輝け! シャイニングTimpoチャンバラ!~オリンピック編~

海野しぃる

輝け! シャイニングTimpoチャンバラ!~世界大会編~

「いかんな少年……少しTimpoが硬いぞ……力を抜け」


 柔らかな白い指が肩にかかって、それから手のひらが優しく添えられる。


「押忍……師匠!」


 力を抜いて両肩に触れた手に身を任せると、師匠の腕が僕の腕に絡みつき、そのまま師匠の体が僕の体に強く押し付けられた。


「元々、剣道をやっているならこの構えが良い。Timpoチャンバラには様々な構えがあるが、競技経験者はそのクセを活かすんだ」


 言われた通り、僕は慣れた構えへ移行する。

 師匠の柔らかな胸に自分が包まれ、その一部になっていると思いこんで、そのまま全身の力を抜いた。


「良いぞ、真っ直ぐな中段の構えだ。私の弟子になるからといって何もかも私と同じじゃなくていいんだ。少年には少年のTimpoがある」


 吐息が耳を掠めていく距離で、僕の心臓はバクバクと早鐘を打っていた。


「今こそTimpoに力を込めてみろ……ああいいぞ、ほうほう、それが……ご立派じゃあないか、少年。こんなもので貫かれたらひとたまりも無いな……」


 師匠の指が僕のTimpoを根本から先端まで、ゆっくりとなぞっていく。

 進化した人類が得た第六の感覚器官でもあるTimpoは、生身の肉体で得られる以上の情報を僕に与えてくれる。

 師匠の指に流れる血の温度。師匠が好んで使っているシャンプーの香り。僕の腕に絡まって離れないたおやかな腕には、彼女がその気になれば大の男を一方的にねじ伏せる筋肉が詰まっていることも。


「ご立派? そんなにすごいんですか?」

「ふふ、ああそうだとも、Timpoには五色ある。動物的な力を表現する躍動の赤、植物のように旺盛な生命力を表現する生命の緑、金属の頑健さを表現する不動の黒、精神的な働きを深める賢者の白、エネルギーそのものを象徴する原初の金色」

「僕のTimpoは……」

「ああ、立派な赤だ。赤は良い。シャイニングTimpoチャンバラはスポーツだ。赤のTimpoは運動能力を高める。赤Timpoのチャンバリストは毎日修行するだけで順当に強く固く大きく育っていく」

「師匠、じゃあ、僕は……!」

「そうとも、君は強くなれる。2028年のネオロサンゼルスシャイニングTimpoチャンバラ男子部門のメダリストは……君かもしれないぜ?」


 自分でも、瞳を輝かせていたと思う。

 そんな僕のTimpoを強く握って、びっくりする僕を見て、師匠は笑っていた。


     *


 パチィン、パァン、パンパンパァン、花火だろうか、いいやTimpoだ。

 TimpoとTimpoがSeikiを煌めかせながらぶつかり合っている。


「見えるか少年、あれがSeikiだ。Timpoチャンバラにおいて、最も重要なのがSeikiの管理になってくる。私の故郷の日本では気とも言う。本来は目に見えない力を指す言葉だったが、人類は第六感覚器官Timpoを手にしたことでSeikiの流れを見ることも可能となった」

「押忍、師匠。ところでなんで僕は師匠の膝の上に」

「招待席だ、人目は気にするな。みんな顔見知りみたいなものさ……」


 僕と師匠が修行を始めてから一ヶ月が経った。

 元から竹刀を振っていた経験もあったので、Timpoチャンバラそのものにもすぐ慣れてきた。

 そんな時だ、師匠が僕を国際親善試合に連れて行ってくれたのは。


「あっ、喉、喉はやめ……」


 師匠は僕の喉を撫でさすりながら、マイペースに解説を続けていた。

 この人は根本的に人の話を聞かない。この一ヶ月で学んだことだ。


「声変わり前の少年の喉とは尊いな……じゃなくて今見ているようなプロ同士の戦いではSeikiを用いるのが当然のレギュレーションになる。Seikiによる補助がなければシャイニングTimpoチャンバラはただのスポーツチャンバラになってしまうからな」

「アマチュア同士では違うのですか?」

「アマチュア、それとジュニア部門ではSeikiの使用が禁止されている事が多い。幼い頃から過度のSeikiを使用させること、それを強要することは虐待とみなされる」

「でも人間なら誰もが持っている生命のエネルギーですよね?」

「だからこそだよ、見ていろ」


 ピッチリとしたボディスーツを着たお兄さんが、対戦相手のガッシリしたお兄さんの背後に一瞬で回り込み、Timpoに束帯させた純白のSeikiを解き放つ。

 薙刀型のTimpoを、ピッチリしたボディスーツのお兄さんが振り上げると同時に、光の柱がガッシリしたお兄さんをアリーナの天井に叩きつける。


「決まった!?」

「まだだ。マーラー選手の黄金Timpoはここからが怖い」


 ガッシリしたお兄さん――マーラー選手は白い光で天井に押さえつけられていたが、その姿のままで金色の光に包まれた。

 損傷した防具からチラチラと覗いてしまうエッチな部分を光で隠しながら、あえて防御姿勢はとらず、己の肉体美を強調するようなポージングをとった。

 刹那、ボディスーツのお兄さんが出した白濁した光を弾き、金色の光が逆に試合会場全体を埋め尽くした。

 続いて地面で巻き起こる連続した爆発。閃光で視界を覆われ、直後に鼓膜を震わせる轟音。会場内部で巻き起こる爆風と振動が最後に伝わってくる。それがいくつも、いくつも、いくつも、いくつも。


「IPPON! 勝者グスタフ・マーラー!」


 レフェリーが旗を上げる。

 決着だ。


「せっかく狭い会場だったんだ……雪杉ゆきすぎも近接戦で攻め続けるべきだったんだがな……」


 師匠がボソリとつぶやく。先ほどまで薙刀型Timpoでマーラー選手を追い詰めていた雪杉選手は、悔しそうな顔で地面に寝転んでいる。

 ほぼ全裸だがセンシティブな部分はSeikiの光で隠されている。あれっ、Seikiが見えない人からしたら見えちゃうんじゃないか? だがこの会場に来ている人間はそんなこと気にしないらしい。

 ともかくTimpoチャンバラの防具の安全性には素直に驚くばかりだ。剣道にもこれを導入すればいいのに、とさえ思う。


「さて少年」

「は、はい!」

「今見た通り、Seikiを使うことで試合の危険度は跳ね上がる。公式試合で使われる防具は人間が常に垂れ流すSeikiを吸収して着用者を保護する機能を持っているが、Seikiを扱えるチャンバリストがTimpoを握ればそれは武器を持っているのとそう変わらないんだ。君がクラスメイトを守る為に立ち向かった不良もTimpoからビームを撃っていただろう?」

「はい、結構痛かったです」

「あれだってSeikiで保護されないものに撃てば黒焦げになる。君が飛び出していって無事だったのは、君の体内に大量のSeikiがあって、それで体を保護していたからなんだ」

「僕もTimpoからビームを撃てますか?」

「撃てるとも、けど、君の強みはTimpoビームにはない。あえて言おう、君はビームを撃つな」

「え? でも、大会にでてる選手も、Timpoヤンキーもビームくらい撃つじゃないですか。なのになんで……」


 師匠が着ていたワイシャツの首のボタンを外す。

 師匠の好きな香水の匂いが汗とともにフワッと立ち上った。


「それは後でたっぷり教えてあげよう。今晩、私の家に来い。良いな?」

「お、お泊りですか?」

「親御さんには私からよく説明しておくよ、いいね?」

「押忍……よろしくお願いします……! 母も師匠から電話が来たら喜びますよ、ファンなので」

「くく、良い返事だ。今夜は特訓だ。眠らせてやらないからな」


 招待席の他の観客のことなんて、この時の僕にはまだ見えてなかった。

 実のところ、プライバシー保護用の音波光波拡散フィールドで包まれた招待席には、僕と同じように将来を見込まれた若きチャンバリストたちが居た。

 それを僕が――否、僕たちが知るのはもう少し先のことになる。


     *


「さ、ここが私の寝室だ。パジャマは着たか? 歯は磨いたか? 飲み物はハーブティーしかなかったんだけどいいかな?」

「枕でっかいですね。広すぎませんか? 一人暮らしなんですか?」

「パートナーは居ないよ。彼氏も彼女も夫も妻も居ない」


 師匠に恋人の類は居ない。ちょっと安心した。

 強くて格好いい師匠が、強くて格好いい以外の甘えた顔を誰かに向けていることを想像するだけで僕は頭がおかしくなって死んでしまうかもしれない……!

 でも少しだけ、師匠に好きだと言われたい……気持ちもある。僕から見たら年上のお姉さんで、僕よりずっと強いんだから、僕のことなんてただの子供としか思ってないかもしれないが、でも、父さんのことを話してくれる母さんのような顔を、僕にだけしてほしいと思う時も……。


「それに、だ。デカいベッドもデカい枕も良いぞ。両手足を大きく広げて寝ると気分が良い。最高の成績は最高の寝床から生まれるわけだ。ああそうそう、寝床から生まれると言ってもエッチな意味ではないぞ」

「エッチな意味……!?」

「急に反応するな全力少年。そんな澄み切った瞳で私を見るな。君のお母様に申し訳が立たないから、艶っぽい話は君が成人してからな。これから私たちは二人で寝ることになるがこれは決していやらしいものではなく……」

「……? ? ? 二人で寝ると……何かあるんですか?」

「えっ」

「えっ」

「あ、あー……」

「な、なんですその反応! 師匠! 今の気まずそうな間! なんで目をそらすんですか!」

「ごめん、私が悪かった。毛布を敷こう、な。修行だから、大丈夫だから」

「お……押忍!」


 師匠がサッと淹れてくれたハーブティーを飲みながら、僕は毛布に包まった。

 そしてやたらデカい枕に師匠も頭を埋めた。


「さて、先ほど、ジュニアの部ではチャンバリストにSeikiを使わせないことが多いと言ったと思うが――単純な危険性以外にも実は問題がある」

「問題?」

。選手としてはこれが致命的だ」

「Seikiを放って弱くなるんですか!?」

Seikiの基本的な機能は身体能力の向上やTimpoの攻撃力・防御力・攻撃範囲の変更だ。それは試合を見て分かったな?」

「はい、選手の皆さんは人間とは思えない動きをしていました」

「一般的にそれらは励起イレクションと呼ばれる扱い方だ。しかしSeikiには別の使い方もある。射発バーストだ」

射発バースト……」

「マーラー選手が試合会場を爆撃していただろう? あれはマーラー選手の射発バースト怒りの日ディエス・イレ”だな。黄金のSeikiをTimpoから大量に解き放って」

「じゃあ雪杉選手の瞬間移動も射発バースト?」

「そうだ。あれは“雪風フェアリーステップ”という名前がついている」

「どっちもすっごい強そうだったんですけど」

「当たり前だ。二人共若い頃から師匠についてたっぷりシゴかれてきたんだからな。射発バーストは一人に一つの必殺技、素人が思いつきで決めたら使い道の無いハズレ射発バーストになり、結果的に選手生命を終わらせる危険がある」

「つまり子どもの内から無理に射発バーストしようとすると、Timpoの成長に悪影響を与えるってことですか」

「よく分かっているじゃないか。若者の未来というのは守り慈しむものだからな……」


 師匠の足が僕の足に絡まる。

 今はTimpoを装着していないが、それでも分かる。

 触れ合う肌と肌を通じて伝わってくる優しい体温が。

 僕のことを思ってくれているその感情が。


「はぁ……はぁ……いけない、少しお茶を熱くしすぎたせいかな、火照ってきてしまったよ。修行に影響が出てしまうと不味いな」

「師匠、大丈夫ですか? 修行ってこの後寝るんじゃないんですか?」

「昼間の内に寝かさないと言っただろうが。君にはTimpoを通じて私とSeikiをつなげたまま夢を見てもらう。その中で『励起イレクションをする私の感覚』『射発バーストしている私の感覚』を体験してもらう。二人でイクんだ、いいね?」

「はい、師匠!」


 高鳴る胸とは裏腹に、僕の意識はまっすぐに闇の中へと落ちていった。


     *


 目が覚めるとそこは砂浜だった。

 無限に広がる青い海、青い空、世界中でまるで二人きりになったみたいだねと微笑む師匠。

 世界はこんなにもシンプルで、こんなにも寂しい。


「何が起きているのでしょうか」

「膝枕、だよ」


 僕を眺めて微笑む師匠。

 師匠を眺めて微笑む僕。

 どちらがどちらか、曖昧になって、太もも/後頭部に伝わる柔らかい/硬い感触がどこか心地よくて。


「ほら、分かるか、私の体だ」


 長い腕。長い脚。短く揃えた髪。高い視座。


「君は、私の、月野ケイの肉体を使っている。おっぱいとか触ったらあとで怖いぞ」

「おっ、さ、さわりません!」


 咄嗟に両腕を広げようとすると確かに師匠の両腕が広がっている。

 思う通りに腕が動くことに驚いて、腕を上げ下げしたり、手を握ったり開いたりして、身体の状況を確認しなおした。

 体を動かす度に、言語化しがたい感覚があって、それに身を委ねているとそうそう不自然なこともなく、それなりにそれらしく動いた。


「だが触りたいだろう……だから私が触っておいてやろう」

「やめてください!?」

「何を心配している。君の肉体を使っている私が、私の肉体を余す所なく楽しむだけだ。見ろ、私のような美女、私だって触りたくなる……自分の身体で自分を触っても面白くないからな」

「子供相手に何話しているんですか師匠~!」

「悪い悪い、からかいすぎた。今、君の身体は私の射発バースト霊魂疾走ゴーストダイブ”の影響を受けている。Seikiを通じて互いが互いの肉体を操っている」

「要は魂が入れ替わったってことですよね?」

「そうだ。その状態でTimpoを握り、励起イレクションしたいと思ってみろ。そうすると私の身体は自然に励起イレクションするはずだ。どうやってTimpoを使うか、Seikiを纏うか、身体で覚えているからな」

「押忍!」

「その間に私は君の青く瑞々しいボディをあちこち開発しつつ、身体のクセを把握する。私は理論よりも感覚派でね。こうやって実際の感覚を知った上で指導したいのさ」

「開発って……土地じゃないんですよ」

「えっ、ああ……ゴメンネ」


 僕の顔で気まずそうに目をそらす師匠。一体何がどうしたんだろう。

 もしかして……エッチなことなのか?


「まずは右腕を上げて、手のひらに噴水があって水が吹き出すイメージをしてみなさい。Seikiをいっぱい出すんだ」

「押忍」


 言われたとおりにすると腰に差していた小太刀型のTimpoが緑色に輝き、手のひらからは緑というよりも青みがかった碧色のSeikiが溢れ出してきた。


「それ、全身でいける?」

「い、いけますけど……」

「どうした」

「全身むずむずします……! なんか痺れたような、うずうずするような」

「不快か?」

「い、いえ、マッサージされているみたいで気持ち良いです……」

「じゃあ心配ない。Seikiいっぱい出そうか。大丈夫大丈夫怖くないよ。右手だけでこんなに気持ち良いなら、全身から出したらもう最高だぞ。全身Timpoになっちゃうからな」

