第4話 初めての人助け

 狼の群れより助けた女性、アルレシアをフィーラの町へと送り届けることにしたレッド。到着早々、若干のトラブルはあったもののアルレシアを無事に町へと送り届けることが出来た。しかしレッドは、フィーラの町が今問題を抱えていることを知り、そんな町を助けるためにアルレシアに協力を申し出るのだった。



〜〜〜〜〜〜

 今、アルレシアはレッドの提案に驚きながらも思考を巡らせていた。

《レッド様が力を貸してくださる。確かにレッド様は治癒系の魔法が使えるご様子ですし、具体的な負傷者の数までは私もまだ知りません。であれば、治癒魔法の使い手は一人でも多い方が良いのも事実》

 彼女は聖女と呼ばれるだけあって、治癒魔法の扱いには他の者に比べて優れていた。しかし魔力量が有限である以上、一日に使える魔法の回数には限度がある。そのため負傷者の数や容態によっては、彼女と言えど一日で全員を治しきる事は不可能だ。そのため、治癒魔法の使い手は多いに越した事は無い。


「アルレシア様?今の話は、どういう事ですか?力を貸して下さるとは?」

 その時、クリス神父が後ろから声をかけて来た。ハッとなって振り返るアルレシア。

≪そうでした。今レッド様の言葉が分かるのは私のみ。ここは皆さんに説明をしなくては≫

「失礼しました。実は今、レッド様より一つ、提案がありました」

「提案、と言いますと?」

「レッド様は、このフィーラの町を助けるために力を貸して下さる、と」

「ッ!?それは本当なのですかっ!?」


 ドラゴンが人前に現れ、剰え人に助力するなど前代未聞。それ故にクリス神父は驚き、後ろにいた兵士たちも驚いた様子でひそひそと仲間内で話をしていた。

「お、おい、今の聞いたか?」

「ドラゴンの助力って、マジなのか?」

「でもドラゴンの助けが得られたら、森の魔物なんて目じゃないぞ?」

 彼らはレッドやアルレシア、クリス神父の方を様子を伺っている。


「レッド様が治癒魔法をお使いになる所は私自身見ていますから、その点は心配ありません」

「な、成程。しかし、アルレシア様の恩人に対して失礼とは存じますが。その、あのドラゴン、レッド様は信用できるのですか?」

 クリス神父はレッドの様子を伺いながらアルレシアの耳元で小さく囁いた。無論、レッドに聞かれない為だ。もしもレッドに聞かれ、怒って暴れ出したら……。そう考えての行動だったのだが、無論人間とは比較にならない聴覚を持つレッドには聞こえていた。


『お返事まだかな~』

 しかし肝心のレッドは気にした様子も無く、暇そうに尻尾を左右に振りながらアルレシアの答えを待っていた。


「その点に関しては恐らく大丈夫でしょう。私もレッド様と共にいた時間は精々一刻一時間程度ですが、レッド様はまさしく無邪気で純粋な子供。論理的、ともすれば打算的な大人と違い、故に裏表のない存在であると私は考えています」

 彼女は真っすぐ、一切の迷いや疑いの無い瞳でクリス神父を見つめながら答えた。

「成程。……分かりました。聖女たるアルレシア様があのドラゴンを、レッド様を信じるのならば、私も信じてみようと思います」

「ありがとうございます」

 アルレシアはクリス神父に小さく頭を下げた。


「しかし、力を借りるにしてもこれでは問題点がありますなぁ」

「え?」

 不意に聞こえた声にアルレシアは驚いて顔を上げた。見ると、クリス神父が渋い顔でレッドを見上げていた。

「問題点、と言いますと?」

 彼女はクリス神父の言う問題点の意味が分からず、思わず聞き返した。

≪何か問題がっ?それは一体っ?≫

 どんな問題か、分からなかったゆえに少し慌てた様子のアルレシア。


「いえ、レッド様の巨体では、町の中に入る事は出来ないでしょう」

≪……あっ≫

 クリス神父の言葉を聞いて、アルレシアは脳内で少し間の抜けた声を漏らしてしまった。


≪そ、そうでしたっ!レッド様はドラゴンッ!このままでは町に入れませんっ!どうにか、小さくなれないか聞いてみるべきでしょうかっ≫

 子供とはいえ、人一人を大きく上回る巨体を誇るレッド。今の大きさのままレッドをフィーラの町中に招く事は出来なかった。


「あのっ、レッド様ッ」

『うん、何?』

「私たちとしても、強大な力を持ち、治癒魔法が使えるレッド様の助力はありがたいのですが、その。そのような大きな体のままではレッド様を町中にお招きする事が出来ないのです」

