第6話「大好きだよ」
興味本位で洞穴を探検していたトマス少年。彼は不覚にも竪穴に落ちてしまった。そこに探しに来たコーデリアも落ちてきた。お互いの頭をぶつけた二人。かなりの鈍痛だ。
「いたたた…。だ、大丈夫?トマス君?」
「…大丈夫って言いたいけどな…痛っ!!」
トマスは足に怪我を負っていた。最悪、折れている。竪穴はかなりの深さで成人男子でも、登るのは困難な深さだ。深刻な状況に、トマスは途方に暮れていた。
「どうする?こりゃサントスさんたちを呼んでも、登れそうにないぜ?ごめんな、コーデリア。俺のせいで…」
「いや、それ自体は大したことじゃないんだけど」
「?」
コーデリアはトマスとは別の意味で困っていた。「力」を使えば、脱出は容易い。しかしそれは、自分の正体を明かすことになる。そうなれば、混乱が起きるのは目に見えている。
だが、コーデリアに迷いはない。彼女はサントスの言葉を思い出していた。持っている力を使うのは、時として悪いことじゃない。こういう窮地には使うべきだ。保身は要らない。
コーデリアは決意すると、手を上にかざす。すると、光のつぶてが集まってくる。何とも幻想的で美しい。そして、狙いを澄まして、後は放つのみ。トマスは理解が遅れる。
「こ…コーデリア?これは一体…?」
「はあっ!!」
コーデリアの放った光の奔流は、岩盤を突き破り空が見える。はずだった。しかし、開いたのは直径10cm程度の小さな穴。コーデリアは予想外の状態で冷や汗が出ている。
彼女は人間に擬態していた時間が長すぎて、力をほとんど失っていた。思惑が外れたコーデリアはトマスと顔を見合わせる。流石の彼女もパニックだった。
「…どうしよう」
「どうしよう…も、何も。今のは何?何かジャパニーズコミックみたいのが出たけど…」
その時、先ほどのコーデリアのものとは比べ物にならない光線で、岩盤が消滅した。上には青い空が見えている。そして、二人の体は念道力で浮き上がり、無事救助された。
「コーデリア!!大丈夫か!?」
「心配したわよ、もー…でも」
ミシェルとシェイミーに事情を聴いて駆けつけていた、サントスとエミリーが二人の生存を確認し、安堵していた。そして上空には二人の若い夫婦が浮かんでいた。もしや…。
「あなた方はまさか…」
「ご推察の通り」
「お、お父さん、お母さん!!」
それはコーデリアの本当の両親だった。トマスが足を怪我しているのを見ると、手をかざし、あっという間に治療してしまった。人間に擬態しながら、この半年間、彼女を探し続けていた。
「サントスさん、エミリーさん。この度は娘の面倒を見てくださって。何とお礼を申せばいいのやら…」
礼儀正しいコーデリアの両親に恐縮する、サントスだった。
「いえ、とんでもない。でもなぜ、この場所が?」
サントスの疑問にコーデリア…シュレディンガーの母親は、
「事情は先達の二人から、テレパシーで聴いていました。でもこの子は幼いため、まだ力の全てを使えません。ですから、星屑の力を感知する他なかったのです」
なるほど、先ほどコーデリアが使った力が狼煙替わりなったという訳か。あながち無駄でもなかった。ちなみに子供たちは、狐につままれたように、ポカーンとしている。
「よかった…じゃあ、これからは親子水入らずで、地球で過ごせるんですね?良かったじゃないか、コーデリア!!」
安堵したサントスのその言葉に、コーデリアの両親の顔が曇る。事はそう簡単なものではないらしい。流石のコーデリアも察した。コーデリアの母親が申し訳なさそうに説明する。
「それが…この度、我々が生活できる銀河が、何十億年ぶりにようやく見つかったのです。我々は地球を離れ、そこで生活するつもりでいます。ですので、これ以上この星にいるのは…」
この言葉の意味が分からないほど、二人は愚かではない。
「ということは、この子とは…」
「申し上げにくいですが…」
事情を察するサントスとエミリー。
「やだ!!」
そう声をあげたのはコーデリアだった。
「やだよ!!私たちだけでも地球に残ろうよ!!」
その声には涙が混じっている。だが、
「シュレディンガー…それは無理だ。我々はこの星に長い間、負荷を与えすぎていたんだ。このままでは、崩落する危険性がある。星を殺すことになる」
結論は出ている。だが、サントスとエミリーは言葉にできない。思えば、この半年間は本当に楽しかった。事情はあまり分からないが、ここで言葉を出したのはトマスたち、子供だった。
「…行きなよ。よくわかんねぇけど、その人らが本当の親御さんなんだろ?何か宙に浮いてるけど」
「私もお父さん、お母さんと離れてたらやっぱり寂しいよ」
「もう会えないのは悲しいけど…うん…ぐすっ…」
子供たちの毅然とした態度を見て、二人も言葉を紡ぐ。
「コーデリア…この半年間の事は、絶対忘れないから」
「子供の頃はうんとわがまま言って、幸せになるんだよ」
二人の言葉を受け、擬態を解く星屑の鯨。やはりその姿は神々しく、美しさに息を飲む。子供たちはそのスケールの大きさに、ただただ驚き、サントスとエミリーは決して目をそらさない。
『行くよ…シュレディンガー』
『…ありがとう、サントスさん!!エミリーさん!!トマス!!ミシェル!!シェイミー!!あなた達のことは絶対、忘れない!!』
『…大好きだよ』
その言葉と共に、三匹の鯨ははるかなる空へと泳いでいく。その日のノルウェーでは昼間だというのに、輝かしい星空を観測したという。それは涙のように儚く、美しいものだった。
◇ ◆ ◇ ◇ ◆ ◇ ◇ ◆ ◇ ◇ ◆ ◇
そして、後にサントスとエミリーは結婚。二人の間に娘が生まれ、愛情を注いで育てていた。その子が8歳の頃のことだった。
「ねえ、ママ。私にお姉ちゃんがいるって本当?」
娘に尋ねられるエミリー。
「ええ。コーデリア…っていうのよ?」
「えー?私とおんなじ名前じゃん、変なのー」
「…ふふっ、そうね」
エミリーはくすりと笑う。そしてサントスは今日も釣りに出た。そして毎年「あの子」と出会った日には必ず、オルボス湖へ出向き、カナディアンシチューを食べるのが恒例だ。
来年のあの地方では流星群が見られるらしい。これはぜひとも、家族で見に行かねばと、カレンダーにマークを書き込む。トマスたちもその日は集まってくれるという。
娘が少しでも好奇心を持ってくれれば嬉しいのだが。と密やかに思う親心がそこにはあった。便り無ければ、平穏無事の証。それで良し…なのだ。
『短編』ノルウェーの太公望と星屑の鯨 はた @HAtA99
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