ヘンゼルとグレーテル

洞貝 渉

ヘンゼルとグレーテル

「あの兄妹は森に置き去りにすればいい」

 そう言って、まま母が父親を説得した。父親は渋るが、最後には一応納得する。


「あの、育ち盛りな俺らにパンだけですか? これ、虐待ですよね? もっとタンパク質や脂質、炭水化物、各種ビタミンミネラルや食物繊維をバランスよく与えるのが子どもを育てる親の義務ですよね?」

「えー、パンとかちょーうけるんですけど。もっとこう、バエる感じのやつがいいんですけど」

 まま母は歪みそうになる顔を気合で笑顔に固定する。父親はおろおろするばかりだ。

「これから森にたきつけの木を拾いに行くよ。さっさとおし」

 まま母に急き立てられ、ヘンゼルとグレーテルはしぶしぶ両親について森へ行く。

 森の奥へ奥へとしばらく歩いて行くと、父親がたきぎを集めて火をおこした。

「さあ、子どもたち、ふたりはたき火のそばであったまって、わたしたち森で木をきってくるあいだ、おとなしくまっているんだよ。しごとがすめば、もどってきて、いっしょにつれてかえるからね」


 ヘンゼルは筋トレをしながら、グレーテルはSNSをしながら親を待つ。

 しかし、夜になっても親は迎えに来なかった。

「ちょっ、バッテリーヤバすぎて電源落ちたんですけど。うける」

 グレーテルはケラケラと笑いながらモバイルバッテリーをポケットから取り出し、スマホと接続する。

「そろそろタンパク質を補充しなければ、かえって筋肉がしぼんでしまう」

 ヘンゼルは自分の分のパンをちぎり、パンくずを地面に撒いた。

「これで、朝になれば鶏肉が手に入る」

「朝まで待つの、ちょーうける」

「確かに、筋トレ後30分以内にエネルギーを摂取したいところですね」

「てかさ、パンとか全然足りないよね。宅配いっちゃう?」

 グレーテルが言って、スマホを操作する。

 SNSなどの収益がかなりあったグレーテルは、お金には困っていなかった。

「俺、牛丼で」

「マジか。宅配で牛丼かよ。じゃあ、私はピザとハンバーガー」

 程なくして、どこからともなくやって来た宅配の人が注文した食品を届けてくれて、二人は夕食をとった。

「てか、さっきの宅配の人に道聞けばよかったんじゃね?」

「星や月や、日中なら太陽の位置を見ればどちらの方角に家があるのかくらいはわかりますよ。帰りますか?」

「え、なにそれヤバイじゃん」

 こうしてヘンゼルとグレーテルは家に無事帰りついた。




「今度こそ、森に置き去りにするよ」

 まま母が赤字だらけの家計簿を睨みつけながら低く唸るように言う。父親は渋るが、老後二千万という呪文に怯んで最後には一応納得した。


「あの、子どもを労働に巻き込むの止めてもらえませんか? 教育の義務を放棄するのって、憲法違反じゃないんですか?」

「えー、森とかマジ何もないし、どうせならテーマパークとか行きたいんですけど」

 まま母は歪みそうになる顔を気合で笑顔に固定する。父親はおろおろするばかりだ。

「これから森にたきつけの木を拾いに行くよ。さっさとおし」

 まま母に急き立てられ、ヘンゼルとグレーテルはしぶしぶ両親について森へ行く。

 森の奥へ奥へとしばらく歩いて行くと、父親がたきぎを集めて火をおこした。

「さあ、こどもたち、ふたりともそこにじっといればいいのだよ。くたびれたらすこし寝てもかまわないよ。わたしたちは、森で木をきって来て、夕方、しごとがおしまいになれば、もどって来て、いっしょにうちにつれてかえるからね」


