第4話 思いを胸に秘めて
パーティーが幕を閉じ、健太郎は一足先に会場を出ていた。
その後、他の参加者たちが続々と会場の外に出て、暗闇に包まれた集落へと吸い込まれるかのように去っていった。見事にカップルとなった参加者は、仲睦まじく談笑している一方で、カップルになれなかった参加者は、独り身のままどこか寂しそうな様子で会場を後にしていた。
「あれ? 藤田。お前、どうしてここにいるの?」
健太郎の背後から、雄吾の声が聞こえた。雄吾の隣には、パーティーで知り合った女性の姿があった。
「ちょっと散歩していたら、パーティ―の様子がどうしても気になって、ちょっとだけ覗いていたんだ」
「ふーん、奥さんがいるのに、どうしてそんなことするの? あ、分かった。今の奥さんとは上手く行ってないから、参加したかったとか?」
「ば、馬鹿言うなよ。それよりも、無事カップル成立、おめでとう」
「ありがとう。早速東京で会う約束をしたんだ。一緒に神宮球場でプロ野球でも見ようって。彼女はヤクルトが好きで、特に
「そうか、話が合う相手が見つかって良かったな。末長く付き合えることを祈るよ」
健太郎が「グッドラック!」と言いながら親指を立てると、雄吾も微笑みながら親指を立てた。
その後ろから、哲人が姿を見せた。スマートフォンを片手に大声で仕事の話をしていたが、その隣には、パーティーでずっと一緒にいたはずのはるかの姿は無かった。哲人はスマートフォンを閉じると、軽く舌打ちをした。
「ちくしょう、あんな美人と知り合える機会は滅多に無いのに。仕事の実績と収入と結婚のトリプルスリーは無理だったか……」
哲人は何度も左右に首を振りながら、健太郎の前を通り過ぎて行った。
会場から出てくる人の数が少なくなってきた頃、ようやくはるかが会場の外に出てきた。その隣には、恵一の姿があった。二人は同じ歩調で歩いていたが、はるかの露出した肩が時折恵一のシャツに触れるほどお互いに体を寄せ合っていて、出会ったばかりにも拘らず仲睦まじい様子を見せていた。
「あの……大丈夫ですか、はるかさん? ヒールの高いサンダルを履いてるけど、田舎の夜道は暗くて足元が危ないですから、気を付けてくださいね」
「お気遣いありがとう、恵一さんも気を付けて。さっきから足元がフラフラしておぼつかない感じだから」
「アハハハハ、 バレちゃいましたか。はるかさんとカップルになれたことが嬉しすぎて、つい浮かれ腰になっちゃったのかな。ダメですよね、リードすべき私がこんなことじゃ」
恵一は照れ笑いを浮かべると、今度はまるで兵隊のように背筋を伸ばして歩き出した。恵一の様子を見て、はるかは「やだ、この人面白い」と言いながら口に手を当てて笑い出した。その表情は、哲人といた時に比べて緊張が解けているように見えた。
「ねえ恵一さん。私、お盆の間こっちにいるから、一緒にお出かけしない? 近くの海までドライブに行きたいな」
「了解です、はるかさんのためなら、どこまでも運転します!」
二人の靴の音と弾むような声が、暗い夜道から聞こえてきた。
「良かったじゃない。見事にカップルになったんだね。あの二人」
健太郎の背後から、聞き覚えのある声が耳に入った。振り返ると、会場で恵一の傍に立っていた少女が立っていた。
「今日、この辺りをさまよい歩いていたら、賑やかなパーティーが開かれていて、面白そうだと思ってちょっと覗いてみたの」
「ふーん……あれだけ入口のガードが固いのに、よく中に入れたね」
「何と言えばいいのかな……誰にも気づかれないように、フワッとね」
「フワッと?」
会場に入ることができた理由について、少女はいまいち分かりにくい表現を使っていた。空を飛んで中に入ったのだろうか?
