第3話 少しかっこいいと思った男の子
ゴミ袋の中にハンカチを見つけてから一夜あけた朝。もう5月も中旬。朝起きるのにも、かなり慣れてきた。
洗濯されて干されているハンカチを取り、カバンに入れる。僕はそのまま玄関に行き、靴を履く。
「いってきまーす」
僕がドアを開け外に出ると、母さんもサンダルを履いてついてくる。
「気をつけてね」
僕はもう高校生だと言うのに、母さんは毎朝こうして玄関の外まで見送りに来てくれる。きっと僕が心配なんだ。それとも普通の高校生もそんなものなのだろうか。僕には分からない。
家を出るとスマホ以外を見ないようにして歩く。何も聞こえない様にヘッドホンをする。少なくとも最寄り駅に着くまではスマホだけが僕の世界だ。
そして、何事もなく学校につき上靴に履き替える。階段を登り、いよいよ教室が近づいてくる。
僕は新島さんにどう説明しようかと悩んでいた。ゴミ袋の中に入っていたなんて言えるはずもないし、かといって「たまたま見つけた」なんて不自然極まりない。
結局僕は、適当に話を作ることにした。
教室には、いつもと変わらない景色があった。ほとんどの生徒が登校し終えて、友達とだべっている。新島さんは相変わらず机に突っ伏して寝ている。
「おはよう。新島さん」
新島さんは昨日ほどは驚きもせず、起き上がる。
「おはよう…成瀬君」
「そういえば昨日さ、下駄箱の辺りでこれが落ちてたんだけど…」
そう言って僕は、カバンからハンカチを取り出して新島さんに見せる。すると新島さんの長い前髪の向こうで、表情が変わっていくのが見えた。
「こ、これって」
「もしかして新島さんのハンカチなんじゃないかなと思ったんだけど、違ったかな」
新島さんは、質問に対して首を振った。そして、嬉しそうに言う。
「ううん。これ、私のハンカチ」
とても明るい声だ。僕はその声に可愛いと思った。嬉しさとか、喜びとかを隠さない声色に素敵だと感じた。
「よかったね」
対して僕の声はジメジメしている。
このハンカチはゴミ箱に入っていたものだ。
誰かがこのハンカチをゴミ箱に入れたんだ。
彼女が大切にしているハンカチを。
それってまるで…いじめじゃないか。
「ありがとうね、成瀬くん!」
「どういたしまして」
こう言ってはなんたが、普段の彼女は暗いオーラを纏っている。けど目の前の新島さんは、普段の態度からは想像もつかないほど明るいオーラを出していた。
きっと相当嬉しいのだろう。笑顔が可愛い。
「このハンカチね、本当に大切な物だったの。10歳の時におばあちゃんが私に刺繍を教えてくれて、一緒に縫った思い出の物だから。その時は他に好きな柄のものがあったから、棚にしまっていたんだけど、少し前に…とある事がきっかけで、使おうかなって思って…」
「そっか」
「だから本当にありがとね」
「これからは気をつけてね」
「うん。もう無くさない。もう迷惑はかけられないし」
僕はもしこの一件が、他人の悪意によって起こった事なのかもと考えると、新島さんを放ってはおけない。
だから僕が今、新島さんに言わなきゃいけない事は「これからは気をつけてね」なんていう言葉じゃない。他に言わなきゃいけない事がある。
「迷惑なんかじゃないよ。だからもし、またハンカチを無くすような事があったら頼ってほしい。絶対に力になるから」
新島さんは俯いて、小さな声で言う。僕からはその表情が見えなかった。
「…うん。わかった」
チャイムが鳴り、教室に先生が入ってくる。
そしてホームルームが始まった。
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次回:第4話 好きになった男の子
お楽しみに!
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