持つべきものは友人なのさ!
帝采高校体育館に体育館のフローリングとシューズが擦れる音にバスケットボールをつく音とバスケ部部員の声が響く。俺もバスケ部の一員として声を出すが他の部員の声で搔き消されていることがわかる。
いつもだったら朝練が終われば御厨さんと話せると思うと練習に身が入るのだが、今日はそうはいかない。
なぜなら昨日、御厨さんが謎の宇宙人に意識を乗っ取られ、地球を救うために奮闘していることを知ってしまったからだ。
何を言っているのか分からないだろうが、俺も分からない。
勿論、そんなことで好きな気持ちは変わらないのだが、それはそれとして、どう接すれば良いのか分からないというのが本音である。
「よう、じゅん。どうしたんだ?今日はあまり調子が良くないみたいだけど?」
少しのインターバルの間に同じバスケ部のチームメイトであり、友人の
深山は中学からの知り合いで中学校は別だったものの、同じ塾に通って、同じ高校に受かって、同じバスケ部に入ったため流れで仲良くなった。覆面バイカーこそ見てはいないがその趣味を決して幼児向けと一蹴しない、俺からするといい奴だ。
「ああ。すまん。ちょっと困ったことが起きてな。」
「…ふーん。俺で良けりゃ相談乗るぜ?」
「ありがとう…」
友人の優しさが身に染みるが、どうすればいいのだろうか。詳しく説明しても信じてもらえないだろうし、なにより秘密をバラしたら殺すと脅されている以上、御厨さんとのこの心地良い関係も終わるどころか人生そのものが終わる。少し考えて、ボロを出さないように恐る恐る口を開いた。
「えーと。うーん...大事なものが壊れたけどまだ大事にしたい思いもあるし、諦めなきゃっていう気持ちもある...的な?」
「なんだそりゃ?随分と抽象的だな。」
...まぁ、そりゃ困るよね。大前提の俺が御厨さんのことが好きというのも言ってないのに、その女の子がチンピラに1vs3で勝って、それが実は宇宙人のせいなんて、直接見た俺も若干信じられてないんだよなぁ...!
「...うーん。でも大事にしたいなら、それが答えだと思うけど。」
「え?」
深山がボソッと言った言葉に俺は聞き返す。
「いや、俺も大事なもの守るためには色んな力を使うし...って、今の無しな!」
慌てたように言って、そういって深山はドリブル練に入ってしまった。一体何を言いたかったんだろう?
まぁ、それにしても...
「大事にしたいならそれが答え...か。」
そうだよな。何をうだうだ迷っていたんだ!
俺の恋はまだ終わらない!!!
よーし!今日もガンバ「ふべっ!」
決意表明の腰を折るように顔に勢いよく硬いものが当たった。情けない声を上げて鼻の頭を押さえる。涙でじんわりと滲んだ視界では顔に当たったものがバスケットボールだと気づくには少し時間がかかった。
「おい!神村ァ!!集中しろ!!」
「すみません!!」
顧問の怒号が聞こえたので、反射的に謝る。
...今は部活に集中しよっと。
神村がバスケ部の朝練に精を出していた頃。
御厨は教室で変わらずラノベを開いていた。
しかし、そのページをめくる手は完全に止まっていた。
(…ホントは今日休みたかった...休みたかったけど、昨日のことがあって今日休んじゃったら、神村くんに不審に思われちゃう…!だから、昨日は何事も無かったかのように振舞って疑惑を払拭しないと!いつものように平然、平然...!あぁ、緊張で油断してたら宵夜が出てきそう...!ダメダメ!今の私は普通のJK、御厨明日香。今の私は普通のJK、御厨明日香...)
と、悶々としているからである。
恥ずかしい役になりきっていたことを隠し通すために元の人格の役になりきる…という傍から見れば、かなり滑稽な状況ではあるが、彼女からしてみれば、自分のことが好きだと言っている相手にそれを素知らぬ風にして宵夜としての人格をおくびにも感じさせないように振る舞うという高度なミッションをしているのだ。
「あっすかぁ!」
「ひゃい!?」
突然自分を呼ぶ声がして思わず声が裏返ってしまった御厨。その声のする方を向くとショートの髪にクリっとした目。小柄な女生徒の姿があった。
彼女は
そして、御厨の数少ない友達である。
古瀬は小さい口に空気を溜め、今にも笑いだしそうにしている。
「ぷっ!なぁに?どしたん?そんなビビっちゃってぇ?可愛い声出しちゃってぇ?男狙い?」
「び、びびってねぇし…男狙いじゃねぇし…」
「ぁぁぁぁあああ!!!照れちゃってぇ!かわいいいい!!!」
「
顔を真っ赤にして反論する御厨を、御厨に古瀬がギューッと抱きついた。御厨は反論するが、椅子に座り、古瀬は立っているため、ちょうど古瀬の豊満な胸元に御厨の顔が埋まっており、うまく話せない。
古瀬は小柄ではあるが、出るとこはしっかり出ていて、そのきょういの戦力差に御厨はどこで差がついたのか。小学校までは同じくらいだったのにと涙を飲む。
「ごめん、ごめん!あまりの可愛さについ…あ!これ貸してもらったラノベ...ってん?明日香、なんか元気ない?」
「!!??」
突然自分の精神状態を看破され目を見開く御厨、その様子を見た古瀬は思わず吹き出す。
「あはは、ほんと、分かりやすいよね。確信はなかったけどその反応で察しちゃった。で?何を困っているんだい?迷える子羊ちゃん?」
いつもと違う様子を察知した幼馴染は空いていた前の席、神村の席に座って話を聞くまで自分の教室には帰らないと言わんばかりに居座る。
これに困ったのは御厨である。この幼馴染には当然だが、夜な夜なチンピラに喧嘩を挑み続けていることは言っていない。そして、今、御厨はその時に起きたことについて悩んでいる。
つまり、宵夜の設定の時に起きたことを今、御厨明日香の設定で答えなくてはいけないのである。
「えーと、ちょっと人との付き合い方が迷子というか...どうやって接したらいいのかわからないんだよね...」
「ほほう。それは特定の人?」
「...うん。」
「それが誰かは教えてもらうことできる?」
「それはちょっと抵抗あるかも。」
「なるほどな...」
と少し考え込む素振りをした後、古瀬は口を開いた。
「月並みなことしか言えないんだが、私から言わせてもらえば、人なんて出会っては別れるを繰り返すもんだからその人との関係性に困るくらいなら離れればいいと思うんだが...私の個人的な意見を言わせてもらうと明日香は多分その人とは離れない方が良いと思う。」
「...え?」
古瀬の最初に語った持論と反する結論に戸惑う御厨。古瀬は御厨の言葉を待たずに理由を語る。
「明日香がそこまで人間関係について悩んでいるのってすごく新鮮に感じるんだよ。ほら、だって明日香、結構こだわりは強いよね?その分興味ないことはすっぱりやめるじゃん?…単刀直入に言うとさ、いまの明日香、いつもよりこだわりがあってめんどくさいなって思った。」
「は?」
急に罵られた御厨は間の抜けた声を出す。そんなことはどこ吹く風で古瀬はさらに続ける。
「でもさ、めんどくさいってその人との人間関係を本気で考えないとめんどくさくなれないんだよ。多分明日香がそう感じる人ってレアだからさ、幼なじみ的にはそういう人がいてもいいんじゃないか...って思った次第です。」
「めんどくさい...か。」
「おう。今の明日香、最高にめんどくせぇぞ!」
ニカッと笑いサムズアップをする古瀬。御厨は不思議とこの一見悪口に聞こえる言葉がどこか心を包んでくれるように感じた。
「...ありがとう。少しわかった気がする。」
「そりゃ、良かった!じゃ、そろそろ邪魔者は撤退しますねぇ!ごゆっくりぃ!」
「え?それって...」
どういう意味?と去っていく背中に聞こう振り返るとそこによく見慣れた顔があることに気づいた。
「御厨さん!おはよう!」
その顔が笑顔で挨拶しているのが朝練を終わらせた神村だと気づくのに時間は掛からなかった。突然の出来事にどもってしまうが、
「おはよぅ…!神村くん。」
かろうじていつも通り挨拶を返す。これで少し落ち着いた。
(...ん?「ごゆっくり」って...?)
落ち着いて、親友の去り際の言葉の違和感に気づくと同時にそれがどういう意図で発せられた言葉なのかを完全に理解した。
「と、友美ぃ!!私たちは別にそういう訳じゃ...!!」
慌てて声をかけたが、もうすでにそこに古瀬の姿はなかった。
「今日は古瀬さんと何の話してたの?」
「…世界情勢について有意義な意見交換を...」
うまい言い訳が思いつかずに適当なことを言ってしまう。そんなの信じる奴がどこに...
「へぇ、真面目なんだね!」
ウソでしょ!?信じちゃったよ!?ピュアすぎるよ神村くん!今も昔も女子高生の雑談デッキに世界情勢があるわけないでしょ!?宵夜のことも誤魔化せそうなのは助かったけど、せめてこれはジョークだと気づいて!!詐欺にあいそうで心配だよ!
それに神村君はなんでそんな平常心で入れるの!?てかいつもよりすっきりした顔に見えるんだけど!?自分で言うのもあれだが、夜な夜なチンピラをボコしているクラスメイトと普通に喋れるのすごくない!?
いいよ!とりあえず神村君と距離は取らないよ!友美のアドバイスもあるし!でも私のこれからの平穏な学校生活を送る難易度がハードモードになってしまうことはまだ覚悟ができていないんですけど?
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