みち

「御厨...さん?」


「へ?」


ギギギ、と効果音がつきそうな程恐る恐るこっちを振り向いたその姿はトレードマークの丸メガネこそしていないが、間違いなく御厨さんだった。


「えーっと...なにしてるの?」


「...あ、えっと、お、お前は確か、この体とよく喋っている、えーと、確か神村といったかな?」


「どうしたのその口調?」


顔や声は間違いなく御厨さんなのだが、キリッとした顔つきや口調などはまるで別人だった。


御厨さんは目をぐるぐるさせ困っていたが、やがて諦めたかのようにため息をつき、口を開いた。


「...ふーーっ、こうなってしまってはしょうがない。説明しよう。まず、私は確かに御厨明日香である。しかし、今、中に宿る人格は全くの別物だ。そう。二重人格といえばわかってもらえるかな?」


「え?二重人格って...それ大丈夫なの!?」


「へ?なにが?」


「二重人格って精神が不安定な時に起こる脳の病気だってよく言うじゃん!ほら、例えば親からの虐待とかさ...」


「ちがうちがうちがう!!あ、いや、そういう訳ではないのだ!うーん。まぁ、お前ならいいか。」


慌てて否定して、悩んだ末に、


「実はこの地球は危険な地球外生命体、いわゆるが潜んでいるんだ。」


と突然SFの世界のようなとんでもないことを言い始めた。


「...へ?何言ってるの?」


「まぁ、そりゃそんな反応になるだろうと思っていた。信じてもらおうとはハナから思っていない。ただ私は事実を言っているだけなのだ。その宇宙人、ワームという個体なのだが、そのワームと私の種族は宇宙で敵対しているんだ。そして、ワームを追ってこの地球にたどり着いたのが御厨明日香の中にいる私なのだ。」


「え?そ、そんなこと言われても...何がなんだかさっぱり...突飛すぎるというか。」


あごに手を置いて考え込む。が御厨は淡々と説明する。


「だから信じなくていいと言っているだろう?だが、私の種族はこの地球で生活するには適していなかったようで、この星の生物に取りつかないと生きられないのだ。そして、それはワームも同じらしくてな。しかも、そのワームを取り入れた人間は凶暴化するんだ。これを食い止めるためにこの女の体を使って、かたっぱしから凶暴化している人間を倒しているのだ。」


あまりにも現実味のない話、まるで創作の中でしか起きない世界みたいだ。しかし、御厨のその顔や声には迷いがなく、その場しのぎで作られたウソだとは到底思えなかった。


「...だが、あまりにも飛躍しすぎている。」


「仕方ないだろう?そういうものなのだから。その証拠にこの女の運動能力は並み以下だったはずだが、ほら、このチンピラを倒すのに数秒もかからなかっただろう?これは私の力をこの女に貸しているからだ。」


思い返せば、御厨さんは体育で目立つような人ではなかったはずだ。


「...確かに。」


「納得してもらえたようで何よりだよ。」


「...理解はした。だが、その目的のために御厨さんの体を危険に晒しているのは納得いかないのが正直なところだ。ところで御厨さんはお前のことを知っているのか?」


「あぁ...私はこの女の記憶は持っているが、逆はそうではない。つまり、この女に私のことを言っても何のことか分からないだろう。あと、お前ではない。宵に夜とかいて宵夜しょうやという。そちらの性でいうなら男だ。」


「宵夜、か。」


その名前を反芻する。かっこいい名前だと思ってしまったのはここだけの心の中にとどめておく。


「もう、私は彼女の家に帰るが、その前にお前に言うべきことがある。もし、私の活動が周囲にバレるようなことがあるなら…」


そういうと、宵夜は今までの無表情を崩し、敵意を露わにして俺に吐き捨てる。


「お前も、この女も殺して別の身体に乗り移る。」


空気が明らかに重くなり、辺りに緊張が走る。威圧感で顔が強張ることが分かる。しかし、辛うじて掠れた声で絞り出すように声を出す。俺はこいつに絶対に聞いておかないといけないことがある。


