第6話「大好きだよ」
「サントス氏、及びエミリー氏とお見受けする。捕鯨条約違反で捕縛させてもらう」
「な…何だ、あんた…ら…」
銃口を突きつけられ反論できない。軍隊の先頭にシーデンボリーが立っていた。彼はこの3年間で『星屑の鯨』の力を計測するレーダーを開発していた。そして、先ほどの川釣りの時のコーデリアの変化を捕らえていた。
「連れていけ、抵抗したら射殺して構わん」
「はっ」
「コーデリア!!」
「サントスさん!!エミリーさん!!」
「お前ら、彼女には手を出すな!!俺たちは…」
「何だ?親とでも言いたいのか?」
「なっ…!?」
「これも仕事でね。そこの未熟な鯨がようやく網にかかってくれた。これで我が政府は世界を制することができる」
「このっ…」
殴りかかるサントス。軍人に敵うはずがない。そんなことはどうでもいい。彼女を助けるのにそんな理由は要らない。
「撃て」
ダーーーーーン……………。
その非常な銃弾はサントスの左胸を貫く。
「…サント…スさん…?」
返事は無い。ただ崩れ落ち、赤い液体が川に流れていく。
「サントスさん!!」
その時、コーデリアの感情が爆発する。赤い星屑に包まれる空間。間違いなく彼女の力の暴走だった。
「あああああああああああああああ!!」
「な、何だこの異常な重力場は…!?」
怒りのあまり我を忘れるコーデリアの力。その圧力は空間を歪ませ、人間は塵と化す。
「こ…コーデリア…!!やめて、コーデリアーァぁッあーーー!!」
エミリーの悲痛な叫びは彼女には届かない。
コーデリアの力が暴走しかけたその時、更なる強大な圧力がシーデンボリーと軍隊を圧し潰した。コーデリアはその力に覚えがあった。
そして、その力はサントスを蘇生させ、神々しい姿を現す。
「お父さん…?お母さん!!」
それはコーデリアの本当の両親。人間に擬態しながら、この半年間、彼女を探し続けていた。
この隙に皆は安全な場所に避難し、事なきを得た。
「シュレディンガー…よく無事で…良かった…」
コーデリアはその言葉に涙が止まらない。
「サントスさん、エミリーさん。この度は娘の面倒を見てくださって、ありがとうございました。何とお礼をすればいいやら
…」
礼儀正しいコーデリアの両親に恐縮する、サントスだった。
「いえ、とんでもない。でもなぜ、この場所が?」
サントスの疑問にコーデリア…シュレディンガーの母親は、
「事情は先達の二人から、テレパシーで聴いていました。でもこの子は幼いため、まだテレパシーを使えません。ですから、強大な力を感知する他なかったのです」
なるほど、それで先ほどのコーデリアの力の暴走を感知し、飛んできたという訳か。おかげでサントスは命拾いをした。
「よかった…じゃあ、これからは親子水入らずで、地球で過ごせるんですね?」
安堵したサントスのその言葉に、コーデリアの両親の顔が曇る。
「それが…この度、我々が生活できる銀河が、何十億年ぶりにようやく見つかったのです。我々は地球を離れ、そこで生活するつもりでいます」
「ということは、この子とは…」
「申し上げにくいですが…」
事情を察するサントスとエミリー。
「やだ!!」
そう声をあげたのはコーデリアだった。
「やだよ!!私たちだけでも地球に残ろうよ!!」
その声には涙が混じっている。だが、
「シュレディンガー…それは無理なんだ。我々はこの星に長い間、負荷を与えすぎていた。このままでは、崩落する危険性がある」
答えは決まっている。しかし、子供が判断するには、あまりに酷なものだった。
「そんな…サントスさん、エミリーさん、私どうしたら…」
「…行きなさい、コーデリア。あんなに会いたかった、お父さんとお母さんでしょ?」
断腸の思いでエミリーはコーデリアを突き放す。決してコーデリアの顔を見ようとはしない。
「サントスさん…」
サントスはあえて笑顔で、
「ありがとう、コーデリア。きっと親の気持ちというのは、こういうものなんだな」
彼女との半年は短いものだが、何とも濃密な時間だった。この時間を忘れることは無理だ。不可能だ。
「例えどんなに離れても、種族が違えども、俺らは家族だ。絶対忘れない」
サントスはコーデリアの顔が見れなかった。言葉を振り絞り、別れを告げる。
「行くよ…シュレディンガー」
「…ありがとう、サントスさん!!エミリーさん!!」
「…大好きだよ」
そう言い残すとコーデリアは両親共々、鯨の姿に戻り、星の海へ旅立って行った。
「泣いてるの?サントス」
「…こんな時くらいいいじゃないか…君もね…」
「…そうだね…ねえ私たち、良い親だったかな?」
「それは…まだわからない…かもね…」
こうして、ノルウェーの長くて短い半年間は去っていった。
◇ ◆ ◇ ◇ ◆ ◇ ◇ ◆ ◇
そして、後にサントスとエミリーは結婚。
二人の間に娘が生まれ、その子が8歳のころのことだった。
「ねえ、ママ。私にお姉ちゃんがいるって本当?」
娘に尋ねられるエミリー。
「ええ。コーデリア…っていうのよ?」
「えー?私とおんなじ名前じゃん、変なのー」
「…ふふっ、そうね」
エミリーはくすりと笑う。そしてサントスは今日も釣りに出た。
そして毎年「あの子」と出会った日には必ず、オルボス湖へ出向き、カナディアンシチューを食べるのが恒例だ。
来年のあの地方では流星群が見られるらしい。これはぜひとも、家族で見に行かねばと、カレンダーにマークを書き込む。
あの暗い宇宙には、まだまだ知らないことがたくさんあるだろう。
娘が少しでも好奇心を持ってくれれば嬉しいのだが。と密やかに思う親心がそこにはあった。
便り無ければ、平穏無事の証。それで良し…なのだ。
ノルウェーの太公望と星屑の鯨 はた @HAtA99
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