後ろの席の地味な女の子を好きになった話
おもちくん
第1話 前の席の男の子
「あ。教室に定期忘れた」
高校からの帰り道。図書館での勉強を終え、一人トボトボと歩いてきた僕は、改札の目の前まできて、いつものポケットに定期券がないことに気がついた。
「めんどくさいなあ」
僕は切り返す。下校している生徒がちらほらいて、僕だけが一人、学校の方向に向かって歩いている。その光景が僕の嫌な記憶を呼び覚まそうとした。すかさず僕はヘッドホンの音量を上げ、スマホを開き、聴く曲を変える。最近放送されているアニメのオープニング曲だ。
ヘッドホンはいい。僕は全ての僕と同じような人間に、ノイズキャンセリング機能付きのヘッドホンってやつをおすすめしたい。これは素晴らしい。他人の笑い声とか噂話とかが一切聞こえない。
ずっとヘッドホンをつけて音楽を聞いていると耳が悪くなるなんて言う。あれは嘘ではないが、間に受けるべきじゃない。つけてなかったら、気分と口と性根が悪くなる。
人生ってやつはどうしようもなく悪くなる一方なんだ。少しでも悪くないと思える方を選び続けるだけだ。
…なんて、考えてみたりして。
僕は少しヘッドホンの音量を下げた。僕は下駄箱で上履きに履き替え、階段を登る。ペタペタという僕の足音が音楽の向こうで聞こえた。
鍵が掛かっていなければいいんだが…。そんな不安は杞憂で、ドアが開いている。教室の中を覗いてみると、一人だけ人が残っていた。僕の後ろの席の、確か…「
高校生活が始まって、もう一ヶ月にもなるが、
僕の中の新島さんの特徴と言えば、主に二つある。「いつも机に突っ伏して寝ている」ことと「目が隠れるほど前髪が長い」ことだ。
僕が言うのもなんだが、彼女は「地味」という言葉が似合うと思う。勘違いしないでほしいが、別に貶してはいない。純粋な評価だ。
僕はまたしてもヘッドホンの音量をあげ、無言で自分の机へ歩いて行って、机の中を漁る。定期券はすぐに見つかった。いつものポケットに定期券を入れ、すぐに教室を出ようとする。
その時少し、耳が痛くなった。
僕は足を止める。別に新島さんとは仲が良いわけではないけれど、急ぐ用も無い。
僕はヘッドホンを外す。
「新島さん。何か探し物?」
新島さんは「あ」と小さく弱々しい声で前置きをして、長い前髪で視線を遮ったまま、喋り始める。
「実は、ハンカチを無くしちゃって…」
「何か特徴とかある?」
「あ…えっと…私のイニシャルが刺繍されてて、薄い青色をしてる」
「そっか。気に留めておくよ」
それだけ言って、またヘッドホンをつけようとする。が、まだ話は終わっていなかったようだ。新島さんが少し強めな声で僕を止める。
「な、
「なんだ?」
新島さんは顔をあげ、前髪の隙間から僕の目を見る。彼女と目があったのはこれが初めてだ。
だってこんな綺麗な目、一度合わせた事があれば忘れるはずもない。
「ありがとう」
彼女の言葉はなぜか心地良かった。僕のささやかな承認欲求が満たされたのだろうか。違うと思う。
なんて言えばいいのだろうか。彼女の声は綺麗だ。ヘッドホンを外すのも、たまには悪くない。
「じゃあまた明日」
「…うん。また明日」
僕は教室を出た。静かな校舎が僕の足音を強調している。外からは、運動部の快活な声が聞こえた。
案外ヘッドホンの外の世界は、笑い声や噂話だけではなかった。
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