第16話 天宮神無の目的


「あのさ、ご飯無かったらランチミーティングって言わないんだけど」


 時間に遅れた上にお昼ご飯を持ってこなかったロイス(綾人あやと)を見て大層ご立腹の神無かんなである。まあ、ぶっちゃけ昼ごはんは広田ひろたから貰ったものがあったのだが、勿論もうご飯一粒も残ってない。


「それが、ここに来る途中に大食いのオークキングに遭遇してしまって。全部食べられちゃったんだ」


「……なにそれ? ちょっと気になるんだけど」


 神無かんなは訝し気に首を傾げる。肩を竦め、小さくため息を吐くと自分の弁当箱を開けてその蓋におかずやご飯を乗せていく。


「はい、私のお弁当半分あげるわよ。箸はないから爪楊枝で食べて」


「え!?」


 まさかの展開に戸惑うロイス(綾人あやと)。誰もが恐れる氷姫からお弁当を分けてもらった人はこの世にはいないだろうとロイスは戸惑う。


「失礼ね、ちゃんと食べられるものよ」


「いや、そこを心配してるわけじゃないだけど……」


「これでもね、ちゃんと感謝してるのよ。助けてくれたこと」


 神無はそう言うと少し顔を赤らめる。神無のその表情を見てロイス(綾人あやと)はさらに驚いた。


「その、言うの遅くなったけど……ありがとう。助けてくれて」


 少し照れ気味にお礼を言う神無かんなを見てロイスは柄にもなく可愛いとちょっと思ってしまった。


「なに?私がお礼を言うのがそんなに意外?」


「え?いや、そんなことないよ?」


「いいから、早く食べちゃいましょう。話の本題はそこからよ」


 そう言う神無かんなはいつもの表情に戻っていた。ロイス(綾人あやと)はこれ以上何か言うと藪蛇になりそうな気がしたので分けてもらった弁当を有難く頂いたのであった。


「さて、じゃあ本題に入りましょうか」


 お弁当を食べ終えた神無かんなは改めて話を切り出す。


「あなた、ロイスの目的は私を監視してあなた達の世界へ召喚させないことなのよね?」


「まあ一応護衛ということになってるけどね。その通りだよ」


「つまり、私があなたに協力するか否かがあなたの任務成功の鍵を握っているということにはならない?」


 ロイスは思わず言葉に詰まる。現状既にターゲットである神無かんなにロイスの正体がバレている。この状況では神無かんなの協力を得られるか否かは確かに雲泥の差が生じる。


「それは条件次第で僕に協力してくれるってことで合ってる?」


 ロイス(綾人あやと)の言葉にニヤリとする神無かんな


「朝話した時も思ったけど、あなたそこそこ頭の回転早いわね。いいわよ、私も馬鹿の相手はしたくないから」


 神無かんなは満足げに頷くと人差し指を立てる。


「一つだけ。私があなたに科す条件は一つだけよ。ロイス、あなた私の犬になりなさい」


 その時、時が止まった。


「あら?もしかして異世界に犬っていないのかしら。犬になるっていうのはね」


「い、いや。異世界にも犬はいるし、意味も大体理解している。要するに君の命令を聞く存在になれってことだよね?」


「そう、それが私がロイスに協力する条件」


 ロイス(綾人あやと)は頭を抱えたくなった。確かに神無の協力を得られるのは非常に魅力的である。だが、神無かんなの希望通り言うことを聞く犬となれば肝心の時に任務を遂行できない恐れがある。かと言ってこれを断ってしまえば神無かんなの協力は得られない。


「三つだ」


 今度はロイスが神無に指を三本立てて突きつける。


「三つ?」


「さすがに君の犬になって全て従うというのは無理だ。だから、妥協案。君の言うことを何でも三つだけ聞く。それじゃダメかな?」


 神無かんなは厳しい視線をロイスに向ける。そりゃそうだろう。命令を忠実に聞く犬になれというのと三つだけ言うことを聞くでは条件が違いすぎる。しかし、ロイスにとってこれは賭けであった。


「……それは交渉不成立ってことでいいのかしら?」


 神無かんなも譲る気はないようである。しかし、ロイスも引くことは出来ない。両者の間に緊張の糸が張り巡らされる。


「……はあ、分かったわ。いいわよその条件で。ただ、三つの命令以外でも私をちゃんと守ってくれるのよね?」


 意外にも折れたのは神無かんなの方であった。


「勿論、僕の全てを賭けて君を護衛すると誓うよ」


 ロイスははっきりとそう言った。神無かんなはそれを聞いて小さくため息をついた。


「じゃあ、一つ目の命令ね」


 早速神無は三つの内一つを使うと言いだした。しかし、これはロイスにとっては想定の範囲内だった。もともと、神無かんな側が圧倒的に有利な交渉であったにも関わらずロイス側に契約を提案してきた時点で何かしら早急に対処したい問題が神無側にあるとロイスは踏んでいたからだ。


「私の兄を探すのを手伝ってほしいの」


「お兄さんを?」


 神無かんなは静かに頷く。


「名前は天宮睦月あまみやむつき。私より6つ年上で生きていたら今年で23歳になるわ」


「生きていたら?」


「失踪したのよ。丁度一年前にね。私は表向き進学の為この町に来たけど、本当の目的は失踪した兄を探すためなの」


 どうやら神無かんなは失踪した兄を探してこの町に来たようだ。


「もう少し詳しく聞いてもいい?」


「ええ、兄はエンジニアとして色んな企業のゲーム開発に関わっていたらしいわ。でも、年の瀬も迫った頃、急に兄の連絡が途絶えた。出社も連絡もしてこない兄を心配した会社の同僚が当時の兄の部屋に行ったらそこはもぬけの空で部屋の真ん中には当時兄が使っていたスマホだけが丁寧に置かれていた。自殺か事件に巻き込まれたのかいまだに結論は出ていない。兄の死体も見つかっていない。そして不思議なことに兄の痕跡は何一つ残ってないそうなの。まるでひっそりと世界から消えてしまったみたいにね」


 ロイスにはよく分からない単語もあったが、神無かんなの兄の失踪には不可解な点が多いは分かった。失踪前に部屋の荷物を全て処分した理由、見つかっていない死体、そして存在しない痕跡と目撃情報。


「君はそれを調べているわけだね」


「私は兄は生きてると信じている。世界中の全ての人が兄を忘れたとしても私だけは絶対に忘れない。絶対に兄を見つけ出す。でも、正直一人だと限界を感じていたの。そこでロイス、あなたが現れた」


 神無かんなはロイスをびしりと指さす。


「どうせ、私を護衛するなら私が兄を探すのを手伝いなさい。もし、本当に兄を探し出すことが出来たら報酬は別途渡してもいいわ。だからお願い協力して」


 神無かんなは今までになく強くロイス(綾人あやと)の腕を掴む。


「命令は絶対だろ? 勿論協力するさ。僕らで必ずお兄さんを見つけだそう」


「……! あ、ありがとう」


 ロイス(綾人あやと)が神無の瞳をまっすぐ見ながらそう答えると神無かんなは少し恥ずかしそうに視線を逸らした。


「お兄さんのこと好きなんだね」


「べ、別に好きじゃないわよ!肉親なんだから探すのは当然でしょ?ただ、……私の好きなものや趣味を笑って聞いてくれたのは兄さんだけだったから……」


 神無かんなは照れて否定していたが、神無かんなにとって兄は掛替えのない存在なのだとロイスにははっきりとわかった。


「それより、君とか天宮あまみやさんとか白々しいのよ。私のことは神無かんなと呼びなさい」


「わ、分かったよ神無かんな


 その時、ちょうどお昼の時間を終えるチャイムが学校中に鳴り響いた。

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