第17話 闇から伸びる手

「はあ?そんなこと分かってんだよ!とにかくあのクソ野郎を探し出せ、役立たずが!」


 須崎健也すざきけんやは自身のスマホに怒鳴り散らす。通話終了のボタンをタッチすると一際大きな舌打ちをする。


「くそが!どうなってんだ……」


 あの天宮神無あまみやかんなレイプ未遂事件から須崎すざきはNEWWORLDと名乗った人物を方々手を引いて探していたが、手掛かりはほとんどなかった。須崎すざきは自分の計画を邪魔したその人物を決して許すつもりはなかったのだ。


「……せっかく相良さがら組の奴雇ったってのに死んじまうし、一体どうなってやがる?」


 一番の情報源となりうるレイプ実行犯の二人は何者かに殺されてしまったらしいと須崎すざきは聞いていた。捜索が難航している一番の原因である。別に雇っていた運転手の男は勾留中である。


「……ちっ」


 須崎すざきは家に帰ることにした。本当であれば憂さ晴らしにゲーセンかクラブにでも行きたい気分であったが、取り巻きたちも今日はおらず、さらにこの件を父親にもみ消してもらった時にしばらく大人しくしていろときつく言われていたのである。


 時刻は19時になろうかというところだった。


「あら、健也けんやぼっちゃんまた外に出られていたんですか?」


 須崎すざきが家に帰ると家政婦の田北たきたが出迎えた。須崎すざきの家は基本的に父親や母親は滅多に家には帰らない。基本家のことは複数の家政婦を雇って賄っていた。


 須崎すざきはその家政婦田北たきたの文言に違和感を覚えた。


「?またってなんだよ。今帰ってきたんだぞ俺は?」


「え?何言ってるんですか、先ほど帰ってこられたじゃないですか?」


 どうにも会話がかみ合わない。


「それより坊ちゃん、久しぶりに早く帰ってきたときぐらいはご自宅で夕ご飯を食べてくださいな。旦那さまからも言われてますでしょう?」


 家政婦に問いただそうとした須崎すざきだったが、いつものお小言が始まったのでスルーして自分の部屋に向かった。


「ちょっと、坊ちゃん。もう、お夕食出来てますからね!早く降りてきてくださいな!」


 階段の下からの声を無視して須崎すざきは自分の部屋の扉を開けた。


 部屋の明かりをつけようとしたその瞬間だった。


「!!」


「おっと、動くなよ。大声もだ。その瞬間お前は死ぬ。分かったら一回頷け」


 太い男の声だった。部屋に隠れていたその男は須崎すざきの体を拘束した。首筋には刃物が当てられている。


 須崎すざきは言われる通り頷くしかなかった。


「おーけー。大人しくしろよ」


 謎の男は須崎すざきを開放すると部屋の明かりをつけた。まぶしさに目を細める須崎すざき、少しして目が慣れるとその男の姿が確認できた。その男は須崎すざきの全く知らない人物であった。初夏のこの時期には少々不釣り合いな厚手のロングコート、目深に被ったテンガロンハットから覗く瞳は酷く不気味に映った。