『えっ!?そうなのっ!?』


 大きいままでは町に入れないと聞き、驚いた様子で声を上げるレッド。

「え、えぇ。町の中にある建物や物は、全て私たち人間が使うためのサイズで作られているのですが、今のレッド様の大きさを考えると、レッド様が町中で降り立てる所となると……」

 そこでアルレシアはチラリと横にいるクリス神父に目を向けた。

「あっ」

 クリス神父もそれに気づいて、更に彼女の意図を察したのか傍に歩み寄り、耳打ちをした。


「今のレッド様の大きさですと、町の中央広場くらいしか無いでしょう」

「そうですか。ありがとうございます」

 彼女はクリス神父に一言お礼を言ってから改めてレッドの方へと視線を向けた。

「レッド様。どうやらフィーラの町中でレッド様が今のお姿のまま降り立つ事が出来るのは一か所しかないようで」

『そ、そうなの?じゃあ、僕はどうしたら……』


 今の姿のままでは町中に入れない、と聞いてレッドは心底残念そうだ。今もがっくりと肩を落とし、俯いてしまっている。

≪どうせなら町の中とか見てみたいのに≫

 今のレッドは、もちろん困っている人を助けたいと思って居る。しかしそれとは別に、人の暮らしにも興味があり、直に見てみたいと思って居た。しかし今のままでは町中に入るのは難しいと言われ落ち込んでいたのだ。


≪不味いっ。あの反応は明らかに落ち込んでいる様子っ。かといって負傷者を町の外まで運ぶ訳には行かないしっ≫

 彼女としても、レッドの助力はぜひとも欲しい所であった。なので万が一にもレッドが、『町に入れない』という理由でやる気を無くし、去ってしまう事を危惧していた。

「な、なのでレッド様っ。失礼かと思いますがどうにか体を小さくする魔法などは使う事は出来ませんかっ?」

『う~ん。流石に僕でも小さくなる魔法は覚えてないな~』

≪他に何か使えそうな魔法無かったかな~?≫


 レッドは腕を組み、何か使えそうな魔法は無いか?と、頭の中で母より教わった魔法を思い出していた。

『う~ん。……あっ』

「レッド様、どうしました?」

『アルレシアさんっ!使えそうな魔法、思い出したよっ!』

「ッ!本当ですか……っ!?」

 使えそうな魔法がある、と聞いてアルレシアは驚きながらも期待感に満ちた目で彼を見上げる。


『うんっ!この魔法はちょっと苦手なんだけど、今試してみるねっ!ちょっと待ってっ!』

 レッドはそう言うと、魔法を発動するためにマナをチャージした。そして、それを自らの体の中に巡らせる。

≪この魔法はまだイマイチだけど、これならきっと人間と同じくらいのサイズになれるからっ!≫

『≪トランスフォーム≫ッ!』


 彼が魔法を発動させると、彼の体を白いオーラが包み込んだ。直後、レッドの体がどんどん小さくなっていく。オーラに包まれた体の輪郭が縮んでいき、更に体つきまでもが変わっていく。また、魔法か、それとも肉体の変化の影響か、レッドの体から白い蒸気が吹き出し、彼の体を隠す形となっていた。


「い、一体何がっ?」

 突然の事にクリス神父と、傍に居た兵士たちは驚き固まっていた。やがて、風が蒸気を散らし始め、蒸気の壁の向こうに人型のシルエットが浮かび上がった。

「レッド様?レッド様なのですか?」

「うんっ!そうだよっ!」

 アルレシアがそのシルエットに向かって声を掛けると、声が、ボーイソプラノのような高い少年の声が返って来た。

「ッ!人の声っ!」

 突如として聞こえた少年の声にクリス神父が驚く。


 やがてまだ立ち込める蒸気の奥から、人影が姿を現した。それは間違いなく、人の姿をしていた。


 褐色の肌に、赤龍を表現するような、炎のように赤い髪。身長は大よそ10歳前後の人の子と変わらない。スラリと細長い手足に、赤い瞳が印象的な整った顔立ち。


 しかし、ある部分において、それは人と異なっていた。まず頭部。そこには、頭頂部より後ろに向かって伸びる2本の黒い角があった。次に腰。それも背面から赤く太い尻尾が伸びていた。


 それこそが、姿かたちをあらゆる物へと変化させる『トランスフォーム』の魔法によってレッドが人型へと変化した姿。言うなれば『人間態』のレッドだ。本来ならば、完璧に人間の姿を真似る事も出来るのだが、レッドがこの魔法を苦手と言ったように、角と尻尾を隠す事が出来ない不完全な変化だった。しかし今はそれが功を奏した。


「ッ、その角と尻尾っ。やはりレッド様、なのですね」

 見覚えのある角と尻尾。それもありアルレシアは彼をレッドだと判断した。

「そうだよ~!これなら町の中に入れるでしょ?」

 レッドははしゃいだ様子のまま、アルレシアの方に駆け寄り、蒸気の壁を越えて来た。しかし、それは不味かった。


「ッ!きゃぁぁぁぁっ!」

 直後、レッドの体を見たアルレシアが悲鳴を上げながら即座に回れ右をしてレッドに背を向けた。

「え?え?」

 その、突然の反応にレッドは驚いて、キョトンとした表情のまま足を止めた。

≪ど、どうしたんだろうアルレシアさん?なんで、悲鳴なんか≫

 レッドにはなぜ彼女が悲鳴を上げたのか、理解できなかった。更に周囲を見回すが、クリス神父や兵士たちも驚きあんぐりと口を開いたまま固まっていた。


≪みんな、どうしたんだろう?≫

 状況が分からず、レッドは困惑しながら首を傾げていた。

「あ、あのあのっ!レッド様っ!」

 その時アルレシアが慌てた様子で声を上げた。

「うん、どうしたのアルレシアさん?」

「大変、大変恐縮なのですがっ!どうか、どうかっ!『服を着てください』っ!!」

「え?」


 アルレシアが耳まで顔を真っ赤にしている理由。それは簡単だ。レッドが裸だったからだ。しかしそれは無理もない。動物は服など着ない。ドラゴンもそうだ。それ故に広義においてドラゴンは終始裸であると言ってもいい。また、だからこそ人前で裸体を晒している事に一切の羞恥心も無い。


 しばしレッドは、アルレシアの言っている言葉の意味が分からなかったが、数秒してからようやく理解した。

「あっ!そっかっ!人間って服を着ないとダメなんだっけっ!……あれ、でも僕服って言うの持ってないや。ど~しよ?」

「すみませんっ!どなたかレッド様用に服をお願いしますっ!代金は私がお支払いしますのでっ!」

「わ、分かりましたっ!」


 能天気に首を傾げるレッド。それとは対照的に顔を真っ赤にして叫ぶアルレシア。すると兵士の1人が町へと戻って行き、しばらくすると複数の衣類を手にして戻って来た。

「む、息子のお古ですが、良ければどうぞ」

「お~~!これが服かぁ!ありがとうございますっ!」

 初めて見る服に、目を輝かせながらレッドは受け取り、マジマジと見つめている。が……。


「それで、これってどうやって纏うんですか?」

 レッドはドラゴン。着方など、知る由も無かった。コテン、と小首をかしげている。

「え、えぇっと」

 服を持ってきた兵士は、相手が人の形をしているとはいえ、ドラゴンである事から緊張した様子だ。それでも何とかレッドに服の着方を教え、彼に服を着させた。


 数分後。

「へ~~。着てみるとこんな感じなんだ~」

 レッドが纏っているのは、平民の子供が着ているような安物だ。所々補修の後が目立っているが、レッド自身は気にした様子が無い。


「アルレシア様、服を着せ終わりましたので、もう大丈夫です」

「あ、ありがとうございます」

 未だに顔が赤いまま、ゆっくりと振り返るアルレシア。そして服を着ているレッドを見て彼女はホッと安堵した様子で息をついた。


「改めまして、レッド様」

「あ、はいっ!」

 アルレシアが声をかけて来た事でレッドは意識を服から彼女に切り替えた。

「今のレッド様の大きさであれば町に入る事も出来ます。レッド様は治癒魔法が使えるご様子ですし、改めてご質問をさせてください。魔物から町を守るために戦った負傷者の治療に、ご協力いただいてもよろしいでしょうか?」

「もちろんですっ!任せてくださいっ!これでも治癒魔法は得意なんですっ!」

 レッドは自信たっぷりに頷き、胸を張る。


「そう言っていただけると、助かります。では、こちらへ。今も治癒魔法を必要とし苦しんでいる人たちがいます。それを一刻も早く助けなければ」

「ッ!はいっ!」


 治癒魔法を、助けを必要としている人がいる。その事実にレッドは改めて息を飲み、彼を助けるんだという意思を表すように、力強く頷いた。


 その後、アルレシアと人間態となったレッドは、運んできた荷物を手にクリス神父に案内され町の中へ。また、傍に居た兵士たちには、レッドが協力を申し出た事や人間態となって町中に入れるようになったことを隊長であるベイクに報告するようアルレシアが頼んだ。


≪ここが人の町か~~!≫

 レッドは初めて見る町並みに目を輝かせていた。レッドにとって、何もかもが初めてだった。様々な形の建物、大勢の人間、お店でお金を使い売り買いをしている所などなど、目に移る物全てが初めて見る光景だった。


≪へ~~!人間ってこんな場所で生活してるんだ~!皆見た目も大きさもバラバラだっ!あっ!あれは何してるんだろっ!≫

 あっちを向いても、こっちを向いても、レッドにとっての『未知』が周囲に溢れていた。レッドとしては、その未知についてアルレシア達に聞きたい事があった。


≪あっ。でも、よく見ると誰も『笑ってない』≫

 しかし、彼は改めて町を行く人々の様子を伺うと、唐突に好奇心が薄れていった。それもそのはず。道行く人々は皆、暗い表情をしていた。誰一人として、笑っていなかった。誰もが暗い表情で俯きながら道を歩いている。


「なんだか、皆落ち込んでるみたい」

 町の様子を見ていたレッドが、思わず感想をこぼした。それは小さな独り言であったが、どうやらそばを歩いていたアルレシアは聞こえたようだ。

「これもすべて、魔物のせいなのです」

「えっ?」

 まさか聞かれているとは思わなかった為、レッドは反射的に疑問符を浮かべた。それを聞いたアルレシアは、更に話を続けた。


「魔物の増加が確認されて以降、町への直接の被害こそ無いものの、倒しても増える魔物と負傷者が増え続ける騎士団の実情。更に魔物が増えた事からこの町へ来る商人の数も激減していると聞きます。商人が来なければ物が足りなくなり、人々の生活は苦しくなります。生活が苦しく、また脅威が迫っているがゆえに人々は絶望している。あの暗い表情は、その絶望の現れと言えるでしょう」

 アルレシアは話をしたが、人間社会のシステムなどを知らないレッドにとっては分からない単語の方が多かった。故に大量のハテナマークを浮かべている。


「よ、良く分からないけど、つまり魔物をどうにか出来れば、皆元気になるの?」

「えぇ。恐らくは」

「……そっか。そうなんだ」

≪それはら、いっそ僕が魔物たちを倒すって言うのも、あり、なのかな?≫

 そんなことを考えながら下を向き歩いているレッド。


「到着いたしました」

「あっ」

 前から聞こえた声に彼が顔を上げると、たどり着いたのはフィーラの町にある教会だった。

「ここ、は?」

 教会を知らないレッドは小首をかしげている。


「ここは聖光教会が立てた教会の一つです。レッド様に分かりやすく言うのであれば、主に人々が祈りを捧げる場所になりますね」

「へ~~」

 首を傾げている彼にアルレシアが説明をしてくれる。が、直後に彼女は怪訝そうな顔をしながらクリス神父へ目を向ける。


「しかし、なぜ負傷者が教会に?町の診療所や騎士団の駐屯地内部では病床が足りないのですか?」

「えぇ。それもあるのですが、今現在教会にいるのは、特に深手を負った負傷者です。すぐに治癒魔法による治療が出来るようにと、ベイク隊長のご判断でこちらへ」

「成程。ならば一刻の猶予もありませんね。すぐに治癒魔法による治療を……」

 そう言ってアルレシアは中に入ろうとするのだが……。


「あっ、お待ちくださいアルレシア様」

 彼女の様子を見たクリス神父が咄嗟に止めた。

「ッ。急にどうされたのですかクリス神父?急がなければ負傷者たちがっ」

「それは大変最もなお言葉なのですが、アルレシア様のお召し物が、その、汚れているようですので。そのままでは……」

「え?……あっ」

 恐る恐ると言った様子で声を上げるクリス神父。そう言われ彼女は自らの衣類に目を向けるが、確かにクリス神父の言う通り今彼女の着ていた服はそこそこ汚れていた。


 主に汚れているのは、纏っていた茶色のローブなのだが、狼に襲われるなどしたせいか、その下の衣類にも土汚れや狼に噛まれた際に飛び散った血の染みがいくつかあった。

「そうですね、このような恰好では治療は出来ませんね。少しだけお部屋をお借りしてよろしいですか?着替えが荷物の中にありますので」

「分かりました。では、こちらへ」

 そう言ってクリス神父は2人を一先ず教会内部の一室の前まで案内した。


「レッド様、申し訳ありませんがこの部屋の中で着替えてきますので、廊下で少しだけお待ちいただいてよろしいですか?」

「うん、わかったっ!」

 

 それからしばらくの間、レッドは廊下の壁に寄り掛かったままクリス神父と共にアルレシアが着替え終わるのを待っていた。そして数分後。部屋の扉が開き、アルレシアが現れた。


「あっ!アルレシアさ……」

 レッドは現れた彼女に声を掛けたのだが、先ほどまでと違う彼女の服装に驚いて言葉を途切れさせた。


 今の彼女の恰好は、先ほどまでと違っていた。白をベースに所々金のラインが入っている袖付きのワンピース。首の下から胸周りまでを覆う紺色のケープ。頭にはヴェールを纏っており、更に手には金属製の錫杖らしい杖を手にしていた。


 窓から差し込んだ光で、錫杖と彼女の銀色の髪がヴェール越しにキラキラと輝いていた。その姿が、レッドにとっては新鮮でありそして何よりも『美しい』という感想を彼に抱かせた。


「お待たせいたしまた、レッド様」

「……」

 彼女はレッドににこやかに微笑むが、肝心のレッドは彼女に見とれたまま放心していた。

「あら?レッド様?どうかされました?」

「あっ!」

 数秒しても彼の反応が無い事に困惑したアルレシアがもう一度声をかけ、それでようやく我に返ったレッド。

「あっえと、ご、ごめんなさいっ!なんかさっきまでと服の形とかが違くてっ!それでその、『綺麗だな~』って思っちゃって見とれちゃってっ!」

 見とれていた自分を更に見られて恥ずかしかった為に、レッドは顔を赤くしながら答えた。

「ッ!」

 

 一方のアルレシアも1人の少女だ。綺麗だと褒められた事が嬉しかった事と、まさかドラゴンのレッドから言われると思わず、驚いて息を飲んでから小さく笑みを浮かべた。

「ありがとうございます。お褒め頂いて嬉しく思います」

「そ、そっかぁ」

 未だに顔を赤くしながらも返事を返すレッド。

「お二人とも、そろそろ」

 そこにクリス神父が堅い表情で声をかけてくる。それによって表情を引き締めるアルレシアと、更にそれにつられて、レッドも今自分がここにいる意味を思い出した。

≪そうだ。僕はここに人助けに来たんだ。頑張らないと≫

 レッドは気持ちを切り替え、アルレシアとクリス神父に近づいた。


 それから少し歩くと……。

「ッ」

「レッド様?」

 不意にレッドが顔をしかめ、それに気づいたアルレシアが声を掛けた。

「どうされました?顔色が優れないようですが?」

「あっ、すみません。僕は大丈夫なんですけど……。この先から、臭うんです。たくさんの、血の臭いが」

「ッ。成程」

 血の臭い、と聞いてアルレシアは一層表情を引き締めた。更に少し行けば、3人の前に大きな扉が現れた。


「負傷者は全員、この先です。では、開けさせていただきます」

 クリス神父がそう言って扉を開いた。直後。

「「ッ!」」

 レッドとアルレシアは、鼻につく血と薬などが混じった臭いに顔をしかめた。

「うぅ」

「イテぇ、イテぇ」

 直後、2人の耳に飛び込んできたのは大勢の傷を負った男たちの呻き声だった。


 部屋の中には、凄惨な光景が広がっていた。恐らくあちこちからかき集めたのであろう、形もサイズもバラバラなベッドの上で大勢の男たちが横たわっていた。皆、体のあちこちに包帯を巻いているが、その多くが血を吸い赤く染まっていた。更に負傷者の中には、戦闘によってか手足のいずれかを欠損している者さえいた。加えて人数の多さに掃除も追い付いていないのか、空気が淀んでいる上に僅かに排泄物の臭いも鼻につく。更に麻酔や痛み止めなども存在しないため、皆が皆、苦痛に苛まれていた。

 それはまさに、地獄絵図という他なかった。


「……酷い」

 その光景を前にレッドがポツリと呟いた。誰もが苦しんでいるこの状況を前にして、レッドは驚き、動揺した表情のまま負傷者たちを見回す。

「……レッド様、急ぎましょう。彼らは今、助けを必要としているのです」

「ッ。わ、分かりましたっ」


 一方のアルレシアは、毅然とした態度と真剣な表情で彼らを見回しながらレッドに声を掛けた。レッドもそれに触発され、気持ちを奮い立たせた。


「私はあちらを。レッド様はそちらの列をお願いします。治癒魔法で彼らの傷の治療をお願いします」

「はいっ!」

 2人はそれぞれ治療を役割分担する事にした。レッドは手近な負傷者の元へと駆け寄る。

「痛い。……痛い。母さん」

 その負傷者は、痛みに苦しみ、涙を流していた。

「ッ!」

 

 その痛々しい姿がレッドの心に突き刺さり、そして彼を奮い立たせた。

「大丈夫っ!必ず、助けますっ!」

 レッドは負傷者に声をかけてから、念のためにとアルレシアの方を確認した。

「≪癒しの光よ、彼の者に安らぎを。祝福の光を。≪ヒール≫≫」

 見ると、彼女は呪文を唱え魔法を発動していた。彼女が呪文を口ずさむのと同時に、錫杖の上部、十字架の部分の更に中央にはめ込まれている鉱石のようなものが光り輝く。


 そして彼女がヒールの名を口にした直後、杖から淡く白いオーラが負傷者に降り注ぐ。すると、今まで苦痛で表情を歪めていた男の、その表情が穏やかな物へと変わって行った。

≪あの魔法、一番簡単な治癒魔法で良いんだっ!それなら僕だって≫


 レッドは、アルレシアがヒールを使っている事からその魔法で十分だと考えたのだ。しかしそれは彼の勘違いだった。

≪これほどの人数となると、使える治癒魔法は一番簡単なヒールのみっ。より上位の『エンハンスドヒール』などは魔力量の関係から使えない。後半には必ず魔力量が足りなくなるっ!彼らには申し訳ないけれど、とにかく今はヒールででも治癒する事を優先するっ!≫


 彼女はヒールより上位の治癒魔法を使う事が出来たが、負傷者の数が多かった事から、そういった魔法を使えば魔力切れで治癒出来ない人が出てくると判断し、今は『質より量』。とにかく一人でも多く治癒魔法をかける事を優先したのだ。

