第4話 好きになった男の子

次の日の朝。僕が教室にやってくると、いつもと違うところがあった。後ろの席が空いている。


「今日は休みなのかな」


僕はいつも時間ギリギリにくる。だから僕より遅いと遅刻確定だ。カバンの中の教科書とかを机に入れていると、チャイムがなった。けれどまだ後ろの席は空いている。


先生が、学級日誌を持って教室に入ってくる。


数歩遅れて新島さんも入ってきた。


休みじゃなかったんだ。どうしたんだろう。


新島さんは前髪で視線を遮りながら、逃げるように歩いてくる。少し足音に違和感を覚えた。見てみれば、彼女は来賓者用のスリッパを履いている。


どうしたんだろう。という疑問は多分、僕だけが抱いたものではない。クラスのほとんどの視線が新島さんに集まっていたと思う。


その視線を正すように、教壇に立った先生がパンパンと手を鳴らす。先生はスーッと大きく息を吸って、話し始めた。その表情は何か怒りとか呆れとかを孕んでいるように見えた。


「今朝、新島の上履きが無くなってた。何か知っている奴は俺のところに話しに来い」


教室は静かになる。いや、元々誰も喋ったりはしていなかったのだけど、より一層静かになったと思った。


そんな中で、誰かが聞いた。ものすごく軽薄な声だ。


「ただ無くしただけじゃないんですか?」


「上履きなんて無くすような物じゃないだろ」


先生は声を大きくする。


「はっきりと言っておくが、人の物を隠すのはいじめだ。いじめは発覚したら即退学処分だから、そのつもりでいるように」


以上。と言って先生は締め括った。


それからいつも通りのホームルームが始まった。いくつか連絡事項があったが、僕は違うことを考えていた。


授業が終わり、休み時間になると新島さんはすぐにどこかに行ってしまった。僕は声を掛けようと思ったが、呼び止める暇がなかった。


いや、違う。後ろの席なのだから、声はかけれたはずなんだ。けど僕は声を掛けなかったんだ。なんて声を掛けたらいいのか分からなかったんだ。


それからの授業中、僕はずっと新島さんになんて声を掛けようかと考えていた。たくさん言葉が浮かんだ。でも、どれも納得できなかった。僕はこう言う時、うわべだけの言葉を言われるのが一番嫌なんだ。それでいて、耳に入ってくる全てが、うわべだけのものに聞こえるんだ。


掛ける言葉が見つからないまま、昼休みになった。


僕はトイレに行った。帰ってくると、クラスの三人の女子が、僕の席の後ろ、いや、新島さんの席の前に居た。


新島さんは座ったまま、視線を落としている。三人の中の一人が新島さんに質問した。


「新島さん。上靴見つかった?」


新島さんはまだスリッパを履いている。一目見ればわかる。


「あ、いや…」


「え?なに?」


新島さんに質問をする女子の声はちっとも高圧的じゃない。なのにとても怖かった。とても優しな声だった。


新島さんは視線を落としたまま、震える声で答える。


「みつかって…ないです」


「え?喋ってる?全然聞こえないや。私の耳が悪いのかな」


「──────」


新島さんは泣きそうな声で何かを言って、立ち上がり、逃げるように教室を出て行こうとする。


「あ、新島さん!」


僕は、横を通りすぎる新島さんに声をかけたが、届かなかった。


新島さんが教室からいなくなり、三人の女子が笑いながら話す。


「えwもしかして無視?」


「ははw清子、新島さんに無視されてて笑うw」


「新島さん感じわるw」


目の前の三人の態度が、僕の中に黒い感情を湧かせていく。


新島さんは泣きそうだったのに、目の前の女子三人は笑っている。それが僕には納得できない。


唇が震えて、腹から言葉が出てきたがっている。


そして、僕の中の黒いものが勝手に口を開かせた。


「別に感じ悪くないだろ」


思いの外、大きな声で放たれた言葉が、教室がシンとさせた。


「は?何?いきなり」


シンとした教室が僕の頭を冷静にさせた。でも僕の腹の黒いものは、際限無く黒くなっていく。


「冗談にしては趣味悪いなって思っただけ。それとも本気だった?」


「お前には関係ないって。てか声デカすぎ。怖いよw」


女子の一人が半笑いで答えた。僕は嫌な言葉を思いつく。これを言ってしまえば、自分もそっちに行ってしまうと分かっているのに、口を開いてしまう。


「でもお前、耳悪いみたいだったしw」


僕は黒い言葉を吐き出すと、新島さんを追って教室を出る。何か言い返されたと思うけど、頭に入ってこなかった。


反吐が出るような言葉は思いつくのに、新島さんを励ます言葉は思いつかない。そんな自分に腹がたつ。


新島さんがどこにいるのかは分からなかったけど、帰ってくるのを待てるはずもなかった。僕は一人で静かになれる場所を探して、校内を走り回った。


屋上に行く階段。校舎裏。自転車置き場。女子トイレに行っている可能性を考えたが、それは探すのをやめる理由にはならなかった。


会って何を話せばいいのか、思いつかない。けど僕の中の何かが、勝手に足を動かした。


そして。


「見つけた」


新島さんは体育倉庫の裏で一人、うずくまっていた。近づくと泣いているのが聞こえる。


「隣、座ってもいい?」


「あ、…成瀬くん」


質問の答えを聞かないまま、新島さんから二歩ほどあけて、隣に座り込む。


僕は「大丈夫?」なんて聞こうかと思うが、そんな訳ないのが目に見えている。

何も言えずにいると、新島さんが震える声で喋り始めた。


「私さ、別に嫌われても平気だと思ってた」


「うん」


大丈夫だと思ってたの」


「うん」


「でも、いざ悪意を向けられると…やっぱり耐えられなくて」


「うん」


「私っ、もう教室に行きたくないよぉ」


新島さんは子供みたいに大泣きした。ただただ泣いた。


こんなにも大泣きする同級生を相手にするのは初めてで、何をしていいのか分からなかった。僕はただ、涙でぐちゃぐちゃになっているであろう顔を見ないように、空を眺め続けている。


新島さんが泣いても、空は晴れていて、白い雲がゆっくりと流れていた。


隣に居る。それが、僕にできる最大限の優しさだった。隣でずっと空を見ていた。


5分ほどたって、新島さんの涙は少し落ち着く。


「新島さんティッシュ持ってる?」


「な゛い゛」


新島さんの声は案の定、鼻が詰まっていた。僕はポケットからティッシュを取り出して渡す。


「はい、これ」


「ありがと」


新島さんは何度も、ズーッと音を立てて鼻をかんだ。


「本当にありがとうね」


「どういたしまして」


「何かお礼したいな」


「ありがとうって言ってもらうだけで十分だよ」


結局、気の利いた言葉なんてかけられなかった。僕はただ、隣に居ただけなんだ。お礼を言ってもらうだけでも、僕には過ぎた事なんだ。


「言葉じゃなくて、行動で返したい。だからさ、何かして欲しい事とかない?」


僕は考える。僕はなぜ彼女を探したのだろうと。そしたらすぐに答えが出た。


「じゃあさ、来たくないかもしれないけど、明日からも教室に来てよ」


「……」


「僕は来て欲しいって思ってるから」


そう言って僕は彼女の顔を見る。


「うん。…行く」


うなずく彼女の顔は、ほんのりと赤く染まっている。


その理由わけを考えると、顔が少し、熱くなった。


ーーーーー


拙い文章をここまで読んで下さりありがとうございます。

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後ろの席の地味な女の子を好きになった話 おもちくん @tarosei

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