第8話 性差と精査

 学校での休み時間に、ハルカは源と話し込んでいた。

「ねえ、不知火さん。『女房役』ってどう思う?」

「どう思うと問われましても……補佐役という意味の『女房役』ですよね。まあ、女性を差別しているという声もあるみたいですが」

「そう、それ。自分で小説を書いている割に、私、鈍感なのかな。『女房役』って気にせずに使ってきたと思う。それこそ、意識せずに」

 しょんぼりした様子の源を前にして、不知火は少し考えてから微笑んだ。

「言葉はそれが生まれたときの背景、時代背景の影響を大きく受けるもの。だからと言って、今の時代にそぐわなくなったから、一律にいきなりその言葉を使うなとするのも乱暴な話だと思います」

「だよね。今の時代に合ってないとする理由は分かるけれども、残して欲しい言葉ってたくさんあるもの。『女房役』だって、別に女性は夫の補佐をするものと決め付けてるんじゃなくて、そういう人もいる、でいいんじゃないかなあ。色んな選択肢の中から、愛する人を補佐することこそ一番の生き甲斐だと感じて、選んだ人」

「そもそも、昔々には、『女房』は妻の意味ではなく、女性の使用人という意味だったそうですよ」

 国語辞典を取り出して、該当するページを開いてみせた。そこに目を通した源が、しきりにうなずく。

「――ははあ、なるほどね。だいぶ限定的だったんだ。これなら、『女房役』を差別だって言う向きは、妻のことを女房と呼んだ時点で声を上げなきゃいけなくなるね」

「そういうことになりそうです」

「はあ、それにしても女と男、性別の話になると平等ってことに意識が向きがちになるから、使いにくいったらないわ」

「他にもありまして? 小説を書く上で」

「うん。不知火さんなら、叙述トリックって分かるでしょ」

「ええ。ごく大雑把に定義すると、通常のトリックは犯人が探偵役に仕掛けるものであるのに対して、叙述トリックは作者が読者に仕掛けるもの、ですよね」

「ん、まあ、そんなところかな。それで叙述トリックの代表的な例に、男だと思って読んでいたら女だった、あるいはその逆、女だと思って読んでいたら男だったというのがあるのも、よく知っているよね?」

「はい。シンプルですが、傑作がいくつか思い浮かびます」

「この場合の叙述トリックを“男女トリック”とか、“おとこんなトリック”と呼ぶことがあるらしいって聞いて、私もそれを使ってみた。で、気まぐれにネットの小説投稿サイトに上げたのよ。そうしたら感想をもらえたんだけど、一部に『何で男が先で女があとなんですか。差別じゃありませんか』っていう非難めいたものがあったんだよね」

 大きく慨嘆し、頭を掻く源。ハルカは顎に右手人差し指を当てる仕種をし、ちょっとだけ考えた。

「うーん、少なくとも差別ではないと思います。先に来るのが偉いと決まっているものでなし、大物ほどあとから登場するということもありますしね。そういえば聞いた話なんですが、外国の乾燥地帯には祈祷師が職業として成り立っているところがあるそうです」

「は? はあ」

 唐突な話題の振りように、源は一瞬、戸惑いの色を目に浮かべたが、すぐに戻った。これがハルカのやり方だと心得ている。

「乾燥地帯での祈祷師の主な仕事は何でしょう?」

「それはもう、雨乞いがダントツでしょ」

「はい。農作物のために雨乞いを行うことが当たり前になっているとか。面白いのは祈祷師はランク付けされていて、雨乞いの儀式には最初、低いランクの祈祷師が臨むというのが決まりらしいんです」

「何でまた。祈祷料が安いから?」

「あはは、それもあるかもしれません。それで、低いランクの祈祷師がお祈りしても、雨は降らない。仕方がないので、次のランクの祈祷師に交代するが、まだ降らない。いよいよとなって最高ランクの祈祷師が登場し、懸命に祈るとついに雨が降り始めた。人々はさすが最高の祈祷師様だと、褒め称える……」

「……当たり前のように聞こえたけど、でも何か変だわ」

「やはり、そう感じますか」

「うん。最高ランクの祈祷師だから雨を降らせることができたのかもしれない。けど、より論理的・科学的に考えるのなら、三人も四人も祈祷師が繰り出すほどに長い間、雨が一滴も降らないことなんてなかなかないんじゃない? 最高ランクの祈祷師が出てくる頃には、さすがにもう雨が降っていい頃合いになってる気がする」

 源の見解に、ハルカはにっこり笑って答える。

「はい。そういうからくりだと思います」

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ことばのかたり録 小石原淳 @koIshiara-Jun

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