 アルレシアは次なる負傷者の元へと向かい、杖を構えて魔法を発動しようとした。


「≪ヒール≫ッ!」

「ッ」

 その時、不意に聞こえたレッドの声に驚いて彼女は彼の方へと視線を向けた。見るとレッドは魔法名の唱えるだけで魔法を行使した。

≪あれは、略式詠唱。本来呪文の詠唱を必要とする魔法を、呪文を省略し魔法名を唱えるだけで発動する技術。人の身でそれが出来る者は数える程度しか居ないと聞いていましたが。……流石はドラゴン、という事ですか≫


 アルレシアが見つめる先で、レッドは次々とヒールの魔法を発動し、負傷者を瞬く間に治癒していく。その姿に、驚嘆とも畏怖とも取れる感想を覚えるアルレシア。

「おぉっ!凄いっ!」

 その時、側に居たクリス神父がレッドに対して驚嘆の声を上げた。

「なんだあの子供っ、あぁも魔法を次々とっ」

「何者、なんだ?」

 更に治療を受け、回復した兵士たちまでもレッドの魔法に驚いていた。そんな中で一人、アルレシアだけは羨望の眼差しでレッドを見つめていた。

《私にも、レッド様ほどの力があれば……》


 今、彼女の中で小さな嫉妬の炎が揺らめいた。

「っ」

 しかし彼女は次の瞬間にはハッとした表情を浮かべ、まるで頭に浮かんだ考えを振り払うように頭を被り振った。

≪って、何を考えているのです私はっ!今はそんな事を考えている場合ではありませんっ!私も、この人たちを助けるためにここにいるのですっ!頑張らなければっ!≫


 彼女は気を取り直して、負傷者への治療を再開した。しかし、詠唱を必要とするアルレシアと、数秒の魔力チャージと魔法名だけで魔法が発動できるレッド。

 更に人とドラゴンでは、体内に内包している魔力量に天と地ほどの差がある。レッドが一切疲れた様子も無く次々と負傷者を直していく一方、魔力の消費を抑えているとはいえ、魔法を何回も連発すれば魔力は必ず消費し、それは疲労となって彼女の中に蓄積されていく。


 次々と負傷者たちの呻き声は小さくなっていき、治療を受けた者たちは安らかな表情を浮かべていた。が、しかし。


「ハァ、ハァ、ハァッ」

 既に何人もの負傷者を治療した事で、魔力を使い過ぎた事による疲労と、魔力不足による倦怠感に苛まれ呼吸も荒いアルレシア。

「あ、アルレシア様、少し休まれた方が……」

 彼女の疲労困憊の様子から、休憩を提案するクリス神父。魔力とは言わば生命力のような物で、使い過ぎれば気を失うか、最悪の場合は命を落としてしまう恐れもある。それを知っていた彼は休憩を提案したのだ。

「……」

 彼女は無言でクリス神父を見つめてから、今も疲れた様子など見せずヒールを連発するレッドへと目を向けた。一切の疲労の色を見せないレッド。それが彼女とレッドの差を物語っていた。


『お前は所詮後ろからサポートしてるだけだろ?』

『支援しか出来ない役立たずが』


 その時、彼女の脳裏によぎったのは、ある男から浴びせられた罵詈雑言だった。思い出したくもない言葉を思い出した彼女は、クッと唇を噛みしめた。

≪やらなければっ!私1人でだってっ!出来る事はあるはずっ!≫

 彼女は、静かに錫杖を握る手に力を込めた。まるで、負けられない、と言わんばかりに。

「へ、平気ですっ。今も痛みで苦しむっ、彼らに比べれば……っ!」

 そしてアルレシアはクリス神父の提案を断り、治療を続けようとした。が……。

「い、≪癒しの、光よ、彼の者に、安らぎ、うっ」

「ッ!?アルレシア様っ!」

 魔法を発動しようとした彼女がふらついた。咄嗟に声を上げるクリス神父。

「ッ!アルレシアさんっ!」

 

