水に濡れた、泣いた少女は。
深い深い山の中に建つ、古城…もちろんこんなところに誰も住んでいる気配など欠片もない。
そんな古城の中の1室に、鬼の面をつけた1人の男性が壁に寄り掛かって床に座っていた。
「お兄ちゃん!これ!!」
突然と部屋に現れたのは体中水に濡れていて、さらにところどころ赤を纏う1人の少女だった。
目の前の男性の姿を見ては嬉しそうに笑い、鬼の面をつけた男性に見せたのは...赤い液体がポタポタと伝い落ちている、大人の腕。
「もういいよ。俺と一緒にいこう」
こちらに来た少女の頭を撫でて言う鬼の面をつけた男性は言う。
すると少女は一瞬で哀しそうな顔をして、嫌だとその男性に抱き付いた。今まで持っていたその腕は床を汚して転がっている。
「私はまだここにいたい、お兄ちゃんのためだったらもっとできるから!」
泣きながら、必死にうったえる少女を強く抱き締めて彼は言葉を続ける...。
「 はもうあの日、そこの川で死んでるんだ。自分がここにいたいからって、鬼である俺を生かすためだからって人間からそうやって奪うのはもうやめるんだ」
少女はその男性を見詰め、彼の鬼の面に手を伸ばしてそれを外した。カランと音をたてて、鬼の面が床に転がった。
「 ?」
驚いて少女の名を呼ぶ男性の目尻は赤く、頬が濡れている。
少女は淋しそうに笑うと、彼の頬をいとおしそうに撫でて言った。
「お兄ちゃんが1人でずっと泣いてるから、私はここにいるの。あの日、川で死んで泣いてた私に“俺がいるから泣くな”って言ってくれたから...」
人を殺して霊を食らって生きる種族の鬼なのに、それをやめて...弱っていたあなたはこの古城から外に出ることも辛かったはずなのに、ずっと泣くばかりだった私のところに来てくれた。とても優しいひと。
ーーーだから私は、あなたのためなら“鬼”にさえなれる。
とある地域の人喰い鬼の伝承 姫野光希 @HimenoKouki
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