第2話 優しい男の子
登校中。電車の中で僕は、いつもみたくヘッドホンをして、いつもと同じ様に音楽をきき、ただぼーっと、流れる景色を見ている。
いつもと違うのは、視界のどこかにハンカチを探していると言う事だろうか。
ただ席が後ろなだけの女の子の探し物にどうしてここまで気を使うのか、正直自分でもよくわからない。
新島さんの「ありがとう」と言う言葉に、真剣味を感じてしまって、見つけてあげたいと思ったと言えばいいのだろうか。
学校の中で無くしたハンカチが登校中に見つかるわけもなく、何も見つからないまま学校にたどり着いた。
この学校には落とし物箱があるという事を思い出して、僕は少し遠回りをした。そんな事をする義理なんてないのだが、しない理由もなかった。
確か、イニシャルの刺繍が入っている薄い青色のハンカチだったか。箱の中を探して見るが、それらしいものはなかった。
教室に着くと、僕の後ろの席ではいつもみたく、新島さんが突っ伏して寝ている。いつもなら話しかけたりはしないが、今日は少し話しかけてみることにした。
「おはよう新島さん」
新島さんはビクッとして、すぐに恐る恐る顔をあげる。なんとなく分かってはいたが、寝ているわけではなかったようだ。
「あ…成瀬くん。…おはよう」
「ハンカチ見つかった?」
「ううん。見つかってない」
新島さんの声色は悲しそうだった。その声だけで新島さんがそのハンカチを大切に思っているのが伝わってくる。
「職員室の前の落とし物箱を見てみたけど、見つからなかったよ」
「え!?そんな…悪いよ。…ううん、わざわざ探してくれてありがとう」
ありがとうと言う新島さんの声は、わざとらしい明るさで、見つからなかったという言葉に気を落としている様に見えた。
「大切なものなのか?」
「えっ!?…うん。とっても大切なもの」
「見つかるといいな」
何故だろうか。ハンカチを見つけた新島さんの笑顔を見てみたいと思った。
「うん」
それから新島さんとは話さなかった。特に話すこともなかったし、やはり彼女は休み時間になると机に突っ伏して寝てしまうからだ。
そして放課後。昨日と同じく、図書館に行って勉強しようかと思いながら教室を出ようとすると、担任の先生に呼び止められる。
このクラスの担任の先生は、数学を担当している男教師だ。一ヶ月経った今の印象は「学校に一人はいる関わりやすい先生」だ。
「おい成瀬ー」
「なんですか?」
「お前今日、日直だろ?教室の掃除してから帰ってくれよ?」
そうだった。忘れていた。
僕は掃除を始める。教室の机を全て乾拭きした後、机を移動させて、箒で掃いていく。そして、机を戻したら終わりだ。
よし、さっさと図書館にいこう。
「あーまてまて成瀬。これ、ゴミ箱の中身。これを捨てに行くのも日直の仕事だ。昨日の日直が忘れてたんだろうが、結構溜まってる」
「…わかりました」
僕は荷物を背負い、先生にゴミ捨て場の場所を確認して、半透明のゴミ袋の端を結ぶ。体操服袋くらいの大きさになったゴミ袋を持って、教室をでた。
ゴミ捨て場まで来て、ゴミ袋を適当に投げ入れようとした時、僕は半透明の袋の中に何かを見つける。
薄青色の何かを。
その時、僕の脳内に昨日の放課後の新島さんとの会話がフラッシュバックした。
(何か特徴とかある?)
(あ…えっと…私のイニシャルが刺繍されてて、薄い青色をしてる)
恐る恐る確認してみると、半透明のゴミ袋の底の方に、薄い青色のハンカチが入っているのが、透けて見えた。
僕は目を疑った。
僕の視界は途端に狭くなる。周りの音が遠ざかっていく気がする。けれど自分の心臓の音はこれでもかと言うほど強く感じた。
固く結ばれた袋の口を、なんとかほどいて、「汚い」なんて言葉を知らない子供のように手をつっこんだ。
袋から取り出したハンカチには、「K.N」という刺繍が施されていた。
「嘘だろ…」
特徴が一致するだけだ。新島さんの物と決まった訳じゃない。
けれど、けれどもし、新島さんの物なのだとしたら。持ち主が大切にしているはずの物が、ゴミ箱に捨てられている理由なんて、考えたくもない。
その時、嫌な声が僕の脳内に聞こえてくる。僕はこの声を知っている。何度も、そう何度も聞いた事のある声だ。
(成瀬ってさ、まじでうざいよなw)
(それなw)
(そうだ。この体操服をさ───したら面白いんじゃね?)
(ははwやろうぜw)
パンッ。
僕は痛みを上書きする様に、自分の手で両頬を叩いた。乾いた音が、僕以外に誰もいないゴミ捨て場に響く。誰もいないゴミ捨て場では、当然、誰の声も聞こえない。
「…痛い」
僕はカバンからヘッドホンを取り出して、曲を聞く。胸の痛みが和らいでいくのを感じた。いや、麻痺していくと言ったほうがいいか。
このハンカチがどうしてゴミ箱に捨てられていたのかなんて、僕がここで考えたって分からない話だ。偶然たまたま、ゴミ箱に入ってしまっただけなのかもしれない。誰かの善意が、都合悪く働いてしまった結果なのかもしれない。
繰り返すが、新島さんのハンカチだと決まった訳じゃない。
そう、何もわかっていない。
僕がやるべきことは、このハンカチを綺麗にして、新島さんにそれとなく聞く事だ。そうだな…「たまたま見つけたんだけど、これってもしかして新島さんのハンカチ?」と言った具合だ。
とても簡単だ。
僕はゴミ袋の口を結び直し、カバンの中にハンカチを入れて、ゴミ捨て場を後にする。勉強する気にはなれなかったから、駅へと向かった。
流石に、二日連続で定期券を忘れるような失態はしなかった。
ーーーーー
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます