一風変わった性癖持ち俺、突然現れた女神から異世界転移の打診を受けるも全力でこれを拒否

尾八原ジュージ

一風変わってるけど家事とか好きだしけっこう得意

 ある日俺がカレーを作っていると、突然キッチンの天井が光り輝き、その中心から胸元と太腿のつけ根が際どい衣装を着た金髪巨乳美女がぬるっと垂れ下がってきた。

『こんにちは、人の子よ。わたしは貴方がたが言うところの異世界からやってきた女神です。今こそ選ばれし貴方に祝福を授け世界に平和を』

 何を言ってるのかわからないが、不法侵入である。俺は持っていた鉈で女神を名乗る女の横っ面を殴った。鉈は女の左目の下まで食い込んだが、女はフリーズしていた。出し抜けに鉈を叩きつけられることなんか考えたこともない、不遜なやつの表情だった。

 それから数秒のち、自称女神はようやくサイレンみたいに叫びだした。しかしここは隣家まで約一キロのど田舎、犠牲者がいくら叫んだって意味のない鉄筋コンクリート造の頑丈な建物の、さらに特別防音に優れた自慢のキッチンである。いかなる大絶叫といえど、近所迷惑になる心配はない。

 俺は鉈を抜こうとしたが、がっちり食い込んでしまって抜けなかった。仕方がないので自称女神を蹴り倒し、びたびた暴れる体の上に乗っかって首を絞めた。女は俺の顔と言わず腕と言わず引っ掻いて爪を立てたが、それでやめるようなら殺人も食人もとっくにやめている。俺はマウントポジションを取り続け、持てる力と技術の限りを尽くして女の首を絞めた。女は抵抗しながら『異世界で』とか『魔王を』とか何とか話を続けようとしていたが、聞くと面倒なことになりそうなので、俺は「あー! あー!」と叫びながらひたすら絞め続けた。

 しばらくすると、自称女神は無事に動かなくなった。死体の処理は多くの場合殺人者を悩ます難しい問題だが、俺にはさほどのことでもない。こんなものは食ってしまうに限るのだ。

 ところがひとつ困ったことがあった。自称女神の死体に対し、一向に食指が動かないのだ。というのも俺は「年齢は五十歳以上、金がなく孤独を拗らせコンビニの店員にウザ絡みしたり駅のホームで若い女にわざとぶつかったり通りすがりのベビーカーを蹴飛ばしたりするしか楽しみがないようなおじさん」を食い、我が身の一部とすることに無上の喜びを感じて絶頂するタイプの殺人鬼なのだ。従って、おっぱいのでかい金髪美女の死体には興味がなかった。食べたくないものを無理に食べることほど楽しくないことはない。しかしそこは上手くしたもので、世の中にはいろんな人間がいるものだ。

 我が家の隣に(一キロくらい離れているが)大食漢が住んでいる。そいつは目に入ったものは何でもガツガツと食べ、日々その獰猛な食欲を持て余しているという。そいつならば、牛だろうが豚だろうが自称女神だろうが見境なく食べるに違いない。俺は彼に電話をかけた。

「珍しい肉を手に入れたんだが、残念なことに俺はあんまり好みじゃないんだ。捨てるにはもったいないから、食いに来ないか?」

 そう誘うと、警戒心のない大食漢は喜んだ。今日の夕飯は好きなだけ食わせてやると約束して電話を切ると、俺はさっそく自称女神の解体にかかった。


 大食漢は約束の時間ぴったりにやってきた。招待されたのがよっぽど嬉しかったのか、でっかい花束を持っている。

「これ、全部うちで育てた花なんだ」

 ドヤ顔である。大食漢自身はろくに働いていないが、彼の家は広大な花畑を持っており、そこで様々な花を育てて売っている。実に創造的で素晴らしい仕事だ。俺は美しいものを見るのが大好きだ(自称女神も美しくはあったが不法侵入したので問題外)。もちろん自分自身の外見にも気を遣い、十人中九人にはすごいイケメンと言われるような容姿を保っている。アール・ヌーヴォー風の大きな花瓶に手早く花を飾って玄関に置き、それから大食漢を食堂に案内した。

 大食漢は鶏ガラのように痩せている。だがとめどなく食う。とめどなく食いすぎて、同居している甥っ子の離乳食も、年老いたばあさんの流動食も食ってしまい、家族に爪弾きにされている男である。今はまだ四十代に入ったところだが、すでに孤独をこじらせた迷惑な独身男として完成しかかっている。実のところ俺は「もう十年もしたら襲って我が身の一部としてやろう」と手ぐすね引いており、こうしてタダ飯をご馳走してやるのも、その日を思えば苦ではなかった。

 俺は腕を振るった。元々料理は好きだ。自称女神の肉を使った唐揚げ、ステーキ、刺身、骨で出汁をとったスープ……次々に料理を出すと、大食漢は端から平らげた。

「これは美味い! こっちも美味い!」

 何を食わせても大喜びするので俺は嬉しくなり、夢中で調理を続けた。大食漢はひたすらに食べた。一度だけ「これは何の肉だい?」と尋ねたが、「ダチョウだよ」と答えると納得し、「ダチョウって美味いんだなぁ」と感心しながらなおも食べ続けた。

 なんという食いっぷりだ。俺はもっと嬉しくなって、骨董品店で買った優雅な蓄音機を引っ張り出し、とっておきのレコードを流した。それから、さっき作ったばかりの人肉カレーもサービスした。

 大食漢は食べて食べて食べ続け、一晩中食事を取り続けた。夜が明ける頃には、なんと巨乳美女ひとりがほとんど丸々、大食漢の腹に収まってしまった。

「ああ、さすがに腹いっぱいだ」

 大食漢は臨月の妊婦のように膨れた腹をさすった。「トイレを貸してくれないか?」

「そのドアを出て、廊下を少し右に行ったところだ」

「ありがとう」

 大食漢はウシガエルみたいなげっぷをしながら食堂を出ていった。

 俺は全身が疲労でガタガタ、特に両腕はほとんど上がらなくなっていたが、満ち足りた気分だった。死体の処理はほぼ終わったし、料理の出来も大いに褒めてもらえた。不法侵入者は大食漢の体内で消化され、血肉となるであろう。よいことだ。

 コーヒーを淹れて一息ついていると、食堂の外からギャーッという汚い叫び声が聞こえた。バタバタと足音がしたかと思うと、ズボンのチャックからちんこを放りだしたままの大食漢が食堂に飛び込んできた。その顔には恐怖と驚愕とが張り付いている。

「うんこが光ってる!」

「はぁ?」

 俺は自分の耳を疑った。だが食堂を出た途端、その疑いは晴れた。まばゆい光が、ドアを開け放したトイレから廊下へと放たれているのである。

 俺はトイレを覗き込んだ。なんと、便器の中身が発光している。本当にうんこが光っているのだ。俺は呆然とした。今まで色んなものを食ってきたが、こんなことは今まで一度もない。心あたりといえばあの自称女神しかなく、そういえばあの女光輝く天井の中心からぬるりと出てきたっけ……などと思い出したが、今更どうしようもない。

「何だこれは!? どうしたらいいんだ!」

 大食漢は慌てふためき、ズボンを直すのも忘れて、廊下を行ったり来たりしている。

「流そ」

 俺はレバーを押した。光り輝くうんこは、水洗トイレの水流に押されてぐるぐると流れていき、すぐに見えなくなった。光は消失し、トイレには常識的な明るさが戻った。

「い、今の光は何だったんだ……俺の体はどうなってしまったんだ?」

 大食漢は自分の腹に手をあてて焦っている。どうやら自分の体自体に異変が生じたと考え、何か便が光るような怪しいものを食わされたとは疑っていないようだ。そんな賢くないところが俺にはまた愛おしく、いつか彼を食肉にする日を思うと甘い喜びが胸いっぱいに広がって、お恥ずかしいが勃起してしまった。大食漢は大食いのくせに痩せていて食うところがあまりなさそうだが、いいスープがとれそうだ。そうだ、ラーメンにしよう。スープがよく絡む縮れ麺がいい――だが楽しい時間は長くは続かなかった。突然便器の中の水がゴボゴボと溢れ出し、再びまばゆい光が差した。かと思ったら、その中からどろどろしたものが勢いよく飛び出してきた。

 うんこである。光り輝くうんこが水分を含んでゲル状になり、空中でうねうねと蠢いている。と、見る間にそれは金髪美女の生首へと変わった。

 何ということだ、自称女神がうんこから復活しようとしている。さすがに俺もこれには驚いた。こんなことができるとは、さては自称ではなく本当に女神だったか――と感心もした。でもなんでうんこになってから復活したの? なんて、気になっても訊ける雰囲気ではない。女神は激怒している。悪鬼羅刹のごとき表情である。

「ぎゃあああああ」

 大食漢は叫び、ばったりと倒れた。ショックで気絶したらしい。俺も相当驚いたが、倒れるまではいかなかった。

「うがあぁぁぁ!!!」

 女神の生首は大口を開け、俺に噛みつこうと飛んできた。俺は間一髪それを避け、さらに襲いくる牙を、たまたま持っていた中華包丁で受け止めた。ガキン! と鋭い音が辺りに響き渡った。

 相手は首だけだが、こちらは一晩中に及ぶ調理のために全身が疲労している。手が震える。今にも押し負けてしまいそうだ。

 そのとき、突然大食漢が飛び起きた。

「うんこもれそう!」

 そう叫ぶやいなや、半分ずり下がったズボンの中で、トランペットのファンファーレのように高らかな音をたてて屁が鳴った。次の瞬間ボフンと音がして、大食漢のズボンの尻部分がコンモリと膨らみ、強い輝きを放ち始めた。

「ぐおっ、眩しい!」

 思わずまぶたを閉じた俺の額を衝撃が襲った。女神の頭突きだ。俺はふらつき、中華包丁を落としてしまった。

「ぎゃあああああ」

 大食漢はもう一度悲鳴をあげて倒れた。汚れたズボンが下着ごと破け、そこから女神の腕が二本飛び出してきた。若干糞便の匂いが残るそれは、勢いよく俺の首に巻きついた。

「ぎゃあっ!」

『人の子よ! 話を聞け!』

 女神は首の付け根からじかに二本の腕を生やした奇っ怪な姿で怒鳴った。

『魔王を討伐するため、お前にチート能力を授けてやろうというのになぜ拒む!? チート能力ぞ!? 誰もが羨むような超強くてかっこいいやつぞ!? 望むならお供に美女を何人かつけてもやろうぞ!』

「いやだ! 俺は異世界で美女と魔王討伐なんかしたくない!」

 首を絞められ、意識が遠くなりつつも、俺は叫んだ。

「俺にはこの世界でやりたいことがたくさんあるんだ! 世の中の全てから嫌われてるようなおじさんを、片っ端からとって食いたいんだ! 食って一体となりたいんだ! この世の全てのものから嫌われたって俺は一緒だ、絶対に離れないって、そう言ってやりたいんだ! 俺の血肉になったおじさんと、綺麗なものを見て、綺麗な音楽を聞いて、一緒に美味いものを食べるんだ! 嫌われおじさんの救いは俺の救いなんだ! 俺が生きていくために必要な光なんだ! 輝く道標なんだ! たとえ俺の細胞が全て入れ替わり、食べたおじさんたちの肉体が完全にこの世から消えようとも、俺の心からは永遠に消えないんだ! そういうことを考えながら殺人を犯すと最高に興奮します!!!」

『このド変態!!!!!』

 女神は汚いものでもあるかのように俺の首を手放し、代わりにバチンと一発頬を叩いた。俺は廊下に転がった。目の前には気絶した大食漢の尻があり、今もなお輝くうんこが続々と排出されていた。

『はぁ……はぁ……』

 女神は肩で息をしている。もはや悪鬼羅刹も裸足で逃げ出すかのような、おそろしい表情を浮かべている。俺は泣いた。女神をここまで怒らせたのだ、きっと許されまい。おそらく今ここで死ぬのだろう。こんなことなら十年先と言わず、今のうちに大食漢を絞めておけばよかった。

 しかし、女神は俺を殺さなかった。うんこよりなお汚いものを眺めるような目つきで俺を見ながら、言った。

『人の子よ、お前に朗報があります。魔王は度重なるセクハラやパワハラのために手下のほぼ全員から嫌われ、妻や子供たちからも汚物のような扱いを受けています。腹心の部下であった長年の友人も呆れ果てて去り、内心このままではまずいとは思いながらも、山のように高いプライドが邪魔して今更周囲の者たちに謝ることなどできず、同時に加齢臭に悩み、また薄くなった頭髪を嘆き、孤独と不安と退屈とやり場のない怒りとを持て余しているのです。その狼藉は甚だしく、かくなる上は異世界から勇者たるものを召喚し女神の加護のもと』

「あっ、すっごい興味ありますぅ」

 俺は掌を返した。


 かくして俺は異世界に転移し、魔王を討伐して、異世界に安寧と平和をもたらした。だがその後、ソーセージにした魔王を食いながら自慰をしているのが皆にバレてドン引きされ、現世に戻された。

 現世ではちょうど十年が経っていた。俺は愛用していた鉈を研ぎ、鼻歌をうたいながら、さっそく大食漢の家に向かった。

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