ショートショート「母の日の役得」

十文字ナナメ

母の日の役得

「いつもありがとう、ママ。僕からの感謝の気持ちだよ」

 男は妻にカーネーションの花束をプレゼントした。


「嬉しいわ。綺麗ね」

「ああ、真っ赤な花びらだろう。僕の一番好きな色だ」

「こんなに素敵なものをもらって、何だか悪い気がするわ」

「そんなことを言うなよ。今日は年に一度の母の日なんだから。それに、僕も後で貰うしね」

 夫の言葉に、妻は首を傾げる。


「後で貰うって、父の日のこと? まだ一ヶ月も先よ」

「それも楽しみにしているけれど、そうじゃなくて、仕事の方だよ」

 妻は得心がいったようだった。


「あら、それもそうね」

 男はリビングの壁時計に目をやった。


「そろそろ出勤しなければ。じゃあ、行ってくるよ」

「行ってらっしゃい」

 夕方になって、男は妻の待つ家を後にした。


         ×


「はいママ、母の日のプレゼント」

「これ、ママに似合うと思って。俺からの贈り物だよ」

「ほらほら、遠慮しないで。ママにはいつも感謝してるんだから」

「いいから貰ってってばー。ママがいるから俺、生きていけるんだからさあー。ヒック」

 そんな感謝の言葉が、客や同僚から口々に聞かれた。それと同時に、様々なプレゼントを貰う。


 花、アクセサリー、アンティークの置き物、菓子折り、日本酒……。あっという間に、男の両手はいっぱいになった。真っ赤なルージュの引かれたその口で、男はお礼を言う。


「ありがとうみんな。愛してるわ」

 世間からは、何かと白眼視されるこの仕事だが、今日だけは特別な日だ。たまには、これくらいの役得は、あってしかるべきだろう。


 上機嫌で男――ゲイスナックのママは、今日も夜の仕事に精を出す。普段の営業スマイルとは違い、この日の男の顔には自然と、温かな笑みが浮かぶのであった。

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ショートショート「母の日の役得」 十文字ナナメ @jumonji_naname

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