エピローグ
高く上がった陽光が、王都ステラバの石垣を黄色く照らし出す。崩れた『太陽の大塔』の半分以上が復元され、椅子が運び込まれた。
「いででで!」
アレガの鼻は若干曲がってしまった。骨折は治るのに時間がかかる。しかも、添木を上手く装着できずに横になってしまったからだ。ラスクはくすくす笑っている。とはいっても、もう以前のラスクではない。アレガはときどき照れてしまう。ラスクを幼馴染と思っていたのだが、ウロより年上のお姉さん(三十歳以上)だと思うと、どうつき合っていいか分からない。
ラスクは平然と言う。
「気にしないで下さい。私は雛からやり直しました。肉体年齢も精神年齢も二十代です。ただ、生まれ変わる前の記憶を少し思い出しただけですよ。だから、ウロのことをお母様と呼べなくなっただけ」
王都ステラバは今復興作業中だ。民家はまだまだ手が足りていないところもあるが、王国旅団が土木作業に精を出している。国王の葬儀は空襲直後に行われたらしく、残すところはワトリーニ隊長の追悼式と反逆者の神官タイズの亡骸を呪いをかけて土に埋める話が持ち上がったが、結局はワトリーニ隊長の葬儀だけが行われることになった。
赤鴉が国葬に参加する意味なんかないと、嗜虐医カーシーがぼやくのも無理はない。焼け跡の手伝いなど、赤鴉の仕事ではない。だが、ワトリーニ隊長と変な縁ができた。それだけだ。
ラスクがアレガが助けに来てくれると信じていましたと面と向かって言うので、アレガは椅子に腰かけて落ち着かず、ろくに返事ができなかった。助けるに決まっていたことをお互い確認し合うのが恥ずかしかった。
オオアギは完治こそしないが経過は良好で全身包帯のまま、ことなかれ主義者に担架で運ばれてきた。少し余裕がある素振りを見せて、担架に腰掛けている。
「よ。タイズはやっぱり、信用ならなかったな」
「横になってなくていいのか」
アレガは本気で心配する。嗜虐医が鼻で笑った。
「あたしが介抱してやってるのに、こいつは許可なく砂漠を越えたんだよ。よく生きて戻れたよ。まったく、あたしが赤鴉の最期の一人になっちまうところだった」
「なんだ、青鴉はやめたのか?」オオアギが嗜虐医に言い放つ。途端、暑い暑いと水を煽る。
「青は思えばあたしの色じゃないしね。鴉なんだから、赤いのがおかしいんだ。青はオオアギ、お前さんの羽根の色じゃないか」
「あっしのは青灰色。もう焦げて真っ黒だよ」
アレガは途端おかしくなって笑いを堪えることができなくなった。
「俺も真っ黒なんだ。もうアカゲラでも半鳥人でもない」
葬儀中に笑い声を上げるとは何事かと、神事を執り行う若い神官が声を荒げた。
オオアギは構わずアレガに問う。
「じゃあ、なんなんだよ」
「俺は俺だ。足の指は五本あって、一本多いから仲間はずれの生き物だと思ってたんだけどさ、よく考えたら全部前を向いてるだろ? 後ろなんか振り向かなくていいんだなって」
ことなかれ主義者が大きな欠伸をする。確かに、この場所で言わなくてもいいかとアレガはおかしくなって笑う。
「そこ! いい加減にしろ。ここは国葬の場だ」
ワトリーニ隊長はミイラとして埋められる処置が済んだところだ。心なしか、赤鴉め、という罵り声が聞こえてきそうだ。
「おいとましますか」
ラスクが新調した青い首巻きを翻す。
「そうだな。あっしらの居場所はここじゃないし。あ、そうだ、赤鴉の頭領のことなんだけど、ラスクでいいか?」
「嫌です」
「え、なんで!」
嗜虐医がオオアギを制した。
「お前さんが勝手に決めるんじゃないよ! 間を取ってアレガだ」
「は?」
全員の声が重なる。ことなかれ主義者だけが、忍び笑いをはじめた。
「俺? 俺でいいのか」
「ことなかれ主義者はやる気がないんだよ。オオアギ以外なら誰でもいいんだが」
「なんで、あっしは駄目なんだよ」
「医者と患者の関係だからだよ」誇らしげに胸を張る嗜虐医。
「ちょっと待てよ、本当に俺なんかが赤鴉を率いていいのか?」
「つべこべ言うなアレガ。さっき、足の指の向きがどうのこうの言ってただろ」
オオアギが大真面目に言うので、アレガは調子が狂ってしまって鼻をかく。
神官が常に携えている聖木の杖を手にして追いかけてきた。王国旅団は旅を共にしたこともあってか、少し遠慮気味に距離を縮めてくる。
「馬鹿どもを追い出せ!」
「逃げますよ」
ラスクがアレガの手をつかむ。大きく感じて温かい。だが、同じぐらいアレガの手も熱を帯びていた。そういえば、足蹴りで指示されなくなったなと今更気づく。
全員で手近にあった机を拝借する。
あっけにとられる神官と兵たち。
「これで飛べるんだろうなアレガ」
「飛ぶんじゃない。誰よりも早く走るんだ」
明かり取りから一枚板橇でアレガは飛び出す。それに倣って、片方の翼を失った嗜虐医は机を裏返し、橇替わりにして飛び乗る。ことなかれ主義者はオオアギを椅子に乗せ、自身はそれを押している。後ろからラスクが、ワトリーニ隊長のミイラ化作業で使われていた包帯や敷物の藁を抱えて飛び降りる。オオアギに追いついて、着地時の衝撃の緩和に備える。オオアギは自由の効かない身体で悲鳴を上げる。
「お前、いつもこんなことしてたのか!」
「飛ぶ練習は。でも、着地してからが本番だ」
「へ? うぎゃあ」
墜落。オオアギの情けない悲鳴を無視してアレガは即座に駆ける。ラスクとことなかれ主義者がオオアギの両脇を抱えて、すぐに態勢を立て直す。ことなかれ主義者が鷹揚に飛び降りた太陽の大塔を振り返る。
「兵が追って来てるよ!」
「だからここから全力で走るんだって」
アレガは誰よりも早かった。赤鴉の中で誰よりも。そして、振り返ると必死についてくる仲間がいる。ゴホンの密林まで帰るのにそれほど時間はかからないかもしれない。
赤鴉はアレガに率いられ、地上を駆けずり回る。
ラスクが後ろから叫んだ。
「アレガのことはなんて呼びましょう? お頭様にしては若すぎると思うんです」
ことなかれ主義者はまたしても、押し殺したような声で笑う。
王都の石造りの門まで跳び出ると、朝の気持ちの良い山気に押されて一気に斜面を下る。ここまで来れば兵も追って来ない。息を切らした面々は立ち止まると咳き込み、椅子の上とはいえ揺さぶられたオオアギが大きく息をつく。
「アレガはアレガでいいじゃん」
「若旦那?」
ことなかれ主義者の不意の意見に一同は困惑する。ラスクも意見する。
「では、こうしましょうアレガ。若大将」
「……もう何でもいい。勝手に言ってろ」
ゴホンの密林へ向けて山野を駆け降りる赤鴉は、矢の如く早かった。
鴉でもなく半鳥人でもないニンゲンが密林の覇者となったと、近隣の集落に瞬く間に語り草になったのは、それからわずが数日後のことだ。
また、旧レイフィ国でも、まことしやかに語られる伝説が出来上がった。密林には不死鳥よりも不思議な生き物がいるという。それは、黒い翼を持ち森をジャガーのように駆け、赤い二股の槍を持つ密林の覇王であると。
偽りの半鳥人アレガ 影津 @getawake
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます