花火

月丘翠

前編

「千代ちゃん、大人になっても一緒に花火見に来ようね」幼い隼人が千代の手をつないで花火を見ている。「うん、約束だよ」二人の小さな小指が絡まった。

「ねぇ、千代ちゃん。僕が大きくなったら・・・」

ハッと目が覚めると、時計が7時を指している。

「千代―!起きなさーい」下から母親の声がしてきた。そろそろ学校へ行く準備をしなければいけない。千代の机の上には、いくつか写真が飾られている。どの写真も千代の隣には、隼人が一緒に写っている。幼いころは、こうやって隣にいるのが当たり前だった。両親が新婚でこの家に引っ越してきた時、同時期に隼人の両親も隣に引っ越してきて、年齢も近かったこともあって、家族ぐるみ仲良くしていたそうだ。そして同い年の子供を産んで、当然、私と隼人は兄弟のようにずっと一緒にここまで育ってきた。子供の頃はそれでよかった。お互い兄弟もいなかったし、遊び相手がいて楽しかった。それでも大きくなってきて思春期に入ってくると少し事情が変わってくる。

同じくらいの身長だった隼人は、高校3年生の今は身長183㎝のスポーツマンに成長した。元々明るい性格で友達の多いタイプの隼人は一気に人気者になった。それに対して私は、勉強はできるが身長155㎝小柄で太ってはいないもののスタイル抜群とは言えないし、人見知りするタイプだ。対照的な私たちは、同じ高校に進学したものの、学校ではすれ違うことが多い。

でも家に帰ると、「千代、おかえりぃ」隼人は千代の家のリビングですっかりくつろいでいる。

「ただいま・・。あんた、今手に持ってるものは何?」

「お?プリンだけど」それは私が昨日買って楽しみに取っておいた期間限定のコンビニプリンだ。

「誰が食べていいって言ったのよ!」千代がくってかかるが、身長差が約30センチあると届きもしない。

隼人は「食べちゃダメって言われてねーもん」といって、ペロッとプリンを食べると、「ごちそーさま」と憎たらしく笑った。

「あんたね、ここは私の家なのよ?」

「千代ママがたまには遊びにきてって言ったから来たんだよ。お前もこっちにこいよなー、お袋も親父も来てほしいっていってたぞ」

「隼人がいない時にいくって言っといて」

「そんな怒るなよ。今度プリン買ってきてやるから」

可愛く手を合わせられると怒る気も失せる。でかいクセにこんな時だけ子犬になるから困る。

「・・・2個買ってきたら許す」

「おっけー!」許されたと思ったらすぐいつもの調子に戻っている。絶対反省してないってわかるのに、毎度許してしまうのだから、甘いよなぁと我ながら思う。

「そうだ。お前に一つ頼みがあって」

「何よ」

「来月の花火大会で佳奈美たちと行くことになってんだけど、浴衣でみんな行くっていうからよ、着方教えてくれよ。お前、着付けとか得意じゃん」

前田佳奈美。最近よく聞く名前だ。隼人と同じクラスの女子で色白でお人形さんみたいにかわいい顔をした子で、隼人と付き合っているではないかと噂になっている。

(下の名前で呼ぶんだ…)

「いいけど、高くつくよ」

「プリン3つ買ってくるからさ。じゃあ頼んだぞ」隼人は靴を履きながら、「今度絶対うちの親に会いに来いよ、お袋が会いたいってうるさいから」というと隼人は自分の家に帰って行った。

どうしても隼人には素直になれない。ずっと一緒にいたせいで今更何かを変えるきっかけもない。でも隼人の隣に他の人なんて、それは嫌だという気持ちが自分の中にはある。千代は胸のあたりの服をぎゅっと握った。

隼人を意識するようになったのは、高校1年の時だったと思う。その日は部活帰りにたまたま隼人に駅で会って、一緒に歩いて帰っていた。その時自転車がすごい勢いで走ってきて、気づいて避けようしたが、よろめいてこけそうになった。そこを隼人が後ろから抱き留めてられたのだが、見上げると隼人の顔がずっと上にあった。今まで同じくらいの身長だったはずなのに、気づいたら隼人が大きくなっていることに気づいた。隼人の手が置かれた肩が熱い。

その時から隼人が兄弟から男の人になった気がする。

男性として好きなのかと言われたらわからない。でも兄弟のように無邪気に遊んでたころと気持ちが変わっているのは事実だ。

「花火大会か・・・」

昔はよく隼人の家族と見に行った。花火の音にびびっていると隼人に茶化されたっけな、と思いながら、冷蔵庫を開けてプリンがないことを思い出して、ぴしゃっと扉を閉めた。


「千代、隼人君のこといいの?」

「え?」休み時間になった途端、親友の梨々香は、前の席からくるっとこちらを見て、真剣な目でこっちを見ている。

「私と隼人は兄弟みたいなもんだしさ」そう言ってごまかすように窓の外を見ると、ちょうど隼人が体育なのかグランドにいる。

「前田佳奈美、隼人君と付き合ってるって噂になってるよ」

梨々香が窓の外を指していて、その先には隼人と佳奈美が隣同士で歩いている。

「らしいね」

「本当にいいの?」

「いいのって言われても・・」

「千代、恥ずかしい気持ちとか今の関係を壊しちゃうことの怖さとかわかるけど、タイミングって大事だよ。隼人君のこと大事ならちゃんと伝えないと後悔するよ?」

「梨々香・・・」

「私ずっと千代と隼人君見てきたらから、なんだか歯がゆいんだもん。1度や2度くらい転んでみなよ」梨々香は、千代の頭を「頑張れ」と言ってごしごし頭をなでた。それと同時に授業開始のチャイムが鳴った。

窓の外を見ると、隼人が準備運動している。

(隼人は、私をどう思ってるんだろう)

千代は自分でも顔が赤くなってるとわかるくらい顔が熱くなった。


家に帰ると、今日もまた隼人が当たり前のように家で涼んでいる。

「隼人、また来てるの?」

「そんな言い方するなよ、今日は千代に話があってさ」そう言いながら隼人に右手にはアイスが握られている。

「ねぇ、その右手のものはなに?」そのアイスは、コンビニの期間限定アイスだ。千代がわざわざ遠いコンビニまで行って買ってきたものだ。

「アイス?」隼人がきょとんとした顔をしている。

「誰が食べていいって言ったのよ!」

「いや、食べちゃダメって言われてねーし。これうまいな」

「もういいよ。で、話ってなに?」

「明日の花火大会、千代も来ないかなと思って」

「前田さん達と行くんでしょ?」

「まぁあいつらも来るけど、千代も来たらいいじゃん」

「私、前田さん達のこと知らないし・・」

(「千代、恥ずかしい気持ちとか今の関係を壊しちゃうことの怖さとかわかるけど、タイミングって大事だよ。隼人君のこと大事ならちゃんと伝えないと後悔するよ?」)

梨々香の言葉がよみがえる。これがタイミングなのだろうか。

「千代?」

「・・・いいよ、行く」隼人に顔を見せたくなくて冷蔵庫に向かうと、「一緒にはいくけど、プリン3つ買ってこなかったから着付けはしないから」と言って扉を開ける。

「いうと思った」冷蔵庫には千代が子供の頃好きだったプッチンプリンが3つ並んでいる。

「・・・私のはコンビニの期間限定のちょっといいプリンだったんだけど」

「えー、千代それ好きじゃん。いらないなら俺食うけど」

「バカ、食べ物に罪はないんだから」千代はプリンを一つとると、自分の部屋に駆け上がった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る