「だ、誰だよお前……。なんで、どうやって俺の部屋に」


「おっと、質問は俺がする。お前はそれに答える。OK?」


 須崎すざきはこの不気味な男を見ると嫌な悪寒が止まらなかった。


「分かってると思うが俺の指示に従わない、俺の機嫌を損ねる、以上ことをするとお前は死ぬ。俺の頭は沸いてるらしいから、あまり待たせてくれるなよ」


 謎の男は目を見開いたまま須崎を見定め、にやりと口の端を曲げる。須崎すざきは全身の震えが止まらなかった。


「魔王ポポンガの妹を知らねえか?開堂かいどう高校とやらにいるらしいんだがな」


「魔王ポポンガ?何を言ってるんだ?」


 須崎すざきは聞いたこともない名前を出されて困惑する。


「ちっ、こいつも知らねえのかよ。どうすんだよ、ちび助」


 謎の男が窓の方に話しかけるといつからいたのか白いローブに全身をすっぽり包んだ裸足の少女が二人に近寄ってきた。


「な、いつの間に」


 もはや、須崎は自分の部屋であるにも関わらす何が起こっているのか分からず混乱していた。


「この男がターゲットを知らないのは仕方ない。しかし、私が視認できる範囲にいれば見つけることが出来る」


「つーことは何か?お前をその開堂高校とやらに連れていきゃ誰がポポンガの妹か分かるわけだな」


「そう言っている」


「面倒くせぇが、仕方ねえか」


 謎の男は須崎の髪を掴み上げるとその顔を鼻がくっつく位の距離まで近づける。


「い、いてえ、は、離して……」


「わりぃけどよ。俺ら開堂高校に行かかねえと行けねえからよ。ちょっとお前の存在を貸してくれや」


「そ、存在を……貸す?」


 須崎は謎の男の言っていることが全く理解できず、ただ髪を離してほしいと懇願した。


「俺は実は盗賊でな。俺らの世界では盗賊の専売特許があるわけよ。それが、『幻惑のスキル』ってやつなんだが……」


 そう言うと謎の男は自分の顔を片手で覆う。そしてその手をゆっくりと下にずらしていった。


「……?え、嘘だろ……!!」


 須崎すざきは驚愕に目を見開く。謎の男が手をどけるとそこにあったのは須崎健也すざきけんやの顔だった。まるで鏡を見ているようだと須崎は感じた。その時、須崎すざきは家政婦の田北たきたの言葉を思い出していた。


――あら、健也けんやぼっちゃんまた外に出られていたんですか?


 恐らくこの謎の男は須崎健也すざきけんやに変装した姿で堂々と正面からこの家に入ってきたのだろう。家政婦の田北たきたが見たのはこの謎の男が変装した須崎健也すざきけんやだったのだ。須崎はこの男がどうやってこの部屋に入ったのかと思っていたが、このように簡単に顔を変えられるのであれば造作もないことだろう。


「お前、名前は何という?」


「お、俺は須崎健也すざきけんやだ」


「変わった名だな。まあ、いい」


 謎の男は須崎健也すざきけんやの顔のままニヤリと笑い、須崎すざきの髪を乱暴に離すと須崎は小さく悲鳴を上げて床に転がった。


須崎健也すざきけんや


 須崎は目の前が真っ暗になるような錯覚を覚えた。



◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇



「コンコーン、入るぞー」


 竹田千冬たけたちふゆは開けた扉をノックする素振りをしながら口でノックの音を再現した。


「……普通ノックは部屋に入る前にすると思うんじゃがな」


 呆れた声音で暗い部屋の奥から出てきたのは明らかに見た目小学生ぐらいの少女であった。その身長に全くあっていない白衣の裾を引きずりながら歩いている。


「ハカセちゃんあれの進捗どう?」


 千冬ちふゆがハカセちゃんと呼んだ瞬間カッと目を見開き抗議する。


「わしをハカセちゃんなどと呼ぶでない!馬鹿にしおって!わしのことは所長と呼べと言っておるじゃろうが!が!もしくはマッドサイエンティストと呼べ!」


 琴線に触れたのか早口でまくし立てる少女、もといハカセちゃん。


「まあまあ、それでどうなの?マッドサイエンティスト佐藤絆さとうきずなちゃん」


「さらっと本名を言うでないわーーー!!」


 ハカセちゃんはぜーぜーと息を整えている。千冬ちふゆはその様子を愛らしい子犬でも愛でるかのような瞳を向けていた。


「ち、こっちにこい」


 ハカセちゃんは舌打ちをするとハカセちゃんは千冬ちふゆをさらに部屋の奥へと招き入れる。


「これじゃ」


 ハカセちゃんが千冬ちふゆに見せたもの、それは人型のロボットであった。全体的にシルバーのツルスベな質感の素材に覆われており、かなり細身である。身長は180㎝ぐらいであった。


「人型機械人形alter egoアルターエゴ。type: knightの施策第一号ガラティンじゃ」


「おおー!すごい。もうほとんど出来てるじゃん」


「見た目はの。肝心の調整が全然まだじゃ。人間が扱えるレベルには到底追いつておらん」


 ハカセちゃんはその人型のロボットの太ももにあたる部分に手を当てる。


「えー、それは困るな。もうすぐ敵が来るのにさ。明日には使えるようにならねーかな?」


「なるわけないじゃろ。お主わしが天才じゃからと無理を言い過ぎじゃぞ」


 明らかに辟易とした表情を見せるハカセちゃん。


「既に急ピッチで作業中じゃ。早く完成して欲しいなら今のようにわしの邪魔をせぬことじゃな」


「わかったわかった。もう邪魔はしないよ。とにかく急いでくれよなハカセちゃん」


「呼び方戻ってるじゃろうが!がぁ!所長かマッドサイエンティストと呼ばんか!」


 暗い研究室にハカセちゃんの声が響くのであった。

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異世界護衛の最適解-IAproject- 大森吉平 @kyohei-mori

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