第20話 バレンタインまであと少し
百瀬は自分に向いた矛先を変えるように話を逸らした。
「ところで、あんたらの目当ても柳川先輩? バレンタイン直前の土曜日だもんね。学校ちがうのにわざわざ追って来るなんて、すごい熱意」
「へっ?」
何を言われたかわからず、思わず変な声が出た。
柳川先輩って、二年の、杏がいかにもスポーツマンとか言ってた?
バレンタインって……もしかして誤解されてる?
さわぎすぎていたせいで気がつかなかったが、見渡すと体育館の周囲で手さげをもった女の子たちが何組か待ちぶせしている。
「ちがう、ちがう。あたしたちはただ……」
「百瀬、集合だよ!」
反論と同時に、体育館から百瀬を呼ぶ声がした。声の主は大葉南朋だ。
あたしたちを見つけてひょいと頭を下げる。
相手はただの同級生だというのにちゃんとあいさつしていくあたりがりちぎだと思う。
由美子が同じようにぺこりと頭を下げかえす。
「静かにしろって伝えたからね、俺は。じゃ」
頬をそめた由美子にちらっと目を走らせた百瀬は、気持ちを切りかえるように大きく息を付き、チームの元へとかけもどった。
めざとい百瀬のことだ。由美子の気持ちにも勘づいているんだろうな。
肝心の大葉は見るからに鈍くて奥手そうだけれど。
「なーんか、誤解されちゃったねぇ」
百瀬が去るとすぐに凛花がすり寄ってきた。杏が凛花の腹を指でつっつく。
「凛花っ。あんた、なに気配消してんの。あんなにさわいでたくせに一言も口きかないで」
「私はいいのよ。別に、ももちゃんに恋してるわけじゃないからぁ」
静かにって言われたばっかりなのにもう大騒ぎだ。
「王子とだってしゃべったことないくせに」
「うっさい、杏。それより、今のももちゃんの顔見た? 大葉南朋をふり返る時、超ヤバかった。もーかわいすぎて死ぬ。まちがいない。あれは恋する瞳だね。由美子もかなえも前途多難!」
なぜか最高潮に興奮した凛花があたしと由美子の背中を思い切り叩く。
「いたい、いたい、いたい」
大葉を見る時どんな顔だったかって、そんなの見てないよ。
杏が割り込んで正面から凛花の両手首を掴む。
「はーい、はい。凛花にかかればボールとコートだって恋仲だわ」
「またバカにして。いい? あの体格でバスケだよ? 不向きなの分かりきってんのに、中学に入ってまでわざわざやる? 好きな人でもいるなら別だけど。名推理じゃん」
「それだけバスケが好きなんでしょーよ」
テンションが上がりきっていて、杏が何を言おうとまったく聞く耳を持たない。
凛花は額に手を当て首をのけぞらせて悶える。
「いやぁ、見れば見るほどナオモモおいしい! かーっ、推しカプはサトモモだったんだけどなぁ」
「ちょっと、なに言ってるかわかんない」
凛花が、まるで宇宙人のように見えてくる。
あたしの疑問に杏が代わりに答える。
「通訳するね。ナオモモは大葉南朋と百瀬薫のカップルって意味。大葉南朋のナオと百瀬薫のモモね。サトモモだと王子、つまり高木さとしとももちゃんのカップルになるのよ。まったく。この夢見る腐女子は、二次元じゃ飽き足らず……ごめんねー、中学入って開き直っちゃって」
「なんで、杏にはわかるの?」
「うん。帰り道が一緒だから。そこでよく聞かされてた。いわゆるBLね」
学校では単なるメンクイキャラだったのに。
カップル……。王子の愛の成就を願う、そこに自分はいらないってそういうことか。
凛花が思い描いている幸せは王子と自分との両思いじゃないんだ。
「あーん。でも、だめだめ。やっぱももちゃんは王子の愛に応えるの! 最初はチャラいと誤解してたけど、実は一途な王子の愛にほだされて……」
大声で妄想に浸る凛花の声に百瀬がふりかえった。
怒ったような顔を作ってこちらをにらみ、「う・る・さ・い」と口パクする。
コーチが視線を走らせたのに気づいた大葉が百瀬のそでを引くが、時すでに遅し。
「そんなに女子が気になるなら、混ざってこい」なんてしぼられてる。
大葉と百瀬が仲むつまじい?
今のやりとりを見てさらに勢いづく凛花の口をふさぎ、「退散しよう」と杏が目で合図した。
百瀬。ほんと、もうしわけない。あたしのせいじゃないけど、心の中であやまっておく。
*
校門を出たところで空に手のひらを向け、由美子がはしゃいだ声を出した。
「見て、雪だよ」
重たかった雲から大きなぼたん雪がひらひらまいおりてきたのだ。
目をキラキラさせている由美子を横目に杏が現実的なことを言う。
「ひゃー、ついに降ってきちゃったね。予報通りじゃん。めんどくさかったけど、今日は徒歩で集まって正解だった」
落ちてきた雪は、手にふれるとすぐにじんで水になった。
あたしはそれをそっと握りしめる。
「こんどさ、これ買ったお店教えてよ。あたしも色々そろえたい」
その手で頭のカチューシャを指さす。
あの日からずっと固く閉じていた心のとびらを、押し開けよう。そう心に誓いながら。
凛花がBL妄想から目を覚まし、満面の笑みでこたえる。
「マジで? 行こう行こう。服も見ようよ。ちょうどかなえに似合いそうなのみかけたところだよ」
「ネイルやアクセもプチプラでけっこうそろう。いつにする?」
はりきる杏の隣で由美子もほほえんだ。
「私もいっしょに見たいな」
「じゃあ、詳細はまたグループラインで。まずはネイルとこのカチューシャがほしい」
ママのも選んであげたら喜ぶかな。それとも凛花のパパみたいに「色気づくな」なんて怒るだろうか。
いや、そんなことは言わないな。でも、心配性だからあまり高いのはダメとか、小言くらいは言われそうな気もする。
だけどあたしは誰になんと言われようともあたしでいたい。
自分だけは自分に味方してやる。それだけは、決めたから。
「やばい、本降りになってきたぁ。メデューサ復活だけは避けたいっ」
凛花が頭上に両方の手のひらをかざして走り出す。
「もう。凛花はメデューサ言うの禁止!」
杏が続き、あたしと由美子も後を追う。
「言ったら罰金制にしよ、ストパ代が溜まる」
「やだよ。どうせさせてもらえないもん」
あたしの提案に凛花が舌を出す。
バレンタインまで、あと少し。
でも、まだもう少し、このままで。
<おしまい>
バレンタインまであと少し にけ❤️nilce @nilce
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
カクヨムを使い始めて思うこと ――六年目の手習い――/烏川 ハル
★221 エッセイ・ノンフィクション 連載中 317話
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます