9-4

 全身包帯に覆われている痛々しい姿のオオアギは、あの大火傷の後だ。動いていいわけがない。


 オオアギは火傷をもろともせず、嗜虐医から借りて来たウロの太刀を佩いて、タイズを斬り伏した。


 タイズは首から血を撒き散らしながら叫んだ。


「あああああああ! カラスを憎んで何が悪い! ニンゲンが僕らを嫌悪するようにカラスを嫌悪して何が悪い! 僕は拷問されたんだぞ! 未だに鞭の音が耳の奥に聞こえる。妹も死んだ! 半鳥人はみんな記憶から消そうとしているんだ! 僕が伝えずに誰が伝える! 死にたくない! 死にたくない!」


 ぴろぴろ流れていた血の量が急に少なくなる。タイズの目の焦点が合わなくなり、ただ一言「ああ」と零した。最後の膿が絞り出されたような声だった。斬り伏せられてからも、石畳みの上で這いつくばって生命に縋るような必死さを見せた。


太陽神ンティラが考えることは分からない。不浄なカラスが……不死」


 タイズは醜く唇を歪めて事切れた。


「結局、こいつはラスクのこと殺そうとすんのかよ。あっしが来て正解だったな」


 アレガは反論する。


「いや、寝とけ。あの砂漠を越えたんだろ。大丈夫かよ」


「あっしもラクダで来たに決まってる。ついてくるだけで精一杯だったんだ。本当なら明日、嗜虐医が皮膚の移植をしてくれるって言うのにな」


「やばいじゃんか!」


「いいんだよ。赤鴉は死なないもんだ」


 そう言うなり、しゃがみ込む。


「おい、誰か。オオアギを支えろ!」


 アレガが命じると兵はオオアギを後方へ運び出して行く。


 ファルスがなんだかつまらなさそうな顔をして歩み寄ってきた。両足に穴が空いているのに、根性がある。


「抵抗しても無駄だと思うけどな」


 アレガはファルスを認めつつ槍を構えなおす。


「食すことができないのなら、いても仕方がないじゃない。武力行使も、不死鳥の姿に畏怖を抱いたあいつらのせいで失敗した」


 ファルスは発作的に金切り声を上げて自分の仲間のはずのニンゲンらを睨みつけた。


「どいつもこいつも役立たずよ! 不死になって遊び惚けることしか考えていないウスノロども! こっちはあたしの命がかかってるのよ!」


 途端、十五人のニンゲンがファルスに詰め寄ってきた。アレガは彼らのために場所を開ける。


「指揮を執ってたのは貴様じゃねぇか」


 ファルスは歩み寄った男を掌でぶった。とたん、男が拳でファルスの整った顔を殴り返した。


 アレガは思わず止めようかと思うが、ファルスが半狂乱になって男の肩を叩きまくる。


「数で負けるからあらかじめ子でも孕ませておけと言っておいたでしょ!」


「うるせー! 自分だけ都合のいいように生きやがって!」


 ファルスにニンゲンたちは声を上げて集まってくる。


「不死鳥なんてなれるわけがないって言っただろ!」「夢見てんじゃねぇぞ!」「長生きする前にここに来るまでに死んだ奴のことを考えろ!」


 口々に飛ぶ罵声。ファルスは同胞にもみくちゃにされながら、声を張り上げて笑った。


「どうせ、私は不死の病で死ぬんだから、今やれることを全部やったまでよ! 後悔はしてないわ! 誰かを蹴落としてでも、長生きしたいのよ!」


 アレガはニンゲンを殺す気がなくなった。


「あいつらどうする?」限りない彼らの欲求に辟易した。


 ラスクはアレガに「遅かったわね」とぼそっと呟く。それにつけ足すように、こほんと咳払いする。


「あのニンゲンはどこか奇妙ですよね。本当に病気を抱えていて、もっと長生きしたかったのかもしれませんね。私、二人きりでいたときに聞いたんです。ニンゲンは死を恐れると。半鳥人が気味の悪い生き物に見えるときがあると。それは、死を恐れずに反抗してくるときだと」


 ファルスは赤鴉を拷問していたとき、優越感などなく本当は怖かったのだろうか。精一杯暴君を演じていた。ファルスは外見を誤魔化す。なりたい自分になるために着飾っているのではなかったのだ。


 鳥は着るものよという声がアレガの脳裏に蘇る。あれは嘘だったんだ。自分と同じように鳥の振りをしなければこの大地クミル・シャミでは生きていけなかった――。


 ニンゲンたちは互いを殺しはじめた。きっかけは色々あった。報酬はどうなる、不死鳥を寄こせ、お前の物言いが気に入らない! 元より、国なんてなかったのに王を気取りやがって――など、ファルスの人望は失われていた。

 この神聖な太陽の神殿でファルスはニンゲンに撃ち殺された。


 ただ転がったファルスの目には、涙の粒が浮かんでいた。


「逃げるぞ。あいつら、不死鳥がどうのこうのじゃなくて、ラスクが欲しいって欲求だけで動いている」


 十五人のニンゲンは十人まで減っていた。


 ニンゲンのファルスもタイズも、どうしようもない奴らだった。長生きなんか必要ない。今をどう生き延びて、これからどうラスクと過ごそうか。その未来を考えることの方が大切だ。


 半鳥人五十人が太陽神殿から出るときには、若干の負傷者を出したものの乗って来たラクダにまで到達できた。ファルスという君主を失ったニンゲンは統率を失い、支離滅裂な発砲を繰り返した。南十字星に向かって撃つ者もあった。星はいつもよりも澄んで見え、綺麗だった。

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