭部から無色のオーラが放たれ、そして女性の頭部に命中した。

「っ!?何っ!?」

 突然の事に対応出来なかった彼女は、驚き思わず後ずさった。すぐさま彼女は頭部を触り、傷などが出来てないか確認するが、何もない。


「い、今のは……」

 何が起こったのか理解できず混乱する女性。と、その時。

『あ、あの、僕の声、聞こえてますか?』

「えっ?えっ!?」


 彼女は、突如として頭の中に響いた声に戸惑った。彼女は驚きながらも目の前のレッドを見上げる。

「まさかこの声は、あなた、の?」

 文字通り、まさかと言わんばかりの表情でレッドを見上げる女性。

『っ!うんっ!うんうんっ!そうだよっ!僕だよっ!』

 一方のレッドは、初めて人間と会話が出来た喜びから笑みを浮かべ、嬉しそうに尻尾をぶんぶんと左右に振っている。

『わ~いッ!人間さんと初めてお話できた~!』

 子供ながらに、初めての体験を喜ぶレッド。しかし対照的に、女性の方は驚き呆然としたまま、ぽか~んと口を開けている事しか出来なかった。


≪ど、ドラゴンが人の言葉をっ!?それに先ほどの様子からして、これは魔法っ!?でもこんな魔法があるなんて、聞いた事もっ!?≫

 彼女は戸惑い、呆然としたままだった。

『あ、所で人間さんはここで何をしてるの?』

 数秒、喜びで声を上げていたレッドだったが、ふと気になる事が出来た彼は、そのまま疑問を彼女に投げかけた。


「ッ。そうでした」

 彼女も、声を掛けられて我に返った。彼女は出来るだけ服装を正してから、改めてレッドにお辞儀をした。


「まずは、改めて狼の群れから助けて頂いた事に感謝を。ありがとうございます」

『ううん。気にしないで。僕が助けたい、って思ったからそうしただけだから』

「そう言っていただけると、助かります」

 改めて会釈をする女性。


「あぁ、そういえばまだ名を名乗っておりませんでしたね。私は聖光教会に属する聖女、『アルレシア』と申します。以後、お見知りおきを」

 彼女は自己紹介をし三度軽く会釈をした。

『せいこう、きょうかい?せいじょ?それ、何?』

 肝心のレッドは聞きなれない単語に首を傾げていた。しかし人族に対する概要程度しか知らないレッドが分からないのも無理はない。


「え~っと」

≪流石に、ドラゴンに教会や聖女の事を話していては、長くなってしまいますね≫

 彼女、アルレシアは自分が先を急ぐ身である事も考慮し、レッドにそれらの説明をしている場合ではない、と判断した。


「すみません。ドラゴンの方が知らないのも無理はありません。ですので、どうぞ私の事はアルレシア、とお呼び下さい」

『アルレシア、さんだね。分かったっ!あっ!僕は赤龍族の子供で、レッドって言うのっ!あ、え~っと、こういう時、人間さんははじめまして、って言えば良いのかな?』

「えぇ。その通りですよ。はじめまして、レッド様」

 アルレシアは、レッドの子供らしい無邪気で天真爛漫な様子に、自然と笑みがこぼれていた。それはまるで、母親が元気いっぱいな子を和やかに見守っているような、そんな笑みだった。

『うんっ!はじめまして、アルレシアさんっ!』


 初めて出会った人間であるアルレシアとのテレパスを使っての会話にレッドは楽しそうに笑みを浮かべていた。

『ところで、アルレシアさんはこんな所で何をしてたの?どこかに行く所だったの?』

「ッ。えぇ」

 レッドが話題を振ると、今まで笑みを浮かべていた彼女の表情が僅かに深刻な物へと変わった。


「私はこの道の先にある町へと向かっていたのですが、馬が……」

 彼女は後ろへと振り返り、既に動かなくなった馬へと目を向けた。

「馬があれば、町まで今日中にたどり着けたのですが。今となっては、それも難しいでしょう」

 アルレシアは暗い表情のまま語った。このままでは様々な危険がある中での野宿となる。それ故に彼女の気分は落ち込んでいた。


『もしかして。アルレシアさんは日のある内にその町に着きたいの?』

「えぇ。と言っても、今から私が全速力で走ったとしても、日が落ちる前に町に着くのは不可能です。せめて、商人の馬車か何か、通りかかってくれればいいのですが」


 彼女はそう言って来た道を振り返る。しかし、地平線の向こうからこちらへとやってくる馬車の姿は、無い。早々上手くは行かないのが、世の常である。そして彼女もそれは分かっていた。


「……どうしましょう」

 危険を覚悟で野宿をするか、それとも夜通し歩き続けるか。彼女の中で色んな案が浮かんできては消えていく。

『あの、アルレシアさん』

 すると、困った様子のアルレシアを見ていたレッドが徐に声を掛けた。

「あ、はいっ。何でしょう?」

『もしよかったら、僕がアルレシアさんをその町まで送って行きますよ?』

「え?えっ?!それは、よろしいのですかっ!?助けて頂いた上に、そのような事をっ!いえ、もちろん送っていただけるのであれば、それに越した事は無いのですが……。良いのですか?」

『うんっ!』


 アルレシアの問いかけに、レッドは全く嫌な顔をせず頷いた。

『だって、お父さんが言ってたんだ。誇りある赤龍族として、困っている相手が居るのなら、その助けになってあげなさいって』

「そう、なのですか」

 初めて知る、赤龍族の事に戸惑いながらも話を聞き、頷くアルレシア。

『だから僕がアルレシアさんを送って行ってあげるよっ!』


「……」

≪申し出はとてもありがたいのですが……≫

 レッドの言葉にアルレシアは数秒考えこんだ。このまま彼の申し出を断った場合のリスクなどをだ。更に言えば、アルレシアは自分がレッドに騙されているかもしれない、という事も考えた。ドラゴンに関して、どのような生態なのか、まともな情報が無いゆえに考えた。ドラゴンが人をだますのかどうか。それについて彼女は考えた。考えたのだが……。


『アルレシアさん、どうするの~?』

 彼女の答えを待ちながら、首を左右に振って待っているレッド。

≪彼から全く邪な感情が見て取れませんね。子供、という事でしたが。成程、子供ながらに純粋で真っすぐ、という事なのかもしれませんね≫


 彼女は天真爛漫、無邪気なレッドを見て、とても自分をだましているようには見えない、と判断した。

「分かりました。ならばレッド様、どうか私を町まで送って頂けますか?」

『うんっ!任せて~!』

 彼女の言葉に、レッドは両手を腰に当て胸を張りながら答えた。



 その日、幼い赤龍は初めて人と出会った。


     第2話 END

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