「あのお姉さん、体格のいい男にずーっと付きまとわれて話しかけられていたのが、すごくかわいそうだった。彼女の顔を見てたけど、本当はすごく嫌なんだろうなあって。だから私、男の人がトイレに行った隙を見て、お姉さんの本心を聞き出したの。この中に誰か気になる人はいるのって。そしたら、一人ぼっちで寂しそうにしていた恵一っていう男の人の方を指さしたのよ」
「そうだったんだ。でも、恵一さんは自分からは動く人じゃないからね」
「そうそう! 私、すごくもどかしくてさ……このままパーティーが終わるのを見届けるのは嫌だし、あの二人もきっと嫌だろうと思って。ホントはやっちゃいけないことだけど、思わず手を出しちゃった」
「けど、君のお陰で二人が結ばれて、今すごく幸せそうだよ。いいカップルになりそうだね」
「そうね。うらやましいよね……さっきデートの約束をしていたよね。海へのドライブ、私も昔連れていってもらったけど、また行きたいなあ……」
少女は長い髪をなびかせると、白い肌に整った目鼻立ちの横顔が健太郎の目に入った。健太郎は、少女の横顔を見続けるうちに、胸が次第に高鳴り始めた。
「あのさ、聞いていい?」
「なあに?」
「君、本当は奈緒なんだろ?」
健太郎が問いかけると、少女は何も言わずに微笑んでいた。
「俺のこと覚えてるだろ? 健太郎だよ、君とはこの中川で沢山の思い出を作って、愛し合って……。僕は今でも忘れていないよ。奈緒のことも、そしてあの夏のことも」
すると少女は何かを思い出したのか、両手を胸の前で合わせながら、健太郎の顔をじっと見つめていた。
「俺、今はみゆきと結婚してるし、本当はこのイベントに出る資格はないんだけど、会場を覗いたら奈緒に似てる子が出ていたから、居ても立ってもいられなくて、弟の名前使ってイベントに参加したんだ。そして、最後の告白タイムに、奈緒の名前をカードに書いたんだよ。あいにくカップルになれなくて残念だったけど……でも俺、君と一緒に過ごせて楽しかったよ」
健太郎の言葉を聞いた少女は、顔を赤らめて横を向いた。そして、しばらく無言のままその場に立っていたが、やがて両足を揃えて足を伸ばし、健太郎の顔の真横に自分の顔を寄せた。
「ありがとう」
少女は健太郎の耳元で囁くと、ブチュっと鈍い音を立てて頬に口づけした。頬を押さえながら驚く健太郎を横目に、少女は片手を振りながら駆け足で健太郎の元を去り、あっという間に暗闇の中に姿を消していった。
健太郎の頬には、唇の感触と、ほんのりと口紅らしき香りが残っていた。
「あの子……やっぱり奈緒だよ!」
健太郎は少女を探そうと、周辺の小道を探し回ったが、見つからなかった。
「そうだ、墓地の方にいるのかもしれない」
以前、奈緒と出掛けた時は、いつも墓地の入り口まで一緒に歩いていた。今もきっと、墓地に向かっているに違いない……そう考えた健太郎は、サンダルの音を響かせて墓地へと走っていった。しかし、辺りは真っ暗で、人影はどこにも見当たらなかった。
「どこにいるんだ? 奈緒、出てきておくれよ!」
しかし、どこからも人間の声は聞こえず、その代わりに「お前はここに来るな」と言わんばかりにフクロウの不気味な声が響き渡っていた。次第に背筋が凍り始めた健太郎は、一目散に墓地から退散した。
肩を落として集落へ向かう道に出た健太郎の前に、爆音を立てながら一台のスカイラインが駆け抜けていった。
「幸次郎!」
健太郎は手を振りながら、スカイラインの向かう方向へと走り出していった。車は健太郎の実家の前で停まり、金色に染めた髪の毛を掻きむしりながら幸次郎がドアを開けた。
「何だよ、兄貴か。どうしたんだよ、奥さんと子どもを置いて、こんな時間まで外をほっつき歩いて」
「いや、町の婚活パーティーに顔を出してきたんだ。お前の名前を使ってね」
「な、何だって?」
「というか、お前が申し込んだんだろ? どうして参加しなかったんだ? お前が好きそうなかわいい子、来ていたぞ」
「俺が自分が申し込んだわけじゃねえよ。おふくろが勝手に俺に断りなしに申し込んだんだよ。いつまでも結婚しないからってさ」
「でも、結婚していないのは事実だろ? 親だって心配するよ、そりゃ」
「馬鹿言うなよ、俺には
そう言うと、幸次郎はポケットから煙草を取り出し、銀色のライターで火を灯した。
「見た目のガラが悪そうだっていうんだよ。もっと品のいい女と付き合えってさ」
幸次郎は煙草を口にくわえ、白い煙を思い切り吐きだしながら、どこかやりきれない様子を見せていた。
「だから、お前のことを婚活パーティーに?」
「そういうことだ。俺に相談もなしに申し込んだからすごくムカついてさ、親に向かって『今すぐキャンセルしろ』って叫んだけど、全然聞く耳を持ってくれなくて。だから俺、パーティーに行く振りしてバックレてやったんだ」
「アハハハ、お前らしいな。でもさ、お前がバックレたおかげで、俺はあの子に逢えたんだよ」
「はあ? 誰と?」
すると、星が輝く夜空に、赤い帆を帯びてどんどん上空へと舞い上がっていく彗星が目に入った。健太郎は星の行方を目で追いながら、大きくため息をついた。
「どうしたんだよ? 何かあったのか? 空を見上げてため息なんかついて」
「何でもないよ。さ、もう帰るぞ。澄玲ちゃんのことは俺も一緒に親に話すから。今日の件でお前にはせめてものお礼をしたいからさ」
「あ、ああ……まあ、嬉しいけど」
健太郎は幸次郎とともに、自宅へと向かった。
玄関を開ける前に改めて夜空を見上げると、赤い彗星は、上空はるか彼方へと吸い込まれるように消え去ろうとしていた。
「そうか、今年はもう空の上に帰るのか。ありがとう、奈緒……」
(了)
一瞬の夏~天使が微笑んだ夜~ Youlife @youlifebaby
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