第10話 魔術の基礎

「──レオルド君の属性は闇ですよね?」


 違う。そんな厨二病チックな物ではなかった筈。


「……黒いマナとは言われたけど」


「ええ。黒のマナは別名、闇のマナと呼ばれていますので」


「そういう事ね。なるほど」


「本来闇の魔術はマナの利用量が多いので人間族には不向きですが、魔族の血を有するレオルド君には問題なく扱えるでしょう」


「はあ」


 気の抜けた返事をしてしまったが、プリムは気にした素振りもなく話を続ける。


「闇の魔術は他の属性と違い幅広く存在しますが、一番初歩的なものは物体を動かす魔術です」


「ふむ。ポルターガイストみたいだな」


「ぽる……?」


 首を傾げたプリムに手を振る。


「ああ、気にしないでっ。つまりは、手を使わなくても、何かを移動させることができるってこと?」


「その認識で間違いではないです。物を引き寄せ、弾き飛ばす。それが基本的な闇の魔術です」


 つまりは俺が独学でやっていた事はあながち、間違ってはいなかったらしい。


 俺は気になっていた事をプリムに質問する。


「一度物を引き寄せる魔術を使ったことがあるんだけど、制御が効かずに指に怪我をしたんだよ。あれはどうして?」


「それは魔術に必要なマナの量を間違えてしまわれたのでしょう。それでも術は発動しますが、マナが暴走してしまいます。枝葉を焼くのに、大火を使っては周りに被害が出てしまうのと同じことです」


「ふむ。マナの量っていうのはどうやって調節するの?」


「何度も繰り返して身体で覚える事はできますが、それでは長い時間がかかってしまいます。それよりも簡単な方法があります。詠唱をする事です」


「詠唱?」


「はい。古来よりマナは魔族や人間族と共にありました。その過程で、マナに特定の言葉を与えると、その言葉に応じた結果をもたらす様になりました」


 よくわからない。つまりどういうことだってばよ。


 俺は頭を働かせる。


 つまりはマナは人語を理解するという事か。確かに初めて魔術を使った時、俺は言葉で語りかけた。


 それと同じ様に昔の人間や魔族がずっとしてきた事で、特定の現象に対してそれ特有のマナへの命令方法が確立されたという事か。


「まあなんとなくわかった」


「それを踏まえて一度やってみましょう」


 プリムが手頃な石を拾う。


 あ、パンツが見えた。さっきも見たが純白である。黒いゴスロリ服とのコントラストが非常に素晴らしい。


「この石を持って、リペル、と唱えて下さい」


 気が逸れたが、プリムの言葉を反芻して邪念を消し去る。


 リペル、リペルね。


 俺は深呼吸すると、手のひらの石に意識を向ける。


「リペル」


 教えられた通り詠唱してみるが、何も反応はない。


 首を傾げているとプリムが俺の手のひらからそっと石を取り上げる。


「この様に、簡単な方法ではありますが、ただ詠唱するだけでは魔術は発動しません。もしもこれで発動してしまったら、大変なことになります」


「まあ、確かに。何かの拍子に魔術が発動してしまう危険性があるからか……」


「驚かされますね。レオルド君は賢い。その通りです。ですので、呼び水が必要なのです」


 呼び水っていうと、井戸水を汲む時のあれだろうか。いや、この場ではきっかけという意味だろうか。


「それはどうやるの?」


「言葉にマナを乗せるのです。身体の中にあるマナを舌に乗せて発声します。見ていて下さい」


 プリムは石を上空に放り投げる。


 そして、それが自由落下し、目の前に落ちてきた瞬間にその手のひらを向ける。


『リペル』


 空気が僅かに振動した様な感覚があった。


 プリムの手のひらから黒い靄の様な物が湧き出て、石を弾き飛ばす。


 石はそのまま前方の木に衝突した。


「おお!」


「ありがとうございます」


 拍手をすると、華麗にスカートの裾を持ち上げてお辞儀をするプリム。


 無理矢理やらせてしまった感があるが、それよりも魔術である。


「これって何度やっても同じ様な現象が起こるってこと?」


「はい。同じマナの量だけ働いているので、同じ結果になります。使い手によって差は出ますが、そこまで大きな違いはないでしょう」


 これはなんとも便利である。


 プリムの話を聞いて詠唱というのがなんなのか完全に理解できた。つまりは魔術の自動化だ。本来は人間がやるべき事を機械にやらせる様なものだろう。


 詠唱という名のスイッチを押せば、あとは自動で魔術を行使してくれる便利グッズが詠唱なのだ。


「逆に詠唱を使わない利点ってあるの?」


 俺は地面に落ちている小石を拾いながらプリムに訊ねる。


「魔術というのは自らの体内に棲むマナに仕事をさせるものです。当然仕事を果たしたマナは疲労し、再度同じ様な仕事はできません。並の魔術師にとって、マナというのはとても重要なものなのです。自らの財産の様なものでもありますから。それが無駄に浪費される事を望む事はないでしょう」


