第8話 花子さんの蝶々喃々

(文化祭。にぎやかな雰囲気)

(打って変わって、静かな男子トイレの個室)



「あぁ~あ。会いたいなぁ」



「でも、会うと期待しちゃう」



「君は人間で、わたしはトイレの花子さんだもの……」



「会いたいなぁ」



「今、何してるんだろ?

 がんばってるかな」



「少しくらいなら、見に行ってもいいよね?」



(キュポンと瓶のフタが開く音に続き、薬が出てくる音)



「これが、最後の薬」



(ゴクリと薬を飲む音)



「うぅえ~、にがいなぁ……」



「これでよし。どこから見ても人間の女の子」



「うーん。文化祭って、お祭りだよね?

 いつもの制服じゃ、つまらないかな」




(主人公の教室。にぎやかな雰囲気)

(廊下から教室を覗こうとする花子さん)



「わたしは、壁。わたしは、壁。

 ゆ~っくり、気配を消して覗けばいいのよ」



「よし。イメトレ完璧!

 いくよ!」



(教室を覗く花子さん)

(至近距離に主人公の顔)




「ぎゃーーーーー!!!!」



「でぇたぁーーーー!!!!」




「あ、ごめん。ごめん。

 人間に驚かされるなんて、あはは

 幽霊としてダメダメだよねぇ。

 あははは」




「え? この格好?」



「浴衣、着てみたの……」



「へ、変かな」



「えっ」



「うぅ……」



「な、泣いてないよ」



「まだ涙が目の中に溜まってるでしょ?

 ギリ泣いてない!」



「へへ、うれしいな

 君に似合うって言って欲しくて……」




「君もその格好似合うよ!

 腰エプロンって言うのかな?

 喫茶店をやっているんだね」



「いつもと違う雰囲気で、

 なんか大人っぽい。かっこいいよ」



「何か食べていかないかって?」



「わ、わたしお金持ってないよ。

 トイレットペーパーの芯なら、二本持ってるけど……」



「おごり? 君の?

 やったぁ! 楽しみ」



(主人公の教室に入る花子さん)

(椅子を引く音)



「フルーツサンドイッチ?

 えーっと、じゃあ、この、いちごってやつ」



(主人公の足音)

(サンドイッチを取りにいく主人公)



「わくわく」

「わくわく」



(カタン、とお皿が置かれる音)



「ひゃー! おいしそう!」



「君が作ったの?」



「えっ、仕入れたもの?

 なーんだ。でも、うれしいなぁ!」



「おっきないちご、たくさん入ってる」




(もっもっもっ、と花子さんの咀嚼音)




「甘酸っぱーい」



「えへへ。

 わたしは、幸せ者だなぁ」




「どうしたの? 口なんか開けて」




「あっ!」




「こここここここれは、まさかの!!」




(花子さん主人公に近づき、小声で)



「あーん、ってやつですか!?」



(主人公がうなずくので、)



「くうぅぅう……」



(花子さん悶える)



「もぉももももももー!!」



(花子さんサンドイッチを全部自分の口に入れる)



「はぁ、はぁ、はぁ。

 ぜ、全部食べてやったぜ……」



(主人公が抗議するので、)



「あ、あげないよぅ!

 だって……は、恥ずかしいじゃないか……」



「わたしは、

 ただのトイレの花子さんなんだし……」




(椅子を引く音。立ち上がる主人公)



「行こう、ってどこに?」



(花子さんの手を引いて走り出す主人公)



「あ、ちょっと待って」



「き、君、足速いよ」



(校舎外のベンチ)

(花子さん、激しい呼吸音)



「はぁ、はぁ、はぁ」


「うっ……」



「だっ、大丈夫じゃないよ」



「食べたばかりで走ったから……。

 あのおっきないちごが、丸ごと胃から出てくるところだったぞ〜!」



「もぅ、笑いごとじゃないよ」



(ベンチに腰掛けた主人公が、膝をポンポンと叩く)



「わたしが? 君の膝枕を……?」



「いや、でも」



(衣擦れの音)



「きゃっ!

 急に手を引っ張らないでよ」



「わかった、わかりました!

 膝枕お借りすればいいんだろ~。

 全く……」



(衣擦れの音。花子さんが主人公に膝枕してもらう)

(花子さんの喉がキュ〜っと鳴る)



「気持ちいい」



「うん。とっても気持ちいいよ」



「青い空と君が見えて、

 なんだかわたしの目、キラキラ輝いてるみたい」



「綺麗だなぁ」




(遠くの方でにぎわっている声)



「文化祭。君のクラス、とってもよかったよ。

 本当のお店に入ったみたいで、

 わたし、楽しかった」




「たぶん。ううん。

 ずっと今日のこと、忘れない」




「君が、がんばったからだね。

 すごいよ」



「そんなことないって?」



「ううん。わたしはちゃんと見てたよ」



「君は、とっても、がんばってた。

 がんばりすぎて、こっちが心配になっちゃうくらい」



(にぎわっている声が去り、無音になる)



「ねぇ、あのさ」



「辛くなった時は、

 わ、わたしを頼ってくれないかな」



「ほら、わたしはずっとトイレにいるし、

 暇人だし、お胸は水平線だけれど……」




「話を聞くことは出来るよ」




「君ともっと、もっとお話ししていたいんだ」




(衣擦れの音)

(花子さんが起き上がる)



「君に、触れてもいいかな」



(うなずく主人公)



「君のほっぺって、思っていたよりも、

 やわらかいんだね」



「お願いがあるんだけれど」



「いいよ、って言うまで目をつむってくれないかな」



(目をつむる主人公)



「薄目開けてない?」



「おーい!」



「よしよし、本当に目をつむっているみたいだね」




(花子さん、しっとりとした囁き声で)




「君が、大好きだよ」




(衣擦れの音)




「もう、いいよ」




(目を開ける主人公)




「いちごの味、した?」



        ——完——

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

トイレの花子さんの蝶々喃々 あまくに みか @amamika

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画