 それに気づいたレッドが、病床を一っ飛びで飛び越え、彼女の後ろに回り込み彼女の腰を押す形でアルレシアを支えた。

「だ、大丈夫アルレシアさんっ!?どこか悪いのっ!?」

 レッドは心配そうに彼女の顔を覗き込んでいる。

「す、すみませんレッド様。私は大丈夫、ですから」

 アルレシアは彼を心配させまいと無理やり笑みを浮かべるが、レッドから見ても分かるくらい彼女の顔色は悪かった。

「でもっ!」

「そうですアルレシア様っ!魔力とは生命力っ!使い過ぎれば命に関わりますっ!どうかお休みくださいっ!」

 なおも食い下がるレッド。更にクリス神父も彼女を休ませようと声を上げる。が、レッドには気になる事があった。


「ど、どういう事ですかっ?命に係わるってっ!」

 聞き捨てならない単語にレッドは困惑しながらクリス神父に問いかけた。

「……我々人間にとって、魔力は生命力、つまる生きるための力と言われています。それを使い切ってしまえば、人は生きる力を失うも同じ。つまり、死ぬ恐れすらあるのです」

 クリス神父は険しい表情と共に説明をした。

「ッ!なら、ならちゃんと休んでくださいアルレシアさんっ!」

「い、いいえっ、そう、悠長な事は言っていられませんっ!私には、やらねばならない事がっ!」

 しかし2人の制止の声も聴かず、彼女はただひたすらに、治療を続けようとしていた。


「これは、私がやらなければならない事なんですっ!」

 今の彼女は、まるで何かに取りつかれ、目の前の事しか見えなくなっているようだった。いや、現に今の彼女は取りつかれていた。とある男から浴びせられた罵詈雑言。それが頭の片隅に子べりついて離れない。それはまさに『呪い』だ。忌まわしい呪いに囚われた彼女はただ、自らの使命を果たす事に躍起になっていた。

「アルレシアさん」

 その異様な責任感にレッドは戸惑った。このままではアルレシアが危ない事を知りながらも、彼女の気迫を前にレッドはどうするべきか迷っていた。


≪ど、どうすれば良いんだろうっ?このままじゃアルレシアさんが危ないっ。何か、何か僕に出来る事は……≫

 レッドは周囲を見回し、何か出来る事が無いかと考え、そして閃いた。

≪そうだっ!僕が皆を治しちゃえば良いんだっ!≫


 と、彼は子供らしい、非現実的な考えに至った。しかし彼はドラゴン。その驚異的な力で、非現実的な考えを現実の物にする事が彼には出来る。

≪この魔法は、凄い疲れるけどっ!≫

 彼は視線をアルレシアに向ける。彼女は今にも魔法を発動しようと詠唱を唱えている。だがその表情は苦しそうだ。レッドはそんなアルレシアの顔を、見たくなかった。


≪アルレシアんさんが無理しないためにっ!僕が頑張るっ!≫

 彼は自らの体内にある魔力、マナを両掌に収束させ、そして魔法の名を叫んだ。

「≪エリア…ノヴァヒール≫ッ!」


 次の瞬間、彼を中心に白いオーラが濁流の如く周囲へと広がって行った。

「ッ!?これはっ!?」

「な、何が起こってっ!」

 突然の事にアルレシアやクリス神父、更に部屋にいた男たちまでもが戸惑う。


 今、レッドが放った大技は特定の範囲にいる者たちに等しくノヴァヒールと同等の回復効果を与える魔法だ。そしてその特定の範囲、というのは魔法に込められた魔力量によって広がっていく。


 そしてレッドは、大量の魔力をこの魔法に込めた。結果、ノヴァヒールの効果を持った白いオーラは教会の外へと広がりを見せ、更にはフィーラの町の隅々まで広がりを見せていった。


「な、何だこれっ!?」

「一体何がっ!?」

 その光景に町の人々は驚き空を見上げていた。


 そして、レッドの一件を聞き教会へと向かっていたベイク隊長と部下たちも、その光景を前に唖然となっていた。

「まさかこれは、お客人の仕業かっ?」

 彼はもしやと思い、引きつった笑みを浮かべながら町を包む白いオーラを見上げていた。 


 その日、フィーラの町を一匹の龍が放った、祝福が包み込んだ。


     第4話 END

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