「...随分、物騒だな。わかったよ。言わない。そんなことより俺からも帰る前に質問一ついいか?」 


「答えられる範囲なら。」


威圧する宵夜に呑まれないように、睨みつけ、低く唸るように声を出した。


「...俺が秘密を漏らさない限り、その御厨さんの身体を傷つけることはしないんだな?」


それを聞いた宵夜は少し何かを考えるような素振りを見せた後に興味深そうに気味悪くニヤリと笑って、倒れているチンピラの方へゆっくりとした足取りで近づきながら口を開いた。


「...ほう。では、今この場でこの女を喰い殺そうと言ったらお前はどうするのだ?私に襲いかかろうっていうのか?ま、そうすればこのチンピラと同じ道を辿ることになろうな。」


気絶させたチンピラのわき腹を軽く蹴り、試すような目でこちらを見る宵夜。当然答えは決まっている。


「...お前をどうにかして殺す。もちろん御厨さんを救ったうえで。」


「おいおい、いくら顔見知りとはいえ、私自身はお前になんの思い入れもないのだから躊躇いなくお前のことを殺せるのだぞ?ここで転がっているチンピラの顛末を見ただろう?さらに、お前は私のことなぞ何もわかってない。当然、撃退法など知ってるわけが無い。それでも立ちふさがる理由はなんなのだ?この体の女とはただ教室で雑談するだけの仲だろう?」


「...たしかに、一クラスメイトにこんなことをするのは客観的におかしいか...えぇと...うぅん...ま、御厨さんじゃないし、いっか。」


「…?」


思わずその言葉にたじろいでしまったが、こいつの記憶は元の御厨さんの記憶には残らないのであれば言っても問題はない。そう判断して俺は決意して口を開く。


「俺はその体の子が、御厨さんが好きだからだよ。」


「ぶーーーーーーっ!!!」


盛大に吹き出され、そのまま片手で顔を覆い下を向き、肩を振るわせる御厨さん、もとい宵夜。


「何がおかしいっ!!」


「え、あ、それは、恋愛としての好きか!?それとも友愛的なものか!?」


「その...えっと、あのー...前者のほう...」


恥ずかしさのあまり蚊のような声しか出なかった。なぜ俺は出会ってまもない宇宙人と恋バナをしているのだろうか?


「...。うん。私の星でも、愛には秘められたパワーがあると言われたもの...」


「こっちを見ろ!!」


こっちを見ず、空のほうへ目をそらされながら言う宵夜に怒鳴る。


「...むり...って...!」


「なんて言ったんだ?」


「...いや、こっちの話だ。なかなか面白い夜だったよ。」


宵夜はそのまま俺に背を向ける。


「おい!質問に...」


「安心しろ。この体を喰おうとは少しも思っとらんよ。この体を喰ったら私の体も持たない。この女は私にとってのライフラインだからね。ま、戦いには利用させてもらうけど、この女にはなるべく傷をつけないことを約束しよう。」


「あ、おいまて!!くっそ。逃げられた...」


身体能力は本物らしく、夜の闇に消えたかと思ったら御厨の影は見えなくなった。


「思ってたのとは違う形で御厨さんに告白しちゃったな...」


でも、あれは御厨さんであって御厨さんじゃないからノーカン...かな?


「いっけね!?店閉まっちまう!」


自分がなぜ夜の道を歩いていたか思い出し、スーパーに駆けだすのだった。


ただ、この恋路はスーパーへの道筋のように単純ではなく、えらく複雑なのだろうと思わずため息をついてしまった。


この恋は諦めるべきなんだろうか?今夜は得体の知れない宇宙人の存在を知ってしまってこのまま御厨に恋し続けることは無謀なことなんじゃないかと躊躇ってしまう自分も嫌になってしまう、そんな憂鬱な夜だった。

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