後編
(花火大会か)
机の上に幼いころ隼人と二人で浴衣写っている写真がある。二人とも少し目がうるうるしている。これは年長だった頃に撮った写真だ。その年は、隼人の家族と近所の花火大会に行く約束をしていたのだが、花火大会の前日に父親同士が体調不良になり、行けなくなった。二人で飲みに行った時に食べた何かにあたったらしく、家を出れる状況ではなかった。せめて気分だけでもと浴衣を着つけてもらって、庭で花火をすることになっていたのだが、どうしても花火大会に行きたいという千代がワガママをいって、隼人と二人で親の目を盗んで家を抜け出したのだ。迷いながらも、大人が歩いている後ろについていって、なんとか会場にはついた。人がたくさんいて、はぐれそうになるのを隼人がぎゅっと手を握って引っ張ってくれた。大人達の間をくぐり抜け、神社の裏手の階段を上がって、公園に向かう。
ヒュ〜と花火が上がる音がして、ドーンと大きな音が夜空に響く。
見た花火を今も覚えている。夏の星空の下で大きな赤や緑の菊の花が、夜空に咲いては散っていく。
花火の光で隣の隼人の顔が見える。隼人の目の中も花火でいっぱいだ。
「千代ちゃん、大人になっても一緒に花火見に来ようね」隼人がにっこり笑って小指を差し出した。
「うん、約束だよ」千代と隼人の二人の小さな小指が絡まった。
そして隼人は千代を見ると「ねぇ、千代ちゃん。僕が大きくなったら・・・」と確かに言っていた。思い出そうとしてもその先が思い出せない。花火の大きな音ばかり耳に残っている。
楽しかったのはそこまでで、その後、すぐに係の人に見つかって、親に電話された。もちろん、散々怒られて、おしりをバシバシ叩かれてから撮ったのがこの写真だ。
「隼人、覚えてるのかなぁ」
プリンを一口食べるとあのころと変わらない、優しい甘さが口に広がった。
「千代ちゃん、ごめんね」隼人の家に浴衣を取りに行くと、待ってましたとばかりに隼人の母親がぐいぐいとリビングへ引っ張って千代をソファに座らせる。
「母さんが着させてあげるって言ってるのに断ってくるのよ」と隼人の母親は頬を膨らませている。
「おばさんは着付けもうまいし、美人ママなのにねぇ」
「えぇ?ほんと?千代ちゃんは本当に素直でかわいいわ〜。おばさんの子供になってほしいくらい」
その後、隼人の母親は2時間も話し続け、最後まで名残惜しそうで、
「今度はご飯食べに来てね。千代ちゃんの好きなポテトサラダ作るからね」
と言って、千代の手を握る。隼人が怒られると子犬になるのは絶対母親の影響だ。最後まで「絶対また来てね」と言って、やっと隼人の浴衣を受け取ることが出来た。
(おばさんの娘・・・)
顔が赤くなるのを感じながら、家に入ると隼人が待ち構えていた。
「おかえり~」また右手には千代が買ったコンビニの期間限定のジュースを持っている。
「・・・隼人、もうわざとだよね?」
「何が?」隼人はきょとんとした顔をしている。
「もういいよ。着付けでしょ、今おばさんから浴衣受け取ってきたから」
「サンキュ」
隼人に浴衣を着つけていく。時々顔が近くなって少しドキドキしてしまう。
顔に出しているつもりはないが、バレていそうで手元が狂う。
「千代も浴衣着る?」
「どうしようかな」
「迷ってるなら浴衣で来いよ。千代って浴衣に会うじゃん、顔が和風だし」
「薄い顔って言いたいの?」
「いやいや悪い意味じゃねーから。昔から一緒に浴衣で行ってたろ?花火大会。そういや、花火大会行くの高校に入ってから初めてだよな」
「そうだね。お互い部活とか忙しかったし。後ろ向いて」
「おぅ。やっぱり久々ってことで浴衣で行こうぜ」
「・・・考えとく。はい、前向いて」
何とか浴衣を着せ終えると、隼人は「さすが、すげぇ」とか言いながら鏡で姿を確認している。浴衣姿が無駄にかっこいい。
「18時に境内の前だからな」
隼人は男友達と先に何か約束があるらしく、現地集合と言われている。
「了解」
隼人を見送ると、千代はクローゼットの引き出しから浴衣を取り出した。
淡いブルーに金魚が泳いでいる浴衣で涼しげでお気に入りの浴衣だ。とはいえ、地味ではある。
(前田さんは可愛い服装なのかな・・・)
他の洋服も出してみるがパッとしない。かわいらしい服がいいのか、いやセクシーな服か・・・そう思いながら探しても、落ち着いた色が好きな千代の服はどれをみても控えめだ。
金魚の浴衣が目に入った。
(これしかないか・・)
千代は浴衣に着替えると、家を出た。少し日が落ちていて、薄暗い。下駄でゆっくりと待ち合わせの神社まで歩く。
中学生の時も浴衣で隼人と花火大会に出かけた。りんご飴を買ってもらったのを覚えている。
(途中で隼人にかじられて、けんかになったっけ)
そういえば、花火大会はいつも隼人から誘ってきた。ほかで何か誘ってきたりすることはないが、この花火大会だけは毎年誘ってくれた。
来年は順調にいけば大学生になる。大学が地元とは限らない。地元を出れば、そう簡単に花火大会に行くなんてこともできないかもしれない。
(これが最後の花火大会かも)
胸の奥がズキっとして、ため息をついていると、「千代―!」と後ろからのんきな隼人の声がする。振り返ると、隼人と友達、そして白いワンピース姿の佳奈美の姿があった。
スタイルの良さがわかるかわいらしいワンピースだ。隼人の横でニコニコしながら隼人に声をかけている。
簡単に挨拶をすると、まずは神社に出ている様々な屋台をめぐることになった。
隼人の横にはいつも佳奈美がいて、千代は横に行くこともできない。とはいえ隼人の友達のこともあまり知らないので、気まずい空気の中過ごしていた。
(作り笑顔で頬が疲れる)と思い、飲み物を買いに行く振りをして少し抜けて、木陰で一休みしようとしていると、隼人と佳奈美が見える。
二人は向き合って、佳奈美が何かを言って隼人の手を握っている。
佳奈美の顔は真っ赤だ。
(告白―)
千代は思わず顔をそらし、その場を離れた。結果を見るのが怖い。隼人が佳奈美と付き合ってしまったら、これまでのようには過ごせない。
隼人を失ってしまう。
(私、隼人のこと好きだ―)
ずっと前から気づいていた、隼人が好きなのだと。なぜもっと早く素直になれなかったのかと後悔してももう遅い。
梨々香の言葉がよみがえる。千代はその場でしゃがみこんだ。
しばらく経って、帰ろうと歩き出すと、花火大会の始まりを告げるアナウンスが流れた。
(もう疲れちゃったな…)
また出てきそうになる涙をこらえて歩こうとすると、ぱっと肩をつかまれた。
「千代、どこ行ってたんだよ」
「隼人」
隼人が走ってきたのか息を切らせている。
「お前、また迷ったのかよ。高校生にもなってこんな小さな神社で迷うなよ」
そういうと千代の手を引いて、「昔、花火見たとこ行こうぜ」そう言って歩いていく。
つないだ手が熱い。
たくさんの人の間をすり抜け、人が少しまばらになった境内の裏の公園についた。
「ここって・・・」
「ガキの頃、家抜け出して一緒に花火みたとこだよ。あの日バチバチに殴られすぎて、ケツ痛かったよなぁ」
そういっていたずらっぽく隼人が笑っている。
「千代、あの日のこと覚えてる?」
隼人が千代の手を優しくぎゅっと握った。
幼いころの思い出がよみがえる。
ヒューっと花火が上がる音がする。
そうだ、あの時、隼人はこういったんだ。
「ねぇ、千代ちゃん。僕が大きくなったら僕のお嫁さんになってね」
ドーンと大きな花火の音とともに赤や緑の菊の花が大きく咲いている。
そしてまたヒューと花火が上がっていく。
「千代、俺の・・・」
大きな音とともに大きな真っ赤な菊の花が咲いた。
花火 月丘翠 @mochikawa_22
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