宵夜の正体

とある住宅街の一角、一人の少女が歩いていた。そして、「御厨」と書かれた表札を掲げる一般的な一軒家の前で止まった。


この少女が御厨明日香である。そして、御厨が軽く膝を曲げたかと思ったら、


「よっ、よ、よっと。」


猫のような身軽さで塀や屋根、その他足場になりそうな物を使って、その家の二階のベランダに降り立った。その動きは人外じみているが、すました顔でそれをこなす。


そして、窓から部屋に入り、ベッドに体重を預ける。


地球からはるか遠く離れたコルぺニオン星に住んでいる宵夜は一度取り憑かれてしまえば狂暴化するワームという生命体と長年戦争を繰り広げている。


ワームの戦略として、宵夜の星との戦争に勝つために地球人を戦争の兵器にしようとする。そのワームの計画を知って、それを阻止するために地球へ降り立ったが、地球のあまりの空気の汚さに思うように力が出せない。


普段の力を出すために偶然通りかかった一人の少女、御厨明日香に取り憑き、毎晩横暴な人間をかたっぱしからぼこぼこにして、その中にいるであろうワームを引き摺り出す...やっていることはチンピラ狩りだが、その仕事を終えて、部屋に戻り、ベッドに寝転がれば、元の御厨明日香の人格に戻る...











「ーーーーーーーッッッ!?」



そう。すべて、御厨明日香の茶番。あの人外じみた身体能力も御厨が自ら身につけたもの。やけに長かった設定も宇宙から来た生命が地球を救うという覆面バイカーに憧れてそれを元に御厨が考えたもの。その設定を元にチンピラをボコしているのも御厨。


御厨明日香は高校1年にして厨二病を患っている。


「す、すすす!?すきってどういうこと!!??」


当然、宵夜になり切っている時の記憶もちゃんと残っている。宵夜が中に入っているロールプレイをしている時に、仲の良い同級生にエンカウントしてしまったことも、彼に流れとは言え、告白されたことも当然記憶している。


え?秘密をバラしたら2人とも殺すみたいな話はどうしたって?


そんなの秘密を守る保身の為のブラフに決まってるでしょ!


陰キャクラスメイト陽キャに引かれたら、人生終了なんだ!


「実は宵夜は全部私の演技でした~、なんてばれたらまずいって!これ!好きどころかドン引きされるぅ!?」


顔を真っ赤にさせながら慌てふためく御厨。


御厨自身、神村のことは趣味の合う友人としてしか見ていなかったが、彼に対しての好意は友愛としてではあるが間違いなくある。それをこうストレートに告白されると恋愛として意識せずにはいられない。


彼、神村純一郎は普通にかっこいいのだ。学校全体がウワサになる超イケメンというわけではないのだが、狙ってる女子が数人はいるというウワサを聞いたことがある。


そんな彼と趣味が合って、高頻度で喋るというだけで嫉妬の対象になるのだが、今の私にとって学校の誰かに厨二の私が広められることが何十倍も恐ろしい。


そんな私の姿を完璧に学校の人に見られた。幸運なのは見られたのが私が創った設定ウソを純粋にも信じる神村くんであったこと。不幸なのは宵夜を見られたのが自分に好意を寄せてくれる神村くんであること!!


いつも話す男友達が私のことが好きだと発覚&そのことは絶対に口外できない&その人に私の黒歴史を握られる。


うそみたいだろ。今日一日で起こったアクシデントだぜ。これで......


「どんな顔してこれから神村君と話したらいいの!?ちゃんと顔隠しとけば良かったぁ!私ぃ!痛恨のミスが過ぎるぅ!!」


「姉ちゃんうるっさい!!!!」


ドアが勢いよく開いて、そこに立っていた4つ離れた弟の聡から怒鳴られてしまった。


「あ、ごめん...」


そうなると私は、ベッドの上で正座をして縮こまるしかなくなる。


「すきとかなんとか言って発狂してたが...」


その言葉に内心で焦る私。なにを言ったか覚えてない!!私、すきがどうのって言ったっけ!?どうしよ!!どう誤魔化せばいいの!?


「恋愛小説かなんかを見るのもほどほどにしとけよ?」


「え?あ!うん!もう寝るね!」


セーフ!!!


「はぁ、俺、明日漢字の小テあるから、静かにして。」


「はい…ご迷惑おかけしました…」


「わかればいいけどさ...」


ぶつぶつ言いながら自分の部屋に戻る弟。


一人になった部屋ではぁ、とため息をつく。


「とりあえず、神村くんにばれないようにしなきゃ...!まずは設定をもっと練ろう…!設定が矛盾しないように!」


この状況を乗り切るには私が宵夜という宇宙人に乗っ取られているという設定を神村君に信じさせれば良い。


勉強机に向かい、引き出しを開ける。そこには黒い箱があり、パカっと開けると、いかにもそういうノートが入っている。このノートの中には当然、宵夜のことも書いてある。中学の授業中に書いたポエムや学校にテロリストが来る小説に紛れて隅っこに書いた宵夜に関すること。今見たらあまりにも30秒クオリティの杜撰な物である。


神村君に話した設定は変えないようにして...あと私、愛の力が云々とかも私言っていたような...あと地球とワームの星との距離、それぞれの星の発展具合、偉い人etc…


そんな具合でどんなことを神村君に言われても矛盾せずに対処できるように新しい真っ新なページを開いて設定を確認しながら書いていったらあっという間に見開き1ページが埋まった。


ハッと時計を見ると既に12時手前だった。部屋の至る所にあるヒーローのグッズをぐるりと見渡す。そのたびに神村君と一緒に楽しく覆面バイカーの話をしていたことを思い出す。


神村君と距離を取った方がいいのかなぁ?今夜は自分のこと好きな人のことを知って、その人に恥ずかしい秘密を知られたりしてしまった。どうか、その悩みをすべて倒してくれと覆面バイカーに助けを求めるように窓越しに暗い夜に浮かぶ星を見つめる、そんな変な夜だった。

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