第7話 花子さんは、癒したい

「もしもし、今、君の心に向かって話しかけています」



(男子トイレの個室のドアをノックする音)



「入ってます」



(トイレのドアが少し開く音)



「あっ、開けちゃダメ!」



(トイレのドアが閉められる音)



「こ、このままで聞いて欲しいんだ」



「昨日は、ごめんね」



「わたしが、幽霊だから、驚かせちゃったよね」



「本当に君を食べたいって訳じゃ——」



(トイレのドアが開く音)



「ちょ、ちょっと、開けないでって——」




「え?」



「あの後、わたしが読んでいた本を、読んだの?

 それで、会いに来てくれたの?」




「本のタイトルが、ラブレター?」




(花子さん大慌ててで、)




「いやいやいやいや、

 ららららぶ

 だなんて、知らなかったんだよー」



「そう、そーうだよ!

 知らなかった、

 知らなかったの!」



「うっわー、そそそそんなラブレターだなんて書いてあったんだぁ~」



「初耳だなぁ~」




(ぷぴぷぴぷぴー、と口笛を鳴らす花子さん)

(気まずい沈黙)




「わたしはただ」



「君と話していると楽しいって、

 伝えたかっただけなんだ」



「それだけ、だったんだよ」





「え? 人間になる薬を?

 今飲めないかって?」



「ど、どうして?」



「昨日、膝枕してもらうの忘れたから……?」




「あははは」



「君って、本当に面白いね!」



「大好きだよ!」



「ハッ!」



(ドン、と壁をならす花子さん)



「いいい今のはですねぇ、そういう意味じゃなくて」


「いや、そういう意味なんだけど」


「そうでは、ないというか」


「えっと、えっと……」




「何言ってんの? わたし」



(主人公と花子さんが、同時に首を傾げる)



「ああ、そうだ。

 簡易人間の薬だったね」



「今飲むから、ちょっと待っててね」



(キュポンと瓶のフタがとれる音)

(薬の粒が転がる音)



「うっく……」


「ううぇ……」


「にっがーーーー!!」


「げほげほげほ……」




「どう? 人間になった?」



(うなずく主人公)



「よかった」



(トイレのドアを開けようとする主人公)

(花子さんが慌てて扉を閉める。小声で、)



「待って。誰か来る」




(男子生徒たちの話し声)

(花子さん小声で)



「ねえ」



「なんだか、君との距離が近すぎない?」



「近いっていうか、

 もう、くっついてる感じ」




「ドキドキしてる?」




「だって、君のここ、

 すごく熱くなってるよ」




(トイレから遠ざかっていく男子生徒たちの話し声)



「行っちゃったね」


「もう誰もいないみたい」




(トイレのドアが開き、二人が去って行く足音)



(場面変わり、校舎外のベンチに座る二人。鳥のさえずり)




「おお~、こんな癒しスポットがあったとはねぇ」



「もう紅葉が始まっているんだね」



「寒くないかって?」



「大丈夫だよ。

 君とくっついていれば、あたたかいよ」



「なーんてね!」



(衣擦れの音。主人公が花子さんの膝に頭をのせる)




「わっ!」



「と、突然くるんだもん……」



「こちらにも心の準備ってやつがあるじゃないか」



「笑わないのー。

 へへ、でもなんだかうれしいな」




「君の体重を、少しだけ膝に感じて」



「わたしの肌は冷たいのに」



「君の体温であたたかい」



「なんだか、変な感じ!」






「頭、なでてもいい?」



(主人公がうなずくので、)



「目をつむってくれると、助かるなぁ」



「なんでって、恥ずかしいからだよぅ!」




「もー、君はもう少し

 乙女心を勉強するべきだね」



(主人公、目を閉じる)

(花子さん、ゆっくり深呼吸)




「文化祭の準備はどう? 最近、忙しい?」



「そっか。いよいよ、来週だもんね」



「緊張しているって?」



「いいことじゃないか。

 緊張するほど、君は真剣だってことだよ」



「えらい、えらい」



「隣のクラスと出し物が被った?

 向こうのが良さそう?」



「なーに言ってんの」



「誰かと比べるのは良くないよ」



「君は君。あちらは、あちら」



「比べたって、仕方のないことだよ。

 そうやって心配している時間が無駄だと思わないのかい?」





「え?

 わたしも猫又と比較してただって?」



「む……それは、たしかに……」





「でもでも。わたしが言いたいのは、

 君は今のままで、充分、素敵だよ」



「だってね、幽霊のわたしを笑わせてくれるでしょ?」



「こうやって、

 ずっとお話ししていたいなぁ」




「いつも、ありがとね」




(衣擦れの音)




「だっ、ダメだよ!」



「目つむってって言ったじゃん」



「こんな顔……君に見られたくなかったのに」



「……えっ? ハンカチを?

 使って、いいの?」



「うう……ありがとう」



「なんで泣いているのって?」



「だって……」



「だって……」




「君は、人間なんだもん」

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