「全身から……」

「ほら出しちゃえ、出しちゃえ、できるよ少年❤」


 夢の中だからだろうか。

 師匠の声はずっとそのままで、僕にSeikiを出せと促してくる。

 その声はどこか甘くて、聞いているだけで体の奥からうずうずとして、腕だけでなく、全身から碧色のSeikiがとめどなく溢れていた。


「それが励起イレクションだ。これを維持して戦うのがシャイニングTimpoチャンバラの基本だな……」

「で、でも師匠……こんな気持良いまま戦えません……ッ!」

「甘えるな!」


 僕の身体に入った師匠の手が、僕のTimpoを叩く。

 ビリビリとした刺激がTimpoから脳へと駆け上がって、僕は思わず大きな声を出して、全身を大きく震わせていた。


「シャイニングTimpoチャンバラに励むチャンバリストは常に限界まで感度を上げて戦っている!」

「感度……?」

「敏感さ、だな……一般的には30倍くらいに設定しておくと相手の攻撃の予兆も感じ取ることができるぞ。ただ逆に耐久系のチャンバリストなら2倍から5倍くらいで止めておくこともあるな。余ったSeikiを防具に割り振るんだ」

「こんなの……耐えられない……! 全身がむずむずします師匠……!」

「それはお前の身体がこの私の身体だからだ。尽きぬ生命力を持つ緑のTimpoを持つ人間の身体では、己が練り上げるSeikiに耐えられないことがある」

「じゃ、じゃあ僕の身体で励起イレクションをしたら……」

「ああそうだな、赤のTimpoは躍動、肉体的な活動を賦活する赤TimpoであればSeikiを大量に纏って感度を上げ続けても耐えられるかもしれない」


 師匠は僕の額に手を当てる。


「だから言ったんだ。お前は強くなれる、と」


 すると、僕の身体の励起イレクションが突然治まった。


「これは……師匠」

「お前の励起イレクションを強制的に断ち切った。Seikiを相手に注ぎ込めばこういうこともできるのさ」

「僕にもできますか?」

「不要だ。これは私が赤じゃなかったから必要だっただけの技術だ」

「赤のTimpoはやらなくてもいいんですか?」

「そうだ。お前の身体はいくら感度を上げても全身の穴という穴から液体という液体を情けなく垂れ流しながら嬌声をあげなくても良い。分かるな、お前は強い。感度も、それに身体能力も、Timpoそのものの強度も、Seikiのある限り向上していく。赤のTimpoは基礎を極めるただそれだけで必殺の一撃になる」

「押忍! 師匠、きょうせいとはなんでしょう!」

「それはまだ知らなくて良い!」

「押忍!」

「じゃあ夢での修行はこれまでだ。励起イレクションの感覚を覚えておけ。その状態でしばらくスパーリングをしたあと、慣れてきたら射発バーストの開発へと移る」

「この後はどうするんですか?」

 

 師匠は静かに頷くだけだ。

 視界が一気に真っ白になり――気づけば夢は終わっていた。


     *


 打つも果てるも一つの命とは言うが――Timpoで打ち合ったら果てると同時にひとつの命が生まれそうだ。

 あれから四年の月日が過ぎた。

 ネオロサンゼルスオリンピック開催がすぐそこまで迫っていた。


「Timpo警察だ! 抵抗するなよ!」


 真紅のTimpoを奮い立たせながら、僕は国際指名手配犯のアジトに乗り込んだ。

 Timpo警察、それが今の僕の立場だ。


! 無許可Timpo励起罪と不同意性交等罪により逮捕する!」

「師匠と呼べよ、つれないね」


 とある大富豪の別荘に、師匠は――月野ケイは居た。

 Timpoによる宇宙征服を狙う悪の剣士――そして社会的地位を盾に少年ばかりを性的に付け狙う最悪の女。

 僕にとって師匠は、もう――


「あんたは――あんたはもう師匠でもなんでも――ない!」

「泣けるね。じゃあ誰が君のTimpoを鍛えたんだか」


 師匠は小太刀型の緑Timpoを長いスカートのスリットからボロンと露出する。


「……あんただよ」


 僕は長剣型の赤Timpoをホルスターから引き抜いた。

 Seikiで強化した肉体で加速――三倍。光る刃と刃が交差する。


「僕はあなたが好きだった」

「奇遇だね。私もだ」


 師匠のSeikiが僕のTimpoを犯す。放置すれば肉体を奪われ、Seikiの強制停止もありうる。そうなる前に師匠の腹を蹴り飛ばし、一気に距離を取る。

 Seikiで蹴りを防がれてしまったので、致命傷にはならなかったが、師匠の射発バーストはもろに受けずに済んだ。


「どうして……どうしてダークチャンバリストなんかになったんですか!」

「それを聞きたければ私を倒して、ねじ伏せて、這いつくばって命乞いする私を殴りながら無理やり言わせないとダメだなあ……できる?」

「エゴばかり大きくして! そんなめちゃくちゃな欲望に僕以外何人突き合わせてきた!」

「君が悪いんだよ師匠のものになれよ! 弟子らしくさあ!」

「僕はあんたの父親でも恋人でも弟でも息子でもないんだ! 分かれよ!」

「なってほしかったんだよ! 君に!」


 赤のTimpoで練り上げたSeikiによる斬撃を小太刀だけで器用に受け止める師匠。

 やっぱり師匠はすごい。

 Seikiを自分の肉体に向けて大量に使うのは危険だから、高密度のSeikiを練り上げた小太刀と最小限のモーションで相手の攻撃をしのぎ続けている。


「そうやって俺以外の子どもたちも弄んだのかよ!」

「嫉妬しているのかい? 私とともにダークチャンバリストになってくれなかったくせに!」


 勝つには、師匠の射発バーストで肉体の制御を奪われる前に、凄腕の剣豪である師匠からIPPONをとるしかない。

 純粋な手数と出力で押して、押して、押し切る。長期戦になれば無尽蔵のSeikiを生み出せる緑のTimpo相手には不利だから――。

 僕が、射発バーストするしかない。


「僕は――あなたと光の当たる場所で……一緒に居たかったよ」

「君が居ないなら世界でも手にしないと割に合わないのさ」


 師匠、僕たちはどこで間違えたんだろうね。


射発バースト大輝アークライト”」


 全身を巡るSeikiが僕自身の身体すら破壊しかねないほどに熱くなっている。

 これが僕の射発バースト、要するに自爆だ。

 この状態で相手に攻撃を当てた十秒後、強制的に僕のSeikiは止まる。


「その射発バーストは……使わない方が強いって言った筈だぜ? 試合向けだ、こういう命のやり取りの場で使ったら……死ぬぞ」

「昔――師匠は『Timpoは誰かを傷つけるものじゃない! 皆を笑顔にする為にあるんだ!』って言ってくれましたよね」

「今も同じさ。ネオロサンゼルスに設置したTimpoレーザーを起動し、地球へ照射すれば無限絶頂が始まり全生命体は幸福な桃色の光の中で一つになるんだ。Timpoの意思に従え」

「絶対にろくなことにならないだろ」

「あの頃の全肯定弟子はいないんだね――まあいいや、やろうか。君の全力を私が受け止めて、君の頭の中をあの頃に戻してやれば私の勝ち」

「そのまえにふざけたことを抜かす性犯罪者をぶち抜くだけだ……僕のTimpoで!」

射発バースト霊魂疾走ゴーストダイブ”――終局化“月のムーン・レンズ”」


 豪邸の一室が瞬く間に砂浜と大海へと変貌した。

 空間にすら干渉するSeiki、恐ろしいが、恐ろしいだけだ。

 一点突破で本体を殴り抜ければ消える幻に過ぎない。恐怖に飲まれたら負けというだけだ。

 

「イクぞ!」

「来い!」


 まっすぐに。

 まっすぐに。

 まっすぐに進む。

 極限まで進化した僕のTimpoが師匠の胸元へと突き刺さる。

 かわそうとおもえばかわせたはずだ。

 かわせなかった? なぜ?