 ヘンゼルはHIITをしながら、グレーテルは果物ゲームの生配信をしながら親を待つ。

 しかし、夜になっても親は迎えに来なかった。

「ちょっ、デジャヴなんですけど。うける」

「帰り道は任せておけ」

「あ、ちょい待ち」

 グレーテルはスマホを操作して、目を輝かせる。

「なんか、この辺りにすごい建物あるらしいんですけど。うける」

「こんな森の中に建物があるなんて信じられませんね」

「えーと、『おかしの家』? え、マジで?」

「糖質と飽和脂肪酸の塊か」

「ふーん? あっちにあるの? 西の瓜も見飽きたし、みんなもそうっしょ? よし、行ってみるか。行くぞー、リスナーたち!」

「プロテインもあるといいなあ」


 夜の森をグレーテルの先導で進む。時折飛び出してくる獣をヘンゼルが叩きのめしながら、二人はおかしの家へ向かって歩き続ける。

 しばらく歩いて行くと、白い鳥がとてもいい声で歌っていた。ヘンゼルがタンパクシツと呟くと、鳥はピタリと歌うのを止めて飛び立った。ヘンゼルとグレーテルの行く手を先導するかのように飛ぶ白い鳥を眺めていると、小鳥は、唐突に現れたかわいい小屋の屋根に止まる。

 かわいい小屋はパンでできていて、屋根はお菓子でふいてあった。おまけに、窓はぴかぴかするお砂糖だった。

「うわっ、甘ったるい匂いマジやばい」

「過剰にカロリーを摂取するのは体に良くないですね」

「てかさ、どうせなら洋菓子? ケーキ? とかそーゆうバエる感じのにしてほしいんですけど」

「甘味は甘ければ何でもいいわけではありませんからね」

 ヘンゼルとグレーテルとおそらくグレーテルのリスナーたちに言われたい放題したおかしの家は、ブルンと大きく揺れると、まるで魔法のようにおかしの家からケーキの家に姿を変えた。

「うわっ、見るからに胸やけヤバイ」

「バターとマーガリンと砂糖と生クリームの過剰摂取は体に良くないですね」

「バエるかもだけど、それだけって感じ? 今って健康志向の時代だし? 和菓子とかのがいんじゃね?」

「和食は塩分に目をつぶればかなり評価の高い食事ですからね」

 ヘンゼルとグレーテルとおそらくグレーテルのリスナーたちに言われたい放題したケーキの家は、ブルンと大きく揺れると、今度は和菓子の家に姿を変えた。

「うわっ、地味。もっとやりようあるっしょ? 今風な抹茶パフェくらい出せよ。小豆以外の選択肢無しかよ」

「炭水化物爆弾ですね」

「てか結局健康でもないし。ただ地味になっただけとか」

「タンパク質が足りていないですね」


 ばん、と乱暴にドアが開き、中から年老いた女性が般若の顔をして出てくる。

「注文が多いんだよ! いいからもう、さっさと食べろ、そしてわしの食事になっておしまい!」

 老女が杖をつきながらヘンゼルとグレーテルに迫る。

 しかし、そこに別の配信者たちや配信を見てやって来たリスナーたちがわらわらと姿を現した。

「すごい、みなさん、これが噂のおかしの家です!」

「え、なんであんこまみれなの?」

「おー、配信主マジでいる。すげー」

「違法建築もここまでくると凄いとしか……」

「あ、この家の主らしき老婆が! すみませーん!」

 老女とおかしの家はあっという間に取り囲まれてしまった。

 ヘンゼルとグレーテルその混乱に乗じてそっと離れ、たき火をしていた場所まで戻っていった。


「帰りますか?」

 ヘンゼルが言うと、グレーテルは首を横に振った。

「や、二度あることは三度あるだし。もう帰んなくてもいんじゃね?」

「それもそうですね。じゃあ、どうします?」

「とりま、住む家探す感じで。なんかさっきのおかしの家の配信、同接ヤバかったし、今もPV上がりまくってるし、お金はこれでなんとかなるっしょ」

「そうですか。さすがグレーテルですね」

「ヘンゼルがいたから夜の森を歩き回れたんだって。じゃ、まずは森から出よっか。道案内よろ!」

「任せろ!」


 こうしてヘンゼルとグレーテルは二人仲良くたくましく生きていくのだった。

 ちなみにまま母と父親は相も変わらず貧乏にあえぎ、魔女は配信者たちに追いかけまわされて逃げ回っているんだとか。

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