 燃費の話だろうか。つまり詠唱しないメリットはあまり存在しないと。


「しかし、これは先ほど申し上げた通り、並の魔術師にとっての話です。膨大なマナをその身に宿す魔術師は、自らのマナを限界まで扱うために無詠唱や、独自の詠唱での魔術を用いる事があります」


「ふむ」


「マナが枯渇した魔術師はただの肉塊です。ですのでマナの管理は徹底して行わなければなりません」


 物騒な物言いだがなんとなくわかってきた。


 詠唱魔術は車で言う低燃費稼働だ。マナを一定量ずつ使う事で、継続的な術の行使をすると共に、マナの管理を楽にする。


 逆に無詠唱魔術は一瞬限りのターボの様なものだろう。高出力の魔術だ。だがコントロールが難しいし、燃費も悪いと。


 プリムの言う事はもっともである。葉っぱ一枚を焼くのにバーナーはいらない。ライターで十分だ。


「自分のマナの量はどうやって知るんだ?」


「さまざまな方法があります。基礎魔術をどれだけの回数扱えるかで測る場合もありますが、魔導石を使った方法もあります」


 プリムの言葉に母親と適性を調べた時の事を思い出す。


 どうやらあのクリスタルには他にも使い道があるらしい。


「ふうん。ちなみにマナが無くなるとどうなるの?」


「大体は動けなくなります。それでもまだ魔術を行使しようとするなら、それは自殺行為と言わざるおえません」


 使いすぎると死ぬの? 魔術ってやっぱり怖いな。


 何か他に聞きたいことがなかったかなと、頭を働かせる。


「あ、そうだ」


「どうされました?」


「黄色の魔導石に触った時に弾けたように砕けたんだけど、あれって人との接触は大丈夫なの?」


 俺の言葉にプリムは一瞬だが目を大きくした。


「問題ありません。人とマナの間には決まり事がありますから。マナは普段は自らの意思で人間を傷つける事は出来ないようになっています」


 その説明に聞いた側の俺が頭を悩ませる。


 俺が思うにマナは意志のない微生物の様な物だと思っていた。まさかそんな決まり事を守れるほどの知能を持っているのだろうか。


 決まり事、という言い方も気がかりではあったが、質問するよりも前にプリムが小石を拾って手渡してくる。


「レオルド君は知的好奇心が旺盛みたいですね。それはとても素晴らしい事だと思います。ですが、魔族の流儀は知よりも武です」


「魔術の事や魔族について学ぶのは悪い事なのか?」


「そういうわけではありません。ですが、どんな事でも自らの知見に勝るものはないということです。そのためには、力を手に入れなければなりません。どれだけ知識があろうと、強大な力の前では塵に等しいものです」


 この行き過ぎた武力主義は一体なんなのだろう。


 魔族とはみんなこうなのだろうか。そうだとしたら全く交流できる気がしないし、父親にますます会いたくなくなるのだが。


 プリムは俺に対しては恭しい態度を取っているが、それは俺が魔王の息子だからという理由からだろう。もしも俺が普通の人間だったなら、一体どうなっていたのだろうか。


 彼女はもしかしたら人を殺したことが──。


「どうかされましたか?」


「あ……いや、そうだね。プリムの言う通りだ。自分で見ないと、何もわからないよな」


 俺は気まずさから手に持った小石を投げる。


 思いの外真っ直ぐに登っていった小石は、綺麗に自由落下を始めて俺の目の前に落ちてくる。


『リペル』


 舌にマナを集中させ、そう言葉を発すると、手のひらから何かが抜けていく様な感覚を覚えた。


 手を中心に黒い靄が発生して小石を絡めとると、強力な斥力によって弾き飛ばす。


 石はプリムの穿った同じ木に直撃し、同じくらいの穴を創った。


 弱めの拳銃くらいの威力はあるのではないだろうか。


「これが魔術か……」


「お見事です。レオルド君には魔術の才能がお有りのようですね」


「そう?」


 無表情で拍手するプリムに、こちらも喜ぶというよりかは微妙な表情を浮かべてしまう。だが嬉しいものは嬉しい。内心ではガッツポーズである。


「お次は引き寄せの魔術です。詠唱は"アトラクト"です。引き寄せる力はあまり強くないので、木の枝を使いましょう」


 間髪入れずに説明を始めるプリムに、俺は待ったをかける様に手のひらを向け、その場に座り込んだ。


「──どうされましたか?」


「……少し休憩しよう」


 俺の言葉にプリムは目を丸くした。


「そういえばレオルド君はまだ三歳でしたね。気が急いてしまいました」


 次いで少し顔を赤くしたプリムから視線を外し、なんの気なしに空に目を向けた。


 すると、何か巨大な生物が飛んでいくのが見えて口を開けたまま放心する。


「見なかった事にしよう……」


「何をですか?」


 もしかするとあれはドラゴンというものではないだろうか?

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

転生したら半分魔族だった 新田青 @Arata_Ao

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