船の怖いトイレ

本城 冴月(ほんじょう さつき)

船の怖いトイレ

 昔、かの有名なフェリー、サンフ〇ワーで旅行をした。


 友達と一緒で楽しかったのだが、思っていたより船内の設備がボロくて、というか、老朽化していて、そこがちょっと不満だった。


 サン〇ラワーも新旧何隻かあるだろうから、たまたま古い船体に当たったのかもしれない。


 船に乗って移動中、夜中に私はトイレに行きたくなった。


 ぐっすり眠っている友達を起こさないよう船室から出て、トイレに向かった。


 10個くらい、ずらりと個室の並んでいる、割と広い女子トイレ。


 けれども、天井の細長い蛍光灯はどれも不気味に、ジィィ――ィパチパチッ、と点滅していた。


 やれやれ、こんなとこまでボロくなってるのか、電気くらい修理すればいいのに、と思いながら、用を足し、個室から出て手を洗おうとした。


 ずらりと並ぶトイレの個室と、むかい合わせになっている洗面台は、5台。


 ごく普通の洗面台で、どれも正面に四角い鏡つきだ。ここで朝、顔も洗う。


 蛇口をひねろうとした、そのとき、船が大きくゆれて傾いた。


 前につんのめりそうになった私は、洗面台につかまって体を支えた。


 同時に背後で、バッタァァァン!! とすごく大きな音がして、軽く閉まっていた個室のドアが一斉いっせいに全部、外側に向かって開いた。


 点滅する蛍光灯の下で、私は鏡越しに、全開した真後ろの個室の中を見てしまった。


 トイレに座り、真っ赤な顔を異様に突き出してこちらをにらみつけている、恐ろしい中年女性の姿を!!


 ヒェェェェェ――――ッ!! と悲鳴は出なかった、怖すぎて。


 ……あれは……あれは。


 ……幽霊ではなかったろう、たぶん。


 あとから考えれば、鍵をかけ忘れた女性だったのではないか、と思われる。


 真っ赤な顔を突き出して私をにらんでいたのも、用を足している最中に、船が傾いて前方に転がっていきそうになったから、懸命にふんばっておられたのかもしれない。


 恐怖の次の瞬間、船の傾きが元にもどると「はいっ、これでおしまいっ」とでもいうように、全部の個室のドアが、バタンッ!! と一斉いっせいに閉まった。


 もちろん私は、震え上がってすぐさま逃げ出した。


 トイレを済ませて、手を洗わなかったのは、この時だけだと思う。


【了】

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