「強く……なったな」

「…………」

「なれよ、金メダリスト」

「…………」

「なれよ」

「押忍」


 ふ、と師匠が微笑む。

 優しく僕の頭を撫でるその手を……僕はいつまでも払いのけられずにいた。

 “大輝アークライト”の効果だ。もう身体は動かせないし、Seikiも出ない。


「僕は……師匠の見せてくれたTimpoじゃなくて、あの日助けてくれた師匠の姿にあこがれていたんですよ」

「だったら――なってくれよ、ヒーローに」


 僕の背中に小太刀が刺さる。

 それは、師匠の長い腕が僕に突き刺したものだった。


「かつての師匠を倒して世界を救った英雄。そして私の肉体、最強の剣士に」

「な、やめ、師匠……!」

「これでずっと、一緒だよ。少年、君はこれから大人になってもおじいちゃんになっても……私のことを思い、私のSeikiとともに生きるんだ。私が絶命の縛りと引き換えに託したSeikiの光。初恋の思い出くらい大事に抱えて生きてくれよなぁ! はは、あはは……アハハハハハハハハ! あっ」


 口から血を吐き、師匠はそれきり動かなくなった。


     *


「シャイニングTimpoチャンバラ第二試合は――ネオフランス代表ダイキ・ヒルマと日本代表ユキスギ――」


 鐘の音が聞こえる。

 試合がもうすぐ始まる。


『大丈夫かい少年? 緊張で手が震えてるぜ? 私との戦いの傷だって癒えてないじゃないか』


 この悪霊のような女の声も。


「うるさいな……素直に「頑張って」くらい言えば良いじゃないですか」

『手厳しいな。だがそういうのもゾクゾクする❤ だが私にSeikiをいっぱい出されちゃっても自我を保っている君がいけないんだぞ。そんな強い子になっている君の身体の中に居ると考えるだけで頭が沸騰してしまいそうさ』

「師匠、あなたずっと下ネタ言っていたんですね。がっかりです。最低」

『ひぃいいん! 今のもっと! もっとそういうの欲しいな……頼めるかい?』

「試合の後で」

『でもね……私は無知な少年に下ネタを言い続けるだけじゃなくて、朝も夜も私に恋い焦がれて追いかけてくれたひたむきな少年の耳元でエッチな事を言いたいなっていう気持ちと、その後ろに隠れた乙女心を素直に披露したいけど格好いいお姉さんでまだいたいから――』

「それは無理」

『――はみ出してえなあ師匠の立場から! 少年! やっぱ自分を殺せるレベルまで育った弟子に乙女扱いされたいよぉ~!』

「無~理~! 人の体取り戻してから言ってください~! この悪霊~!」


 本当にろくでもない日々は続いている。

 光り輝いて見えたものは、大体偽物だ。


「選手の皆様は入場お願いします」

『アナウンスだぞ少年、さあ、行こう』

「ええ」

『君はさ、Timpoを人殺しの道具にするな』

「俺がTimpoで手にかけるのは後にも先にもあなただけですよ」

『愛の告白みたいだな』

「Timpoは誰かを傷つけるものじゃない」


 立ち上がる。

 会場に向かう。


「シャイニングTimpoチャンバラ! スタンドアップ! レディ!」

『スリー! ツー! ワン!』


 審判の声、師匠の声、会場の声。


「ファイト!」


 光の中へ、僕は飛び出した。

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